第二話 精霊以外に起こされる朝、これは良くない
「先生…私ね。この病気が治ったら…いっぱいお勉強してお医者さんになりたいな。先生みたいに色んな人を助けるの。私にしてくれたみたいにね…病気の子を安心させてあげるんだ…」
「いや…俺は…」
「だからね…ありがとう、先生…約束は…次に目が覚めてからかな…楽しみに…しておくね…」
その言葉を最後に少女は永い眠りについた。
………………………。
「まめ!ままめ!」
「どうしたのマメちゃん、外に怪しい人がいるの?」
「まめ!」
「怪しい精霊なら気になるけど怪しい人なら別に放っておいていいよ、だって人だよ?精霊になって出直して来いって感じ」
「まめぇ…」
「とりあえず戸締りはしてあるし大丈夫だよ、今日も研究で忙しいしね」
先日のセカちゃんの覚醒?とでも呼べば良いのか、あれから家にいる数十体の精霊を同じように僕に憑依させようとしたが全て失敗。
セカちゃんだけ特別な精霊だった可能性もゼロでは無いが…僕にはどうもそうとは思えないんだよね。
とりあえず今日は騎士の格好をして精霊達と触れ合って…。
そんな有意義な研究計画を考えていると、ドアのノックする音と共に男の声が聞こえた。
「誰かいるのか?聞きたいことがあるのだが」
居留守しようか、どうせロクなもんじゃないでしょ。
「まーめ!」
「ダメなの?まぁマメちゃんがそう言うなら…」
僕は重い腰を上げてドアの扉を開けた。
「なんだこの精霊の数は…こんなに一箇所に集まる事なんてないのだが…」
外にいたのは白衣を着た男、歳は三十ほどだろうか。端正な顔立ちで何か少し威圧感のようなものを感じる。
外には荷車に大量の荷物が乗っていた。
ドアが開いた瞬間に見えた精霊の数に驚いているようだが…まあここそういう場所なので。
「あの、用は?」
「あぁすまない…庭に薬草があるだろ。あれを少し分けてくれないか?」
「薬草?そんなの生えてるの?好きに持って行って良いけど精霊の遊び場だからほどほどにしてよね」
「しかしすごい量の精霊だな…色々な種類がこんなに…。まるで楽園だなここは」
お?分かる?良いヤツじゃん君。
「そうなんだよ、可愛い精霊の楽園なの。ちょっとお茶でも飲んでいきなよ。僕の精霊達を紹介してあげる!」
「まめ!まめ!」
なんだよ威圧感あるけど良いヤツじゃないか、これからたっぷりと僕の精霊達を紹介してあげるね!明日の夜には終わると思う!
男を中に招きお茶を淹れる。まあ僕はあまり飲み物とか食べ物に興味が無いのでただの暖かく無いお湯だけどね。
「水…?まぁありがとう…。俺の名前はアスフォード、今は薬の調合などをしている」
「アスフォード?なんか聞いた事あるな…もしかして一流の魔導士やりながら医者とかやってなかった?世界中で名前聞いた気がするんだけど」
「そんな事もあったな…でも今はただの薬屋だよ」
「へー、まあ色々あるよね。でさ、このマメちゃんがこの前凄くってさぁ!」
……………………。
「あの…そろそろ帰ろうかと思うのだが…」
「え?ダメだよ、ここからが凄いんだから!」
「しかしもう夜中だしな…」
「大丈夫だよ、あと四十体くらいいるから明日の夜までは暇しないでしょ!」
「そうか…しかし俺は帰って調合をしなくては。ここに生えていた薬草でやっと薬が完成しそうなんだ」
やっと完成という割にアスフォードは悲しそうな顔を見せた。
「嬉しくないの?まあ薬が完成するのが嬉しいのかは僕には分からないんだけど」
「使う人がいないからな…この薬は俺の自己満足、消えない後悔の鎖を強くする薬だな。いつまでも忘れないように…」
僕もそこまで空気が読めない訳じゃないんだけど…僕の精霊の自慢話を続けても大丈夫かな?楽しい気分になれる?
「でもアスフォードって僕の知る限り後悔なんかとは無縁の人だと思ってたんだけど、一流の魔術師で一流の医者でしょ?神の右手とか呼ばれてなかった?」
僕が人工精霊の情報を探して色々な場所を旅していた時、どこに行ってもこの名前を聞いた。
絶対にミスしない医者、一人で一騎当千の魔術師、そんな人間が人気が出ないはずは無い。
ほとんど英雄のような扱いだったと思うけど…今僕の目の前にいるのはちょっと格好いい疲れたおっさんだ。
「なんだ知らないのか?別に隠す事は無いから言うが、俺はな…大事な人を死なせてしまったんだ」
「大事な人?奥さんとか?」
「俺に奥さんはいない、本当に知らないんだな…かなり有名な話なのだが」
その有名な話が世間に出回る頃にはもう僕は人工精霊の研究で世離れしたのだろう。
アスフォードは落ち着いた口調で話し始めた。
二年ほど前、アスフォードに王家から要請があった。
第二王女が謎の病に伏しており。是非神の右手に治療して貰いたいとの事だった。
アスフォードには自信があった。魔術も極めた自分だけにしできない治療で多くの人を助けた。
患者は第二王女のエレノア、ある日を境に何を食べても体重が減り続け、今では自力で歩けないほどに衰弱してしまった少女。
様々な魔術と医療技術を試したがどれも上手くはいかなかった。
「まめぇ…」
「そうだね、アスフォードは最善を尽くしたんだからそんなに思い詰めなくても…」
「俺は救いたかったんだ!約束もした!!街に買い物に行くだけの約束なのに…なんでそんな事も出来ないんだ!なんであんな子供が死ななければならなかったんだ!」
アスフォードは立ち上がり、声を荒げた。僕も少し配慮が足りなかっただろうか。
まぁ…そもそも僕はそんなに出来た人間ではないんだけど。
「すまない…少し感情的になってしまった…」
「駄目だよ、急に大きい声出しちゃ。精霊達が怖がってるじゃないか」
「すまなかった、ではそろそろ失礼する。外の薬草は貰っていっていいかな」
「え…帰るの?まあ良いけど…。その薬草で何作るの?」
「エレノア王女の治療薬だよ、まあもう使い道も無いんだけどな。あれから研究を重ねてやっと形になったんだ。何の意味も無い、俺の自己満足さ」
救えなかった人間への治療薬…後悔の鎖を強くする薬か…。
「まめ!!まめまめ!!」
「マメちゃん!?」
マメちゃんは帰ろうとするアスフォードを追いかけて…えぇ…。
「うわっ!なんだ!?」
マメちゃんはアスフォードに憑依し…マメちゃんは…
「あれ?なんかイメージと違うというか…」
もう少し活発な感じをイメージしてたんだけど…今目の前にいるのは何か感情を感じない、人形のような…。
「マスター、あなたの後悔の鎖は断ち切れます。どうなさいますか?」
「お、おい…なんだこれは…」
「あのね…僕の人工精霊は人に憑依できるんだよ…」
「人工精霊!?そんな技術があるわけ…いや…そんな事より…」
「マスター、マメの力があれば過去も未来も変えられます。まあ行ってきて下さい」
困惑する僕達をよそにマメは固有魔法を発動する。
「時計仕掛の人魚、それでは行ってらっしゃいませ」
その瞬間僕達の前からアスフォードは姿を消した。