第三話 何度も娘が嫁に行く感覚
「おーい、いるんだろ?キリノ!」
朝、僕はドアのノックと男の声で起こされる。
精霊に起こしてもらうのが日課であり至高の時間なのに…最悪の目覚めだ…とりあえず帰れ。
「まめ!まーめ!」
「ん?僕の名前を知ってる人だから知り合い?僕に人間の知り合いなんかいないと思うけど…。あの女騎士の知り合いとか?」
「まめまめ!」
「うーん…分かったよ。マメちゃんがそう言うなら…」
これでもかと言うほど重い腰を上げた僕がドアを開けるとそこには白衣を着た男と娘?随分と似てない親子だな。
ここまで自分の遺伝子を受け継いで無い娘ってもうお母さんの生き写しとかにならない?
「久しぶり、いや、初めましてだな。俺の名前はアスフォード。こっちは助手のエレノアだ」
「よ…宜しくお願いします!」
親子じゃないんだ。歳の割にしっかりした子だ、気品を感じるけど良いとこのお嬢さん?
「うん、それで用は?」
「まめ!!」
「マメも久しぶりだな。本当にありがとう、実際見るまでは半信半疑だったが…」
「ねぇ…マメちゃんの事呼び捨てにしないでくれる?さん付けくらい出来ない?」
「はっはっは、相変わらずだな。しかし相変わらず精霊の楽園だなここは、美しい精霊ばかりだ」
「え?分かる?ちょっとお茶でも飲んでいきなよ!精霊の説明してあげるから!」
「う…まぁそうだな。積もる話もあるしな…」
「先生…お話を聞いた通りですね…」
二人を家に招き入れお茶を…
「そうだ、お茶を持ってきてあるんだ」
準備された花の香りがするお茶、久しぶりに温かい物なんて飲む。少し落ち着くかも知れないけど精霊が一緒に楽しめないならまぁ無用だな。必要性を感じない。
「それでね!まずこの子はマメちゃんって言うんだけど、この前は庭でみんなと遊んでてさ!」
「人工精霊だろ?憑依ができる」
ん?
「ちょっと待てアスフォード!人工精霊の憑依について知ってるの!?条件は!?すぐに述べよ!!」
「落ち着け、今から説明する」
「述べよ!!」
「俺は以前君に会っている。そしてそのマメに憑依されて…意識が過去に飛んだんだ」
「うんうん」
「なんだ?驚かないのか?」
「僕の精霊達が絡んだ話なら全て信じるよ、子供を信じない親なんていないでしょ」
「そうだな…話を続けよう」
…………………。
そこからのアスフォードの話はこうだった。
初めは全て夢かと思った。
目の前には自分が救えなかった少女の姿、あの時のまま、力無く笑い、俺を慕ってくれる少女。
「先生、どうかしたんですか?」
「エレ…ノア…」
「はい、ここにいますよ」
俺は柄にも無く涙を流してエレノアに抱きつき体温を感じた。生きている。夢でも良い、あの時の償いができるのなら…。
「ごめんな…ごめん、お前を救えなくて…本当にすまない…」
「ちょっと…先生…私って助からないんですか…絶対救ってくれるって…言ってくれたのに…」
「すまない…もう治療方法は分かるんだ…しかしもう…」
「え…治療方法が分かるんですか…?でも私は助からない?ちょっと先生…しっかりして下さい!」
エレノアに弱々しく肩を掴まれ、俺はエレノアの目を恐る恐る見る。そこには俺を真っ直ぐに見る少女の瞳、その瞳は力強く、生に溢れた力強い瞳。生きている少女の瞳だった。
「いや…待ってろ!今薬を作ってくる!夢でも救う!何としてでも救う!何度でも…俺の全てを賭けて…もう死なせない!」
俺は魔術を使い出来るだけ早く材料を集めた。
素材の場所はもう分かっている。がむしゃらに世界を飛び回り、すぐに薬を調合しエレノアの元へ戻った。
「エレノア!薬だ!これで大丈夫だ、すぐに治るさ!そうだ!明日街へ買い物に出掛けよう!だから…せめてそれまでは覚めないでくれ…もう少しこの夢の中でだけでも…救わせてくれよ…頼むよ…」
泣き崩れる俺にエレノアは戸惑いながら声をかけた。
「先生、泣かないで下さい…。私は生きていますよ、ちょっとこちらに」
エレノアに歩み寄り、もう少し近くへと言われ近づくと…
「ていっ!」
エレノアに頬を殴られた…衰弱した少女の拳に力はこもっていなかったが、微かに感じる痛み。まさか本当に…。
「夢ではありません…今日の先生はちょっとおかしいですよ…あとぶってごめんなさい」
「あぁ…そうだな。エレノアの拳で目が覚めないならこれは現実だな…」
「そ…そんなに痛かったですか…。すみません…」
「いや…心に響く良い拳だったよ」
まだ半信半疑だが俺はエレノアに薬を飲ませて回復魔術をかけた。
みるみる顔色が良くなる、良かった。俺は間違って無かったんだな…。
