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第5章「月下の遊園地」

願いは笑顔の形をしていた。

でもその裏側には、誰にも見せたくない涙が貼りついていた。

シャッターを切るたびに思う。

本当に写し残したいのは、どっちなのかって。


「月影遊園地は、この先五キロほどだ」


クロが言った。朽葉温泉旅館を出て半日、二人は山道を下り、森の中の小道を進んでいた。夕暮れが近づき、空が紫がかってきている。葉の間から漏れる光が斑模様を地面に描き、風に揺れる影が踊るように見えた。空気は少し湿り気を帯び、山の夕べの匂いが鼻をくすぐる。


「ずいぶん急ぐのね」


ルカは少し息を切らしていた。声の欠片を胸ポケットに入れ、その重みを感じながら歩く。時折、欠片が脈打つように感じられ、チヨの囁き声が耳元をかすめる錯覚がした。「霧見の山で待ってる」という言葉が、かすかに聞こえたような気がする。


ポケットの欠片に触れると、冷たく固いはずの結晶から、不思議と温かみが伝わってくる。それはまるで、姉の体温のようでもあった。その感触に、また両親との最後の会話を失った痛みが胸に広がる。代償は予想以上に重かった。欠落した記憶の影が、時折心に鋭い痛みをもたらす。


「月相が重要だ。今夜は上弦の月。メリーゴーランドが動くには、ちょうどいい」


クロの声には切迫感があり、右目の紋様が青く明滅していた。その光が面の下の表情を浮かび上がらせ、どこか懐かしむような瞳が一瞬見えた気がした。


「動く? 廃墟なのに?」


「写し世の力が強い場所だ。昔のままの姿が、夜になると現れる」


クロは立ち止まり、上空を見上げた。その仕草には儀式的な厳粛さがあった。紫がかった空に、うっすらと月が顔を出し始めていた。


「ただし、それは単なる幻影ではない。写し世に残された記憶が強いと、『時の狭間』が生まれる。時間の流れが一時的に逆転し、物理的にも干渉する現象だ」


クロの説明は客観的だったが、その声には微かな感情の揺らぎがあった。何かを思い出しているかのように、遠くを見る目が月に吸い込まれていく。


「月影遊園地は特別な場所だ。時の狭間が最も浅い地点の一つ」


「時の狭間?」ルカは立ち止まり、その言葉を反芻した。


「写し世の中心で時間が歪む領域だ」クロは静かに説明した。「本当の写し世よりも実体に近い。過去と現在が重なる特殊な時間帯だ。ただし、月の力が弱まれば元の姿に戻る。最長でも夜明けまでだ」


ルカは黙って歩き続けた。朽葉温泉旅館で起きたことが、まだ頭の中で整理できていない。チヨの声を取り戻し、両親との最後の会話を失った代償。それは予想以上に重かった。失われた記憶の空白が、時折心に鋭い痛みをもたらす。


「クロ、あなたも…欠片を使ったことがある?」


彼は一瞬、足を止めた。右目の紋様が強く光り、面の下の表情が緊張するのが感じられた。紋様の青い光が周囲の空気に反射し、彼の姿が幻想的な影となって地面に伸びる。


「ある」


その一言は、重みを持っていた。


「何を…失ったの?」


「覚えていないさ。それが欠片の皮肉だ。失った記憶は、失ったことすら覚えていない」


その言葉に、ルカは言葉を失った。自分は両親との最後の会話を失ったことを知っている。でも、もし失ったことさえ気づかない記憶があるとしたら?その考えが彼女の背筋に冷たい震えを走らせた。


クロが再び歩き始めたとき、彼の足取りに微かな躊躇があるのに気づいた。何かを隠している—その直感がルカの心をよぎった。右目の紋様が不規則に明滅し、彼の内面の動揺を物語っていた。


「お前がチヨのように、完全に写し世と接触できるなら、もっと楽だったんだがな」


ふと漏れた言葉に、ルカは立ち止まった。クロの声には慣れない感情が混じっていた。懐かしさと痛み。


「姉は…写し世と話せたの?」


「ああ。彼女には特別な才能があった。写し世の声を聞き、応えることができた。お前とは違ってな」


「それで、姉は…」


「その話はやめておけ」


クロの声が冷たくなり、再び無表情な狐面だけが月光を反射した。それでも、ルカには彼が何かを思い出して苦しんでいるように見えた。


木々が途切れ、開けた場所に出た。そこに広がっていたのは、かつての遊園地だった。錆びついた鉄柵、色あせた看板。「月影遊園地」の文字が、かろうじて読める。「月光の下で願いが叶う」というキャッチフレーズも、半ば消えかかっていた。


