第一話 禁忌?いや聞いてない聞いてない
「聖浄照」
疫病が蔓延した村は煌びやかな光に包まれ、全てが一瞬で浄化されていく。
魔術師の中で精霊を使役し、魔法や魔術を使う者は精霊術師と呼ばれ、高位の者は大聖霊を使役し、このような魔法…いや、奇跡を起こす。
幼かった僕はその姿に目を奪われた、憧れ…恋焦がれた。
あの美しい精霊の姿に…。
――――――――――。
「せかせか、あせあせ…」
「ん?もう朝?おはようセカちゃん」
あの日見た精霊の姿が忘れられずに僕は精霊術師を目指した。
目指したのだが…僕には絶望的に素質がないらしく精霊の使役が全く出来なかった。
高位の精霊が使役できないのは仕方ないとして…なんでそこら辺にプカプカ浮いてる下級精霊の使役も出来ないんだ。運命は残酷だ。
そして僕は考えた。
『いないのなら作れば良い』
もう他の精霊術師には嫉妬しかないよ。なんなんだよアイツら、ふざけやがって。
精霊について調べている時に偶然見つけた人工精霊について書かれていた一冊の本。
僕には精霊術師の素質は無かったが研究者としての素質は天才的だった。
殆どゼロからのスタートだったにも関わらず今では人工精霊についてこの世界で一番詳しい自信がある。
そもそも僕以外の研究者に出会った事がないのだが。
僕は町外れの一軒家の地下室を研究室とし、変人扱いはされているが自分の作った人工精霊と楽しい研究ライフを満喫しているのだ。
そしてこのセカセカしているのは人工精霊のセカ。
下級精霊だが意思疎通ができる、僕の研究の賜物だね。
見た目は少し大きなランプの炎に近い光の玉だ。
素人は全部一緒だろとか言うが全然違うからね。セカちゃんはほんのり緑色だし他の子達だって個性があるんだから。
「あせあせ、せかせか」
「セカちゃんは今日も可愛いね、起こしてくれてありがとう」
「せか?せかー…せか!」
寝室を出ると他の精霊達が自由に飛び回る賑やかな家。これが僕の理想郷、人生をかけて研究した甲斐があった。
精霊達はたまにお出かけとかして数は減るけどたまに増えてるんだよね。
なんでだろ?しかし常に数十体は僕の家で好きに遊んでいる。生きてて良かった。
「せっか!!」
「さて、研究しようか」
「せか!」「うる!」「まめ!」
「お?今日はうるちゃんとまめちゃんも来る?珍しいね」
少し赤みがかったのがウルちゃん、少しだけ水色なのがマメちゃん。
セカちゃんは研究室に良く来るがこの二体が地下に降りるのは珍しい。
埃っぽい部屋、机の上に並ぶ魔法陣の描かれた紙、輝く魔石、そして並んだ精霊核の素材。
これが僕、キリノ・クラフトの実験室。古びた一冊の本の情報だけで良くここまで成功できたもんだよ。
「今日も精霊の成長についてだね、この間花に近づいた精霊が少し大きくなったし、何か理由があると思うんだよ」
「せかせか!」「まめまめ!」「うるうる!!」
「そうだよねぇ、それ以降は同じ事しても大きくならないし…何か条件があるのかなぁ」
「せかぁ…」
「セカちゃんももっと大きくなりたいの?今のままでも可愛いよ」
「あの…何をしているのだ?」
突然背後から聞こえた人の声、こんな地下室に来る人なんて今までいなかったのに…。
僕が振り返るとそこにはプラチナブロンドの長髪で宝石の様な碧眼の女性。騎士だろうか、白い甲冑がよく似合う美少女が立っていた。
まあ僕の精霊ちゃんの方が百倍可愛いけどね!
「こんな埃っぽい倉庫のような部屋で何をしているのだ…なんだったら医者に連れて行くが…」
何この人、すごい言うじゃん…悪意が無いのは分かるけどそういう問題じゃない。
「何って僕は研究者だからね、人工精霊の研究をしているんだよ。研究室でね!倉庫じゃないから」
「人工精霊!?禁忌ではないか!!連行させてもらう!無駄な抵抗はするな!」
なに?禁忌?そんなの聞いた事ないよ!
腰の剣に手をかけてこちらを睨みつける女騎士、なんだよこの人急に来ておっかねぇな。
「ちょっと待って!禁忌ってどう言う事?そんな話聞いた事ないよ!?」
「せか!!せかせか!!」「うるる!!」「まめまめ!!」
そうだそうだ!みんなでこの人を追い出そう!
「王城の倉庫の隅の方に置いてあった捨てられる運命の古書に書いてあったからな、間違いない」
それは間違いあるかも知れないだろ…。じゃあその本にパン食ったら死ぬって書かれてたら信じるの?
