第九話 迷子を探す為の魔法
「あらあら…困りましたね…気が付いたらルークはどこかに行ってるし…何やら悪い方々に捕まってしまいました…。しかし大丈夫ですね、きっと白馬の王子様が私を迎えに…ふふ…」
不潔な男性達のアジトに囚われてどのくらい経ったかしら、しかしひどい匂い…でもそろそろ…
「それにしても…どんな王子様かしら…うふふ、楽しみ」
……………………。
一時間ほど前…
「キリノ!僕は姉さんの元へ向かう!キリノは町に戻って応援を呼んで来てくれ!」
「分かったよ、気をつけてね」
僕が行っても仕方ないからね、まあ応援くらいは呼べるよ。
「オ…オリがいたら結構簡単だと…思うんだけど…」
オリちゃんの固有魔法って敵とか倒せなくない?でもまあオリちゃんがそう言うなら…何も問題ないな。
親は子供を信じるもんだよ。
とりあえずジークあたり呼べば良いかな、セシリアあたりでも良いけど。
僕はなるべく急いで町まで戻った。
……………………。
「ここだな…」
姉さんの感覚を辿り、町からそう遠く無い場所に盗賊のアジトはあった。
草や木で見事に隠蔽されており、オリがいなければ発見も難しかっただろう。
重々しき知の継承は距離が近づけば近づくほど共有する感覚は鋭く、はっきりと感じとれるようになる。
「オリ、姉さんはまだ無事だけど…助けるにしても僕一人じゃ…」
鞭の名手と謳われた僕だけど…大人数を相手にするのは厳しい。
キリノを信じて援軍を待つか…最悪姉さんの身に危険が及んだら一人でも…。
「ルークさん…あの、早く助けた方が…」
「オリ、僕も行きたいのは山々なんだけど…盗賊のアジトだし中に何人の盗賊がいるのかも…」
「えっと… 重々しき知の継承があれば…その、人数なんて関係無いというか…その…」
「え?まだ何か出来るのか?」
「あの…やる事は一緒です…感覚を共有なんですけど…相手同士もできるし…こちらから一方的にも…その逆もできます…」
オリの説明を聞いても何がなんだかさっぱり分からない…使い方によっては強いのか?
「それは例えば、一人を鞭で打てばその感覚を周りの敵にも飛ばせるって事かな?」
「そ、そんな感じです。感覚だけなので傷はできないけど…痛いです」
攻撃の全体化が出来るという事か…それなら僕にでも…。
「その、範囲というか…難しいな。どの程度まで飛ばせるの?その、感覚は」
「そ、それは認識さえすればできます。つまり見たら大丈夫…です。オリが見ても大丈夫なので…まあ如何様にも…」
なるほどそれなら…。
「姉さんを助けに行こう!オリ!宜しく頼むよ!」
「は、はい…まぁ…多分簡単ですけど…オリに盗賊なんかの攻撃は効きませんし…」
話し方はオドオドしているけど肝が据わっている。まあ大精霊だからな、心強い。
「じゃ、じゃあ行ってきます…中を確認したら帰って来ますね」
「オ…オリ!?一人で行くのか!?僕も一緒に…」
「い、いえ…オリなら大丈夫です…ちょっと待っていて下さい…逆に一人の方が楽…な感じです」
フワフワと一人で行ってしまった…。あの自信…本当に大丈夫だろうか…。しかし一人の方が楽まで言われてしまうと…。
数分後、まるで散歩から帰って来たかのようにオリが戻って来た。
「無事…みたいだな。中の様子は?」
「えっと…全員寝ています…お酒も飲んでいた人なのでしばらく起きないかと…」
既に寝ていた?しかしオリの説明にはなにか違和感がある。なるほど…そういう事か。
「泥酔して寝ていた奴の感覚を全員に飛ばしたって事かな?」
「そ、その通りです…じゃあ行きましょう」
念の為足音を立てずにアジトに潜入すると、確かに全員寝ていた…。
なんだろうか、この拍子抜けする感じは…。
「お、お姉さんは奥の部屋みたいですね」
いびきをかき寝ている盗賊を避けながら奥の部屋の扉を開けると…
「あら…ルークなの?どこに行っていたのかしら、お腹が空いてしまったわね。じゃあそろそろ帰りましょうか」
「姉さん…もう勘弁しておくれよ…」
怒る気も起きない…そもそも怒ったところで意味も無い。それが僕の姉さんなんだ…。
「それよりも大精霊さんを連れてルークは何をしているの?」
「あ、あぁ。姉さんが精霊と遊んでた時に会った人間を覚えている?」
「私が覚えているの?」
姉さんは小首を傾げて不思議そうにしている。
「いや、知らないよ…まあその人の精霊と仲良くなった感じだよ」
「オ…オリっていいます、宜しく…お姉さん」
「あらあら、それは素敵ね。宜しくお願いしますねオリさん。私はシエルと申します」
とりあえず長居は無用だ。さっさと表に出よう。
いつ寝転がってる盗賊が起きるかも分からない。
無事脱出して表に出ると一人の男と大精霊と…なんだ?白い…兵士?