「ここが…」


「ああ。昭和四十年代に開園し、バブル崩壊後に閉鎖された場所だ」


夕日が遊園地全体を赤く染めている。観覧車、ジェットコースター、お化け屋敷。すべてが朽ち果てた姿で立っていた。空気には古い金属の錆と湿った土の匂いが混ざり、かすかに甘い香り—綿あめやポップコーンの記憶だろうか—も漂っているような気がした。風がメリーゴーランドの木馬たちを通り抜け、幽かな軋みを生み出していた。その音色は弱々しい笑い声のようにも聞こえた。


しかし、その廃墟の中にも奇妙な美しさがあった。特に目を引くのは、中央に位置するメリーゴーランド。木馬たちが、まるで乗り手を待ち続けているかのように静止している。その姿には威厳があり、時間の波に洗われながらも決して屈しない気高さがあった。


「あそこに欠片があるのね」


ルカはメリーゴーランドを指さした。その瞬間、不思議と胸が高鳴るのを感じた。まるで何かが彼女を呼んでいるかのように。突然、チクワが足元で鳴き、金色の瞳がメリーゴーランドの方向で青く輝いた。


ルカは驚いて振り返った。「チクワ? どうしてここに?」


猫は静かに彼女の足元に座り、じっとメリーゴーランドを見つめていた。どこからともなく現れた猫の存在に、クロも明らかに驚いていた。右目の紋様が強く明滅し、緊張が伝わってくる。


「写し世との繋がりが強い場所では、彼のような存在も境界を越えてくる」クロが静かに説明した。「彼もまた、導き手なのだろう」


チクワは尻尾を揺らし、先へと進んでいった。その足取りには確信があり、まるでこの場所を知っているかのようだった。


「ここにある欠片は?」


「『願いの欠片』だ。未来への希望を司る」


クロは静かに言った。その声には、どこか悲しげな響きがあった。右目の紋様が青く明滅し、月光と呼応するように光の波紋を描いていた。


「使えば何が起きる?」


「叶えたい願いが、少しだけ形になる」


「代償は?」


クロは少し間を置いて答えた。彼の右目の紋様が青く瞬き、言葉を選ぶように間がある。


「『初めての希望』の記憶だ。欠片は常に等価以上の代償を求める。特に強い感情が結びついた記憶を選ぶ」


ルカは胸の内で考えた。初めての希望。それは何だっただろう。記憶の奥を探る感覚。そこに何があるのか、自分でも分からない。胸ポケットの声の欠片が温かく脈打ち、何かを伝えようとするかのようだった。


「影写りの粉は、持ってきた?」クロが突然尋ねた。


「ええ、静江さんに貰ったものね」


ルカはもう一方のポケットから小さな袋を取り出した。黒い粉は光を吸収するほど暗く、手のひらに乗せるとわずかに震えた。


「それは最後の欠片を手に入れる時に必要になる。今は使わないが、いつも持っているといい」


クロの指示に従い、ルカは粉を慎重にポケットに戻した。なぜ最後に必要なのか疑問に思ったが、今は問わないことにした。


「入りましょう」


二人はチクワに導かれるように朽ちた鉄柵をくぐり、遊園地に足を踏み入れた。夕暮れの光の中、廃墟はどこか幻想的に見える。錆びた回転ドアは固く閉ざされていたが、横の小さな通用口から中に入れた。


足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。どこか懐かしい、甘い香り—綿あめやポップコーンの匂いが、かすかに漂っているようだった。そして、ほのかに響く音楽のフレーズ。それは風の音に紛れて消えたり現れたりしていた。


「不思議ね。こんな山の中に遊園地があったなんて」


「ここは特別な場所だった。『月光の下で願いが叶う』という噂で人気を博したんだ」


クロは歩きながら説明した。彼の狐面が月明かりに照らされ、面の凹凸に浮かぶ影が動き、まるで生きているかのようだった。


「だが、それは単なる噂ではなかった。この地には古くから神秘的な力があり、月の満ち欠けに影響を受ける。この場所は、月の影響を受ける地脈の上に建てられている。それが時の狭間を強化しているんだ」


「地脈?」


「そうだ。写し世の力は地脈に沿って流れる。特定の場所では現世に干渉し、影響を与える。チヨも…その流れを感じ取ることができた」


クロの声が少し震えた。彼はメリーゴーランドを見上げ、一瞬だけ右手を伸ばした。まるで誰かに触れようとするかのように。


「知っているか?霧梁県の北部には、『夕霧村』という不思議な村がある。地図にも載っていないが、記憶を失った人々が暮らしているという」


ルカは驚いてクロを見た。「そんな村があるの?」


「ああ。十年前の封印の後、村の人々は自分たちの記憶を失った。彼らは今も暮らしているが、自分が何者か知らないまま」クロの声は低く、苦痛を隠すような調子だった。


ルカは返答せず、その情報を心に留めた。クロは何かを知っている—チヨの封印と、忘れられた村の関係を。


中に入ると、そこはまさに廃墟の王国だった。雑草が生い茂り、コンクリートが割れ、至る所に落書きが残っている。だが、不思議なことに壊されていない設備も多い。長い年月にもかかわらず、木馬たちの彫刻は美しさを保ち、観覧車のゴンドラも形を留めていた。


