転入初日
「初めまして。西日本から来ました、福本ちなつです!引越しや転校が始めてて、まだドキドキしているんですけど、仲良くしてくれると嬉しいです。よろしくお願いします!」
夏休みが明けると、転入生の女の子が来ていた。1組と2組は39人とか40人とかだったはずだし、もともと38人の3組になったことは不思議じゃない。
朝、登校してきたら机と椅子が増えていて、友達と騒いだ。
「え?転入生??」
「これは、そうだよ!!」
「何か知ってる?」
「知らない!仲良くなれると良いね。」
同性だったし、私も話せるようになりたいな。まあ、異性だったとしても邪険にするつもりはなかったけれど。クラスも比較的歓迎ムードみたいで良かった。
「折角だし、席替えしようか。気持ちを新たに2学期も頑張りましょう!」
先生の提案に目が輝く。席替えは好きだ。今のクラスは誰の近くになっても怖くないし、くじ引きはわくわくする。先に視力が影響する子たちの席を前の方に決めて、他は他でくじを引いた。
「あれ?そこ、私じゃない?」
「え、何番?それ、あっちだよ。」
「あっ、ありがとう!」
教卓が紙の下に描かれていることに気づかなくて、席の場所を間違えてしまった。真ん中の方だからそう変わらないけれど。
「あの、隣、よろしくお願いします。」
正直、本当に自分が転入生の隣になるとは思っていなかった。
「木山さん、福本さんのことを少し気にかけてあげてね。移動教室を一緒に行くとか。もちろん、木山さんだけじゃないけど。」
「はい!」
2時間目が終わったら、とりあえず名乗りたいな。
「えっと、福本さん、で合ってる?」
「はい。福本ちなつです。えっと、名前を聞いても良いですか?」
「あ、木山結希です。ねぇ、タメ語で良い?」
「うん!!まだ、緊張しとって。よろしくね。」
あれ、方言かな。
「うん!よろしく!!ちなつちゃんって呼んで良い?」
「うん!うちもゆきちゃんで良い?」
「もちろん。ありがとう!」
「ありがとう!ゆきちゃんって冬産まれ?」
「あ、雪じゃないの。結ぶに希望の希で結希。4月だから春だよ!」
「そーなんや!うち、自分が"ちなつ"で8月産まれやけんさ。」
方言だ。まあ、良いか。伝わるし。
「8月だったんだ。」
「うん。ごめんね。」
「ううん!よく言われるから気にしないで。」
「そういえば、夏休みっ宿題 なかったん?ホームルームのときに集めよらんかったけん。」
「宿題?あったよ!集めてから、ちなつちゃんが呼ばれたの。」
「ああ!やけん、少し待っとってって言われたんね!うち今日、全校朝会の後も一旦待機しとったんよ。」
なんて??ちなつちゃん、跳ねる音が多いのね。
「そーなんだ!」
「うん。やけん、今から授業で集めるんやったら、しばらくうち やることないなあって思いよって。夏休みの宿題までは前の学校やったけん。安心したわ。ありがとう!」
「大丈夫だよ!普通に授業が始まると思う。ちなつちゃん、始業式はいたの?」
「おったよ!先生たちと端っこの方に。」
「おった?」
折った?何を?
「うん。多分、気付かれにくかったとは思う。」
「"おった"って何?」
「え?"おった"って、"いた"ってこと……。始業式のとき、体育館にいたよって。"おった"って伝わらんの?!」
「方言かな?」
「うん。うち地元でも方言強い方ではある。けど、"おった"はさすがに伝わると思っとった。」
「何か折った?って思っちゃった。」
両手を軽く握って、ポキッとする仕草をしてみせる。
「昔話とかでさ、『おじいさんとおばあさんがおりました。』って言わん??えっと、言わない?『おりました』って。」
「それは言うよ!それは言うけど。」
「それは言うのに"おった"は伝わらんのや!」
「"いた"だよ。」
方言自体にはとやかく言うつもりはないけど、伝わらないのは不便だな。郷に入っては郷に従ってほしいけど……。
「極力、気をつけるね!分からんかったら聞き返してほしい!」
「分かった!」
久しぶりの学校はなんだか長く感じられた。終業式の日は成績を配るのと大掃除でほとんど終わりなのに、どうして始業式の日はがっつり授業をするかな。新学期が始まっているからと言われれば、そうだけど。
「結希!帰ろう!」
「うん!ちなつちゃん、また明日!」
「またね。」
「羽奈!お待たせ。」
1組の方が先に終わっていたらしい。家が近くて昔から一緒に登下校している羽奈が、廊下で待ってくれていた。
「今日さ、私のクラスに転入生が来たんだよね。」
「聞いた、聞いた。私のクラスの女子も良いなって言っていたよ。」
良いな、なんだ。確かに転入生ってわくわくするもんね。
「私、隣の席になったんだ。」
「そうなの?今日、結希の席、真ん中あたりになっていなかった?」
「そうそう!最初は朝、教室の角に机と椅子が増えていたんだけど、席替えしたの。」
「ああ、真ん中に突然『じゃあ、転入生は空いている席使って〜』ってなったわけじゃなくてね。」
「違うよ。ふふっ、あれでしょ?『あ!朝ぶつかった、あの時の!』ってなるやつ。」
「あるよね。食パン咥えて、『遅刻遅刻』って。」
やっぱり、羽奈と話しているとテンポが良いや。少しだけ、安心した。
「転入生の子ね、結構方言が強いんだ。」
「関西?」
「ううん。違う気がする。なんかさ、分かるところで拾えるから会話はしているんだけど、ところどころ分からないから疲れちゃって。」
「お疲れ様。そのうち、合わせてくれるようになるんじゃない?」
「じゃないと、会話できないのは厳しいよね。仲間外れにしたいわけではないけど。」
「純粋に、コミュニケーションが取れないからね。」
羽奈が肯定してくれて良かった。私の心が狭いわけじゃなかったんだ。実際、今日は疲れたな。
ーーー
「ただいまー!」
「おかえり!ちなつ、初日はどうやった?」
「クラスの人たちと帰ってきたよ!まやちゃんと涼香ちゃん!誰の家がどっちなのか方向 分からんかったけん、1人で帰りよったら声かけてくれた。」
「そう!良かったね。仲良くなったと?」
「うん?多分?仲良くなれそう!優しいよ。あとね、隣の席の子が結希ちゃんっていって、今日一日、めっちゃ話してくれた!」
「優しい子たちみたいで良かったね。」
「うん!けどね、うちの話し方、ほんとに伝わらんみたい。まやちゃんにも涼香ちゃんにもだいぶ聞き返された。」
「ああ、そうやろうね。」
「極力、標準語使いよったんやけどさ、どれが伝わってどれが伝わらんのか分からんのよ。さすがに伝わるやろみたいなのも伝わらんし。」
「何が伝わらんかったと?」
「始業式"おった"よ!って言ったら伝わらんかったとよ!"いた"しか使わんのって。」
「へー!それは、難しいね。」
「やろ??前の学校やったら絶対伝わるのに。」
「そりゃそうやろ。」
「ちょっと、地元で話したくなった。」
「そうねぇ。難しいよね。」
「ね。」
ちなつは"普通に"話しているだけ。新しいクラスの子たちは"困って"しまうだけ。誰にも悪意はありません。
あなたが結希なら、ところどころ分からない ちなつ の言葉を拾い続けますか?それとも、家の方向が近い子たちに任せて ちなつ とは距離を置きますか?