「お?もしかしてもう終わったのか?一応急いでは来たんだが…キリノの言った通り問題は無かったみたいだな」
「相棒、せっかくの準備が台無しだな」
「キリノが呼んでくれた応援か、手間を掛けてしまって申し訳ない。無事に姉を救出できた」
「あ!あの!お名前はなんと言うのでしょうか!素敵な殿方!」
僕の言葉を遮り姉さんが割って入る。そうだった…姉さんは…。
「俺か?俺はジーク・ヴォルフガングだ。傭兵をやっている」
「俺はウルだ!」
「ジーク様…なんて猛々しく勇敢なお名前でしょう…この度は助けて頂いてありがとうございます。私はシエルと申します。これから宜しくお願い致します」
姉さん…助けたのは僕とオリだよ…。
そう、姉さんは…渋い男が大好きなのだ…。
いや、姉さんだけではない。エルフが人間との混血が多くなった理由はこれだ。
エルフは皆、人が言うところの美男美女なのだが…言ってしまえば外見的な個性が少ない。
遥か昔は閉鎖的なエルフだったのだが、時代の流れと共に外の世界に触れた。
そこでエルフにはいないタイプのワイルドで渋い中年に恋をする者が続出したのだ。
綺麗な顔の男は見飽きたと言う事だろうか…元々の惚れっぽさもあり、エルフの女性とワイルドな中年との交配は加速した…。
僕から見てもこのジークという男…渋い…ダンディーな男だ。
少し憧れてしまうのはエルフの女性がこういった男に群がるからだろうか…。
「ウ、ウル…来たの?」
「おう!オリじゃねぇか!親父に呼ばれて来てみたらやっぱりする事無かったな!」
「う、うん…弱すぎたの…敵が」
確かに弱い…というか寝ていたのを見ただけなんだけど。
「中の奴らはもう殺しちまったのか?それとも拘束したのか?」
「いや、寝ているだけだよ」
「あ…あの!」
色々説明しようと思ったが…姉さんはまたキラキラした瞳でまた会話に割って入り…
「皆さん気持ち良さそうに寝ておいでです。ささ、ジーク様。町に戻りましょう。美味しい紅茶を準備致しますわ。あとお菓子…ルーク、お菓子はあったかしら?前にお店で見たあの綺麗なお菓子」
「姉さん…見ただけのお菓子が家にあるわけないじゃないか…。買ってないお菓子は家にないんだよ…」
「それは困りました…ジーク様とお茶をしなくてはいけないのに…そうだわ!ジーク様のお宅でお菓子を頂きましょう!きっと楽しいお茶会になるわ!ふふ、楽しみね」
「相棒、随分とモテるじゃないか、良かったな。こんな美人とお茶だってよ」
「いや…嬉しい申し出なのだが…一応中を確認して捕縛はしておかないとな、弟君一人では大変だろう」
捕縛か…。
「いや、ジークは姉さんを連れて先に帰っててくれないか?僕が縄で縛っておくよ」
「せっかく姉を助け出したのに良いのか?」
「ジークといれば迷子にはならないと思うから…まあ宜しく頼むよ」
「それならそれで良いが…本当に手伝わなくて良いのか?」
「あまり姉さんに手荒な事をする様を見せたく無いんだよ、町に着いたら憲兵にこの場所を教えてくれると助かるな」
「そうか…まあ大精霊も付いてるしな、心配は無いだろう」
「ジーク様、参りましょう!迷うといけないので手を繋いで頂けないかしら」
そう言ってジークとウル、姉さんは町へ引き返して行った。さて…。
「ね、ねぇ…本当に良かったの?お姉さん行かせちゃって」
「良いんだよ、姉さんは言ったら聞かないから。あと姉さんの恋の邪魔はできないからさ、そんな事したら口を聞いてくれなくなるよ。じゃあ捕縛しに行こうか…」
「ル…ルーク?本当に縛るだけ?」
姉さんを誘拐した悪党を縛るだけ?そんなくらいで許す訳ないじゃないか。
「少しお仕置きしてからかな!手伝ってくれるかい?」
「う、うん!悪い事したら反省しなきゃね!重々しき知の継承!」
「さて…」
僕は鞭を握りしめてアジトの中に戻った。
…………。
「ぎゃーーーー!」
「いてぇよ!もう勘弁してくれぇ!」
「もうしないって…ぎゃあああ!!」
ルークがアジトに入ってからどのくらい時間が経っただろうか…。
アジト内では鞭の音と悲痛な叫びが響き渡り、憲兵が到着する頃には全員泣きながら土下座をしていた…。
………………。
憲兵に盗賊を引き渡したところ報奨金が貰えるらしい、これは不幸中の幸い、姉さんが言っていたお菓子を買って帰ろうかな。
「ル、ルーク。お姉さん…シエルは大丈夫なの?」
「うーん…一応確認したいかな…」
「じゃ…じゃあ行くよ、重々しき知の継承」
姉さんは…無事帰ったみたいだ。
万が一ジークを襲っていたらそんな光景は見たく無かったが…大人しくお茶しているようだ。
あれ、キリノも一緒か。何やら精霊の良さについてベラベラと喋り続けているな…。
あの男…空気読めないなぁ…。
重々しき知の継承…使い方によっては向かう所敵なしかも知れない。
まあ僕にとっては姉さんを探す魔法…それだけだよ。
「オリ、お菓子を買って僕達も合流しようか」
「う、うん!お菓子!た、楽しみ!」