チクワがメリーゴーランドの周りを回るように歩き、時々立ち止まっては耳を動かした。何かを聞いているように見える。そして突然、猫は星模様の木馬に向かって飛びかかり、前足でなぞるような動きをした。その星の一つが、他よりもわずかに明るく光って見えた。


「星模様の木馬...」ルカはそれを見つめた。「あの中に欠片がある?」


「ああ」クロは頷いた。「チクワはそれを感じとったようだ」


ルカの足元を、小さな影が横切った。チクワだ。猫はメリーゴーランドの周りを回るように歩き、時々立ち止まっては耳を動かしていた。何かを聞いているようだった。金色の瞳が青く輝き、何かを感じ取っているようだ。


「誰も壊さなかったのね」


「この場所には…ある種の畏れがある。地元の人々は、夜になると遊園地が蘇ると信じている」


クロがそう言った瞬間、風が吹いた。妙に冷たい風だった。それは遊園地の中を巡り、古いチケット売り場のチケットを舞い上がらせ、観覧車のゴンドラを軋ませた。まるで何かが目覚めたかのように。


風が運ぶ匂いに、甘い記憶と懐かしさが混じっていた。使われなくなったレールや錆びた機械の冷たい鉄の香りが、かつての賑わいを伝える甘い匂いと入り混じり、矛盾した感覚を呼び起こす。


遠くから、かすかに子供たちの笑い声が風に混じって聞こえた気がした。それは過去の反響のように一瞬響き、消えていった。ルカは身震いした。それは恐怖ではなく、何か懐かしいものに触れたときの感覚だった。


ルカはお化け屋敷の前を通りかかった。壁には古びたポスターが貼られ、入口には「恐怖の館」と書かれている。内部はほとんど暗闇だが、月明かりが差し込む部分に、かつての展示の影が見える。


「ここも入ってみましょうか」


「無意味だ。必要なのはメリーゴーランドだ」


クロは進み続けた。だがルカは少し立ち止まり、その暗闇を覗き込んだ。すると、壁にぼんやりと子どもたちの姿が映っているように見えた。半透明の姿は、恐怖で顔を歪め、笑い、叫んでいる。かつて遊園地を訪れた子どもたちの恐怖の記憶が、壁に映っているのだろうか。


壁に映る子どもたちは、まるで映画のワンシーンのように動いていた。しかし、それは単なる映像ではない。写し世に残された記憶が、時間の狭間で物理的に干渉している現象だった。子どもたちの笑い声が壁を通り抜け、かすかに耳元で囁いた気がした。


「やっぱり…写し世の力が強いのね」


ルカが言うと、壁の子どもの姿が一瞬、彼女を見たような気がした。寒気が走る。


「そう、写し世の力は強い。特に人々の強い感情が残る場所ではな」


クロの言葉には、何か個人的な経験からくる実感が混じっていた。彼は自分もかつてこの場所に来たことがあるのだろうか。それとも、チヨと共に?


二人はメリーゴーランドに向かって歩いた。中央に位置するそれは、遊園地の象徴のようだ。十二頭の木馬が、様々なポーズで静止している。それぞれに個性があり、表情も異なる。喜び、興奮、驚き、そして…悲しみ?


「この中の一頭に、欠片が隠されている」


クロが言った。彼の声がわずかに震えているのに、ルカは気づいた。


「どうやって見つけるの?」


「月を待つんだ」


空の高み、滲む紫に溶けた上弦の月が、まるで遊園地の亡霊を照らすかのように光った。その光がメリーゴーランドの木馬たちに触れた瞬間、空気が震え、遠い昔の音楽が、風に乗って耳元をかすめた。上弦の月。半分だけ明るく輝いている。その光が増すにつれ、遊園地全体がかすかに震えているような錯覚がした。


二人はメリーゴーランドの近くのベンチに腰掛けた。ルカはカメラを手に取り、写真を撮り始める。カメラを構えた瞬間、写し世の匂いがした。現像液の微かに酸っぱい香りと、古い木材の温かみが混ざった、懐かしい匂い。それは幼い頃、父と一緒に暗室で過ごした記憶を呼び起こした。


「姉を救えなかった私が、こんな場所で願いを叶えていいのか…」彼女は小さく呟いた。


「何か言った?」クロが尋ねた。


「…いいえ。写真に何か映るかもしれないわ」


シャッターを切ると、何か違和感があった。フィルムが通常より早く送られる感覚。光と影が通常とは違う動きをしているような。ルカは眉をひそめる。


「おかしいな…」


「写し世の時間がフィルムに干渉している」クロが説明した。「過去の光景を断片的に記録している。だから異常に感じるんだ」


突然、チクワが鋭く鳴き、星模様の木馬に向かって飛びかかった。金色の瞳が青く輝き、木馬の背に描かれた一つの星を前足でなぞる。その場所だけ、他の星よりも鮮やかに光り始めた。