「急に身体が楽になりました!私は治ったのですね!」
「あぁ、もう大丈夫だ。何か身体に異変はないか?」
「そ、そうですね…あの…」
エレノアは顔を赤らめ俯きながら口を開く。
「お腹がぺこぺこです…」
それからエレノアは回復し、俺の助手として魔術と医術を勉強している。
一体あの時キリノの家で何が起きたのか。
考えた結果、信じがたいが俺は過去に飛んだのではないかという結論に達した。
すぐにでも御礼を言いに来たかったが、今すぐに会いに行って問題が起こる可能性を考えて二年後の同じ時間にキリノに会いに行くのが一番安全だと考えた。
…………………。
「と、いう事だ。改めて御礼を言うよ。ありがとう、キリノ、マメ」
「ありがとうございます。私が生きているのはあなた方のおかげです」
「うん、まあそれは良いんだけどなんで二年も待ったの?早く来てくれたら僕の研究も進んだのに」
「いや、何が起こるか分からなかったからな。色々な可能性がある。夢の可能性もまだある、それにマメがまだ生まれていない可能性、俺と早く出会う事で変わってしまう事が多いと思ったんだ。もちろん会わないという選択肢もあったが…俺は真実を知りたかった」
「なるほどねぇ、僕からしたら早く教えて貰った方が良かったけど、まあ来てくれないよりは良いかな」
「それで…マメの事だが…」
アスフォードがマメちゃんに目をやるとマメちゃんはフワフワとアスフォードに飛んで行き…
「なるほど、マスターは上手くやったのですね。おめでとうございます」
憑依したのか…また俺以外の奴と…。
しかし憑依し成長したマメちゃん…なんて美しいんだ。スレンダーな見た目に無機質な目、水色の髪がキラキラと光り僕は目を奪われる。
「せ、先生!あの…大丈夫なんですか?」
エレノアは心配そうにアスフォードに声をかける、マメちゃんに憑依されて何か心配になる事ある?
羨ましい以外の感情は無いけど…君もそうだろ?
そして一人落ち着いているアスフォードはマメに声をかけた。
「マメ、君の時計仕掛の人魚の能力は過去へ意識を飛ばす能力なのか?」
「マスター、少し違います。私の時計仕掛の人魚は時間操作をする事ができます。停止、加速、遅延、そして逆行が可能です」
「過去に飛ぶ以外も…いや、凄いとしか表現出来ないな、理解の範疇を超えている」
「逆行のみ魔力消費が激しいので連続使用は不可です、前回はマスターが集めた薬の素材を魔力に変換して使用したと推測します」
「俺が集めていた薬の素材か、確かに荷車一杯に積んでいたが…」
「足りない分は私の魔力でギリギリ足りました。他の操作は使えますのでご心配無く」
今回は時間操作?僕の精霊達可愛い上に強いなんて…お父さん喜びを通り越して心配。
「先生は一流の魔導士でもあるのに…マメさんの力まであったらもう…敵なしです!素敵です!」
君はしっかりマメちゃんにさん付けしてるね。良いと思うよ。
「最近噂のセイクリッド・シーカーよりも強いんじゃないですか!?あの人も大精霊を使役してるとか!」
うん?セカちゃんとセシリアってそんなの目立ってるの?まあセカちゃん可愛いからな。
「マスター、セカとは友達なので後で会いに行きましょう。マメはこの姿をセカに見せたいです」
「そうか…あの女騎士もキリノの人工精霊を…」
「マメちゃんも行っちゃうの…?」
「お父様、そんなに悲しい顔をしないで下さい。ちょくちょくマスターと一緒に遊びに来ます。エレノアも一緒に」
「うん…楽しみにしておくよ…」
「キリノ、たまには街の方にも来てくれ、歓迎するから」
「うん…楽しみにしておくよ…」
「き、キリノ様!あの、私他の精霊さん達とも仲良くなりたいです!!」
「うん?うん!良いよ!えーっとこっちの子がねぇ!」
その後しばらく精霊達を紹介してあげた、みんな楽しそうで何よりだ。
やっぱり精霊の話って良いよね。心が洗われるようだよ。
「そ、そろそろ帰るとするか」
「そうですね、そろそろ限界…いえ、迷惑をお掛けしても悪いですし」
「お父様のお話はいつも為になります。マメは感激です」
「え?帰るの?まぁ…良いけど…」
「また来るよ、マメもキリノに会いたいだろうし」
「お父様、行って参ります。また来ますのでそんなに暗い顔をされると正直行きづらいんですが」
「うん…いつ来ても良いからね!みんなで待ってるから!」
「ああ、またな!」
「お邪魔しました!」
「それでは行って参ります」
行っちゃったな…。
しかしこの家に来る人が次々と精霊に憑依されて…。
もしかして僕の方が少数派なのか?
しかし諦めるわけにはいかない。いつか僕だって…。
「ウルウルゥ!」