「あそこね」ルカは息を呑んだ。「欠片はその星の中にある」


チクワは確かに単なる猫ではない。写し世と現世を行き来できる案内者として、彼は重要な役割を担っていたのだ。


その時、背後から声がした。


「ここでカメラを使うのは気をつけた方がいい」


振り返ると、そこには年配の男性が立っていた。七十代くらいだろうか。作業着を着て、工具箱を持っている。疲れた顔に、深い皺が刻まれていた。だが、その目には鋭い光が宿っていた。


「あなたは?」


「田村だ。田村健太。かつてこの遊園地の技術者だった」


ルカとクロは顔を見合わせた。廃墟のはずの遊園地に、人がいるとは予想していなかった。クロの右目の紋様が明滅し、警戒心を表していた。


「こんな場所に…何をしているんですか?」


田村は工具箱を開け、レンチを取り出した。その手は年齢を感じさせるほど節くれだっていたが、工具を扱う所作には確かな職人の技が見えた。


「メンテナンスだ。今夜は特別な夜になる。彼らが動き出すからね」


彼はメリーゴーランドの方を指さした。言葉に感情が込められ、手がわずかに震えた。


「動き出す…?」


「ああ。上弦の月の夜は、彼らが目覚める。特に今夜は満月に近いから、強い力が働く」


田村は木馬たちの方へ歩き始めた。ルカたちも後に続く。


「あなたはずっとここに?」


「いや、定期的に来るだけさ。特に月の満ち欠けに合わせてね」


彼は立ち止まり、遥か遠くを見る目をした。その眼差しには過去への強い郷愁が映っていた。遊園地の廃墟を前に、彼は何を見ているのだろう。かつての賑わい?それとも、消えてしまった誰かの笑顔?


「この遊園地が開園した日、私はまだ若かった。最初の技術者としてメリーゴーランドの設計に携わった。子どもたちの笑顔を見るのが楽しみだった」


田村の声には懐かしさと痛みが混じっていた。


「彼らは本当に...楽しそうだった。特にカナちゃんという女の子は、毎週のように両親と来ていた」


田村は一頭の木馬に近づいた。それは他の木馬とは違い、星の模様が彫られていた。彼は木馬の首を優しく撫で、微笑んだ。


「この子が特別なんだ。『願い星』と呼ばれていた馬だ。カナちゃんのお気に入りだった」


彼の表情が曇った。


「あの日…彼女がこの馬に乗っていた時に…」


クロがルカに小声で言った。


「それだ。あの木馬に欠片がある」


ルカはクロの声に気を取られながらも、田村の話に引き込まれていた。彼の悲しみには、何か重いものがあった。贖罪、懺悔、そして消えない記憶。


田村は木馬の首を撫でながら、何やら呟いている。「ごめんな」「本当にごめん」という言葉が聞こえた。木馬の目が、月の光を反射して一瞬、光ったように見えた。


「彼は…何かを背負っているのね」


クロは無言で頷いた。右目の紋様が不規則に明滅し、彼自身も何か思い出したかのように、遠くを見つめる目をしていた。


「田村さん」ルカは声をかけた。「この遊園地について、もっと教えてもらえませんか?」


田村は振り返り、ルカを見た。その目は深い悲しみを湛えている。


「君たちは、ただの好奇心で来たわけじゃないな」


「はい。私たちは…何かを探しています」


田村はため息をついた。


「そうか。『欠片』を探しているのだな」


ルカは驚いた表情を隠せなかった。


「知ってるんですか?」


「遊園地が閉鎖される原因になった事故の後、不思議な現象が起きた。メリーゴーランドの一頭の馬から、青い光が漏れ出すようになったんだ」


田村は星模様の木馬を指した。


「この子だよ。彼女が『願いの欠片』を守っている」


「なぜ…あなたがそれを知っているの?」


田村の表情が暗くなった。彼は工具をぎゅっと握りしめ、肩が震えた。


「私が…この遊園地で起きた事故の原因だからさ」


彼は静かに語り始めた。メリーゴーランドの事故のこと。設計ミスが原因で、回転中に木馬の一頭が外れ、乗っていた子どもが重傷を負った。その子こそがカナだった。


「私のミスだった」田村の声が震えた。「コストカットの圧力があって、強度計算を少し妥協してしまった。まさか本当に壊れるとは…」


その後も似たような事故が続き、遊園地は評判を落とし、最終的に閉鎖された。


「カナちゃんはどうなったんですか?」ルカが静かに尋ねた。


「二度と歩けなくなった。彼女の夢は、バレリーナになることだったのに」


田村の声が震えた。星模様の木馬の目が、再び光ったように見えた。その光に、ルカは見覚えがあった。声の欠片と同じ、淡い青の光。チヨの記憶の色だった。


「私の責任だ。だから、毎月ここに来て、メンテナンスをしている。特にこの子には」


田村は木馬の耳元で何かを囁いた。それは謝罪の言葉だったのだろうか。彼の優しい視線は、まるで生きた存在に対するもののようだった。


「贖罪…なんですね」


田村は静かに頷いた。夕日が完全に沈み、月の光だけがメリーゴーランドを照らし出していた。木馬たちの影が、月光の中でゆっくりと動いているように見えた。


「彼らはまだ、ここにいるんだ。事故に遭った子どもたちがね。特に月の夜は」


彼の目に悲しみと共に、どこか温かいものが灯っていた。


「カナちゃんは許してくれたよ。私の方が自分を許せないんだ」


空が暗くなり、月の光が強まってきた。メリーゴーランド全体が、月の光を浴びて微かに輝き始めている。木馬たちの目が、一斉に月の方を向いたような錯覚がした。


「もうすぐだ」


田村は工具箱から小さなオイル缶を取り出し、星模様の木馬の関節部分に油をさした。その動作には、長年の習慣が感じられた。


「準備はいいかい?」


その言葉と同時に、遊園地全体に変化が起き始めた。月の光を反射して、錆びた金属が新品のように輝き始める。朽ちた木材が元の色を取り戻し、壊れた電球が一つずつ灯り始めた。


「なんて…」


ルカは息を呑んだ。廃墟だったはずの遊園地が、光と色を取り戻していく。それは現実の変化ではなく、写し世の記憶が重なっているのだろう。だが、ここまで鮮明なのは初めての体験だった。


クロの説明が脳裏に浮かんだ。「写し世の力が強い場所では、記憶が物理的に干渉することもある」。この場所では、過去の記憶が現在に重なり、一時的に物質的な変化をも引き起こしていた。その変化は、チヨの声が聞こえたり、河内佐助の妻の顔が写り込むのとは異なる次元の現象だった。だが、太陽が昇れば、すべては元の姿に戻るだろう。物質的な干渉は夜明けまでという限界があるのだ。


周囲の空気がざわめき、かすかな笑い声が聞こえ始めた。子どもたちの声だ。透明な姿が、遊園地の中を走り回り始めている。彼らの足は地面に触れず、風のように宙を舞っていた。一人の少女が通り過ぎる際、ルカの体に触れた。その瞬間、体が一瞬軽くなる感覚があり、鳥肌が立った。写し世の干渉が肉体にも及ぶことを実感した。


時間の軋むような低い音が遠くから響き、ルカの耳を震わせた。それは過去と現在が混ざり合う音、記憶の層が重なる音だった。


「月影遊園地へようこそ」


田村の声が変わった。若々しく、活気に満ちている。振り返ると、彼の姿も変わっていた。作業着姿の老人ではなく、制服を着た若い技術者の姿になっている。


「これが…写し世?」


「いいや、これは『時の狭間』だ」


クロが言った。「過去と現在が重なる特殊な時間。本当の写し世よりも実体に近い。しかし、月の力に依存し、夜明けと共に消える。それが写し世と現世の境界の違いだ」


彼の声には、どこか畏敬の念が混じっていた。右目の紋様が強く脈打ち、その光が遊園地全体に広がる青い光と共鳴しているかのようだった。


メリーゴーランドが動き出した。音楽が流れ、木馬たちがゆっくりと上下に動き始める。「星の世界へ」という古い歌が、どこからともなく流れてくる。廃墟だったはずの遊園地は、今や活気に満ちていた。


空気には甘い香りが漂い、かつての祭りの匂い、子どもたちの笑い声と興奮した叫び声が混ざり合う。ルカの肌にも風が触れ、それはどこか温かかった。時の狭間の風は、記憶を運ぶ風だった。


観覧車も動き始め、ゴンドラが月に向かって上昇した。その車輪から、かつての乗客たちの願いを映す光の輪が広がった。様々な色の光が夜空に向かって伸び、星々と混ざり合うように見えた。


しかし、その明るさの中にも、どこか切なさが漂っている。子どもたちの表情には、喜びと共に、どこか物悲しさがあった。彼らは永遠に、この瞬間を生きているのだ。


「さあ、乗るがいい」


田村が星模様の木馬を指さした。彼の姿は若返り、目には未来への期待と希望が輝いていた。だが同時に、何か知っているかのような悲しみも宿していた。


「これに乗れば、願いの欠片を手に入れられる。だが…」


「代償を払うのですね」


「ああ。すべての願いには代償がある」


ルカは星模様の木馬に近づいた。月の光を浴びて、木馬の体が青く光っている。その目は生きているかのように、ルカを見つめていた。木馬の表面には星の彫刻が刻まれ、その刻線に沿って青い光が流れるように輝いていた。近づくと、優しい体温のような温かさが伝わってきた。


「クロ、あなたは?」


「私は…別の馬に乗ろう」


クロは星模様の木馬の隣の、黒い木馬を選んだ。その表情には緊張と期待が混じっていた。彼の右目の紋様が不安定に明滅し、何か重大な決断を迫られているかのようだった。


「チヨがかつてその馬に乗った記憶に惹かれた」クロがほとんど聞こえないほどの小さな声で呟いた。その声に混じる痛みにルカは驚いたが、今はそれを追及する時ではなかった。


クロの目が一瞬、彼方を見つめた。まるで十年前の夏の日、この場所で誰かを見送ったかのように。彼の右目の紋様が強く脈打ち、面の下から一筋の涙が伝うのをルカは見た気がした。


「チヨは…この場所に来たことがあるの?」


「ああ」クロの声は懐かしさに震えていた。「彼女はこの黒い馬に乗り、星の馬の少女に手を振った。二人は友だちだったんだ」


その言葉に、ルカの胸に何かが灯った。チヨとカナ。二人は友達だったのか。しかし記憶の中に、そんな少女の面影はない。チヨが誰かと親しくしていた光景を思い出せなかった。


「準備はいいか?」


田村がスイッチを入れ、メリーゴーランドが回転を始めた。音楽がより大きく、より鮮明に聞こえる。まるで過去への扉が開いたかのように。


ルカは木馬に掴まりながら、目を閉じた。周囲の音が遠くなり、心の中だけに意識が集中していく。木馬の律動的な上下運動が、古い記憶を呼び覚ますように思えた。


「願い…」


彼女の心に浮かんだのは、チヨの笑顔だった。桜の花びらが舞う中、優しく微笑む姉。「ルカ、大丈夫。私がいるから」と言って、小さな手を握る温かさ。


「——姉に、もう一度、触れたい。名前を呼びたい。忘れてしまう前に、手のぬくもりを、この胸に焼きつけたい」


ルカの願いが心に浮かんだ瞬間、星模様の木馬の目が淡く瞬いた。月光が円を描き、空間が静止する。その光の中で、チヨの姿が一瞬現れた。白い小袖に緋の袴、微笑む姉の姿。彼女は静かに近づき、ルカの頬に触れた。その温もりが心に染み渡る。同時に、声がほんの一瞬だけ、耳の奥に届いた気がした——「ルカ、わたしはいつもそばにいるよ」。


その声に心が震え、ルカの目から涙がこぼれた。あまりにも懐かしく、あまりにも痛ましい声。彼女はもっと聞きたいと願ったが、チヨの姿も声も消えてしまった。


メリーゴーランドの回転が徐々に速くなる。風を切る音、音楽、そして何か別の音。子どもたちの笑い声。ルカは目を開けた。


メリーゴーランドの周りに、子どもたちの幻影が見える。透明で、儚げだが、確かにそこにいる。遊園地で遊んでいた子どもたちの記憶だ。彼らの中に、車椅子に座った少女がいた—カナだろうか。


彼女の姿は他の子どもたちより鮮明で、その笑顔には特別な輝きがあった。少女はルカを見つめ、小さく手を振った。その仕草にはどこか懐かしさを感じた。かつて見たことがあるような—チヨの古いアルバムの中の写真だろうか。


子どもたちがルカの方に近づいてくる。彼らの顔には様々な表情があった。笑顔、驚き、そして…羨望?


「遊びたかった」「もっと楽しみたかった」「願いが叶うはずだった」


子どもたちの声が重なり、ルカの周りで渦を巻く。その声は非難めいたものではなく、単純な願望の表現だった。だがその純粋さゆえに、心に深く響く。


星模様の木馬が突然、強く光り始めた。その体から青い光が溢れ出し、子どもたちの姿を貫いていく。彼らは驚いたように立ち止まり、その光を見つめた。


「姉さんに会いたい…すべてを思い出したい」


ルカは心の底から願った。その願いが星模様の木馬に伝わったのか、光はさらに強まり、ルカの手元に小さな結晶が現れる。それは声の欠片より大きく、より鮮やかな青だった。


「願いの欠片…」


欠片に触れた瞬間、頭に激しい痛みが走った。何かが消えていく。光が引き抜かれるように、記憶の糸が切れていく。欠片は「願いに最も強く結びついた記憶」を代償として選んでいた。それはチヨとの再会を願う純粋な希望の原点だった。


欠片の青い光がルカの頭の中を満たし、記憶が一枚一枚めくられていくような感覚があった。そして一つの光景が浮かび上がる。


浮かび上がる断片的な映像—教室の窓際に立つ少年の横顔。桜の花びらが舞い、彼が振り返る。優しい笑顔。胸がときめく感覚。小さな手紙。返事を待つ緊張。初めて抱いた、誰かへの特別な気持ち。


心の奥深くで輝いていた思い出が、一つずつ光を失っていく。少年の顔が徐々にぼやけ、名前が消える。彼との会話、共有した秘密、交わした約束。すべてが霧に溶けるように薄れていく。


「私の…初めての希望…」


中学時代の初恋の記憶。ルカの最初の、純粋な希望の形。それが砂のように崩れ、風に吹かれるように消えていく。欠片は常に等価以上の代償を求め、その強い感情こそが彼女の中で特別な光を放っていたのだ。


記憶の糸が切れる痛みと、チヨに触れられた喜びが混ざり合い、ルカの意識が揺らいだ。


目の前が暗くなり、意識が遠のく。瞼が重くなる前に、ルカは隣を見た。そこではクロも同じように欠片を手にし、激しく身をよじっていた。彼の狐の面が一瞬、ずれた。右目の紋様が異常な速さで明滅し、彼の口から悲鳴にも似た声が漏れる。


「チ…ヨ…」


その名を呼ぶクロの声が、ルカの意識の底に沈んでいった。声には深い痛みと懐かしさ、そして何かを失う恐怖が混じっていた。


クロの面がさらにずれ、その下の顔の一部が見えた気がした。チヨに似た目元。切なさに満ちた、どこか見覚えのある瞳。だが、それ以上は見ることができなかった。クロの姿が青白い光に包まれ、その輪郭がぼやけていく。彼の記憶からも、何か大切なものが引き抜かれていくようだった。


そして闇が訪れた。


目覚めると、ルカはメリーゴーランドの足元に横たわっていた。朝日が昇り始め、遊園地は再び廃墟の姿に戻っていた。風がゆるやかに吹き、朽ちた木馬たちが陽の光に照らされている。星の模様の木馬は静かに佇み、その目は再び無感情に前方を見つめていた。時の狭間の物理的干渉は、月の力と共に消えていった。それは魔法の一時的な幻影ではなく、しかし永続的な変化でもない—写し世と現世の間の特別な領域だった。


隣では、クロが既に起き上がり、座っていた。彼の姿勢には、いつもの冷静さが欠けていた。肩が震え、息が荒い。


「気がついたか」


「ええ…どれくらい…」


「夜が明けるまで気を失っていた」


クロの声には疲労感があった。狐の面は元通りだったが、右目の紋様の光が弱々しく、不安定に揺れていた。その光の波紋に、失われた記憶の輪郭が映っているようだった。


ルカは身を起こした。手の中には青い結晶—願いの欠片があった。かつての輝きはなく、普通の石のように見える。だが確かに、中に力が眠っているのを感じた。


「田村さんは?」


「いなくなった。おそらく彼も写し世の一部だったのだろう」


クロの声は冷静だったが、どこか悲しみを隠しているように聞こえた。


「でも…彼は実在の人物よね?」


「ああ。だが、贖罪の思いが強すぎて、写し世にも現れるようになったのさ。時の狭間では、感情が強すぎると記憶が実体化することもある。月の力が弱まれば、記憶も再び写し世へと戻る。だからこそ、我々が見ることができたのだ」


クロは立ち上がり、周囲を見回した。その動作には、どこか落ち着きのなさがあった。まるで失ったものを探すかのように。


ルカも立ち上がり、メリーゴーランドを見上げた。昨夜の魔法のような光景は消え、ただの古い遊具に戻っていた。しかし、星模様の木馬の目だけは、朝日に照らされて微かに輝いていた。


「カナという子…幸せになれたのかしら」


ルカは星模様の木馬に近づき、優しく撫でた。木馬の表面は冷たく、昨夜の温もりは消えていた。だが、手を触れた瞬間、遠い記憶のような感覚が指先を通り抜けた。喜び、悲しみ、そして希望。


「何を…失ったの?」


クロの問いに、ルカは自分の記憶を辿った。何かが欠けている。大切な何かが。頭の中に暗い穴ができたような感覚。そこにあったはずの輝きが消えている。


「私の…初恋の記憶」


それは中学生の頃の、淡い想い出。名前も顔も思い出せない。ただ、そういう経験があったことだけは知っている。心の底に残った、薄い温かさだけが、かつてそこに何かがあったことを物語っていた。


「そういうものなのね」


喪失感と共に、不思議な解放感もあった。失ったものへの執着が消え、新たな願いに場所を譲ったように。チヨの温もりが一瞬でも感じられたことで、失った記憶の痛みは少し和らいでいた。


「チクワはどこ?」


ルカは辺りを見回した。猫の姿が見えない。


「恐らく写真館に戻ったのだろう」クロが静かに答えた。「彼の役目は果たされた」


クロは立ち上がった。彼の様子がどこか違う。狐の面の下で、何かに苦しんでいるようだ。彼の歩き方が、どこかぎこちない。まるで、深い傷を負っているかのように。右目の紋様は、いつもの規則的な輝きを失い、弱々しく明滅していた。


「あなたは…大丈夫?」


「ああ…」


彼の声は震えていた。普段の冷静さが消え、感情が混じっている。その声には、深い喪失感と悲しみが滲んでいた。


「あなたも何か失ったの?」


クロは黙ったまま、ゆっくりと歩き始めた。数歩進んだところで、足を止めた。その肩は落ち、普段の凛とした姿勢が崩れていた。


「俺は…彼女との約束を…忘れた」


「彼女? 誰の…」


クロの狐面が傾き、その下から覗いた素顔の一片は、哀しみに引き裂かれたような表情だった。右目の紋様が、痛々しいほどに脈打っている。まるで流れる涙のように、青い光が頬を伝った。


「わからない。それが…代償だ」


彼の声には、ルカが今まで聞いたことのない痛みが混じっていた。クロが何を失ったのか、彼自身も完全には理解していないようだった。だがそれが彼にとって重要なものだったことは明らかだった。


「クロ?」


「行こう。次の場所へ」


彼は再び前を向き、歩き続けた。その背中には、見えない重荷が加わったように見えた。クロの狐面の下から、小さな呟きが聞こえた気がした。「どうか忘れないでくれ…」誰かへの祈りのような言葉。


ルカは追いかけながらも、彼の様子が気になった。何を失ったのだろう。そして、なぜそれほど動揺しているのか。「彼女との約束」—それはチヨに関することなのだろうか。声の欠片を使った時とは違う、深い痛みがクロから伝わってきた。


「次はどこ?」


「霧見気象観測所だ。山の頂にある」


クロの声は少しずつ、いつもの調子を取り戻しつつあった。だが、その奥に新たな傷が生まれたことは明らかだった。


「そこには…」


「『時の欠片』がある。時間の流れと予知を司る欠片だ」


二人は遊園地を後にした。ルカはポケットに二つの欠片を入れ、その重みを感じる。声の欠片と願いの欠片。両親との最後の会話と、初恋の記憶。それらを代償として失った。


彼女はもう一方のポケットの影写りの粉にも触れた。黒い粉はまだ使われていなかったが、不思議と暖かさを感じた。静江の言葉を思い出す。「最後の封印に必要になる」。今はまだその時ではないようだ。


朝日の中、振り返ると、月影遊園地の観覧車が金色に輝いていた。星模様の木馬を乗せたメリーゴーランドも、朝の光の中で静かに佇んでいる。どこかで風が吹き、古いチケット売り場の紙切れが舞い上がった。


遊園地が少しずつ視界から消えていくなか、ルカはふと思った。カナという少女とチヨは友達だったのだろうか。もしそうなら、姉はこの場所にも来ていたはずだ。なぜそんな記憶がないのだろう。チヨの人生には、まだ知らない部分がたくさんあるのかもしれない。


「クロ」


ルカが静かに呼びかけた。


「欠片が全部集まったら、私は姉に会えるの?」


クロは立ち止まり、振り返った。その表情は面に隠されているが、右目の紋様が不安定に明滅していた。


「それは…お前次第だ」


「どういう意味?」


「選択の時が来る。お前が何を望むかによって、結末は変わる」


曖昧な答えだったが、ルカはそれ以上追及しなかった。クロ自身、まだ完全には理解していないのだろう。あるいは、理解していても言えないことがある。


だが、まだ道は続いている。チヨの記憶を完全に取り戻すため、そして封印の真実を知るために。


遠くの山頂に、霧見気象観測所の小さな影が見えた。次なる目的地。それは、さらなる記憶と、さらなる喪失を意味していた。


ポケットから影向稲荷の札を取り出し、ルカはそれを見つめた。「これが姉の記憶を取り戻す助けになる」と静江は言った。観測所では、この札が必要になるかもしれない。


「霧の中で、私たちは何を見つけるのかしら」


ルカは呟いた。失われた記憶の痛みと、チヨの姿を一瞬見た喜び。相反する感情が胸の中で渦巻いていた。一瞬だけ触れたチヨの温もりの記憶が、彼女の心を強く支えていた。


「姉を救えなかった自分を許せない」彼女は心の奥深くで思った。だからこそ、感情を閉じ込め、自分を追い詰めてきたのだ。だが今、少しずつその氷が溶け始めているような感覚があった。


そして、彼らの上に朝靄が漂い始めた。まるで、未来を覆い隠すように。チクワが足元で低く唸り、霧の方向に金色の瞳を光らせた。まるでチヨの気配を追うように、一瞬、その背が青く輝いた。未知の記憶と新たな試練へと続く旅は、次の一歩を踏み出そうとしていた。

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