「そんなの信用できるわけ無いじゃん、そもそもこんなに研究してる僕は知らないんだからさ」
「せか!!せっかせか!!」
「ね、セカちゃんもそう思うよね!」
「いや…さっきから誰と喋っているのだ?一人で虚空に…」
「いや、見えないの?精霊だよ、僕の作った精霊達。可愛いでしょ」
「すまないが私は精霊が見えないのだ…しかし意思疎通ができるほどの精霊がこんな倉庫にいるわけ…」
あぁ、可哀想に。たまにいる僕よりも素質がない人か。そしてそろそろ倉庫って言うのやめて?
「そんな捨てられる本まで読むほど精霊が好きなのに見えないの?」
「うっ…そうだ!私は子供の頃から精霊が好きだった!絵本の中でしか知らないが…いつかは見えるようになると…いつかは一緒に遊んだりできると…」
僕は見る事はできるが…その憧れは少し分かる。辛いよな、普通が出来ないって…。
「せか…せっかせか…」
「セカちゃんもそう思う?ちょっと可哀想だよね」
「せかぁ…」
セカちゃんは女騎士の頭付近に近付いた、頭を撫でているつもりだろうか…なんて優しい…ん?
セカちゃんが何か…女騎士に取り憑いているように見えるんだけど…。
「な、なんだ!?身体が光って…」
女騎士が言う通り身体が緑の光に覆われている、何が起こってるんだ?
「じゃっじゃーん!セカは大きくなったよ!!」
おいおいウソだろ…
今までただの光の玉だったセカちゃんは少女の姿に変身して今女騎士の隣に立っている。
「うる!?」「まめまめま…」
「なんだこれは、おいお前!私に何をした!」
「何もしてないしなんなら僕がされたいよ!羨ましいったら!」
「世界一可愛いセカはこの人が気に入った!くっ付いたら大きくなった!すごい!」
本当にすごいね、セカちゃんは見た目は美少女、黄緑色の髪の毛と目…なんで僕じゃダメだったんだ!
驚きと悲しみと感動でどんな顔したらいいか分からないよ。
「おわっ!なんだお前!」
後ろを振り返りセカちゃんを見ての一言がそれ?第一声は喜びと感動を伝えないとお父さん怒るよ?
「セカだよ!えーっと、名前は?」
「精霊!?私にも見える精霊…何がなんだか…」
「な!ま!え!は!」
「おぉ、名前はセシリアだ。しかしこれが精霊か…思っていたよりも美しい…」
「そうだよ!セカは世界一美しいし可愛いんだよ!キリノが毎日そう言ってるもん!」
なんだよセシリア、その目。良いだろ別に、本当の事なんだから。
「そしてセカはちょー強い!セシリアをちょー強くできるんだぞ!」
「セカちゃん、どう言う事?大聖霊になったからすごい魔法使えるの?ちょっと見せてよ」
「セカだけの特別な魔法だからね!すんごいんだから!」
固有魔法?精霊術師は精霊の力を借りて魔法を使うけど…精霊自体が魔法を使うなんて聞いた事ない。
「私にも精霊が…ふふ…」
「とりあえずニヤついてないで表にでようか、僕も固有魔法見てみたいよ。もう悔しさとかは一旦置いておいて」
僕達は地下室から地上に上がる。しっかしこの…
「セシリアは何が好きなのー?」
「勉強や修行が好きだな、あとはそうだなぁ、魚取りが好きだぞ」
「そうなんだー!今度一緒に魚取りいこー」
「そうだな!じゃあ次の休みにでも…」
ねぇ僕もいるよ?何それ急に仲良くなっちゃって。その人さっきまで連行する!とか言ってお父さんを困らせてたんだよ。
「うるる…」「まめぇ…」
ウルちゃんとマメちゃんも思うところがあるのかな…。
僕の家の周りには本当に何もない、固有魔法がどんなものか分からないが地形が変わっても大丈夫だろう。
責任は取らないけど。
「じゃあセカの魔法見せてあげる!」
セカはそう言うとセシリアに背後から抱きつき…
次の瞬間目にしたのはセシリアと重なり合うように浮かぶ半身の精霊…セカちゃんだった。
「聖騎士の観察眼」
セカちゃんがそう唱えると…
ん?何か変わった?どんな魔法なんだろ…。
「なんだこれは…」
セシリアは変化を感じてるようだけど…僕から見たら何も変わってないが?
「セカの魔法は色々見えるし色々感じるよ!すんごい遠くまでだよ!」
うーん…五感の強化とか?でもそこまですごい魔法じゃないような…まあセカちゃんの魔法だからそよ風だしてもすんごい魔法って褒めるけど。
「流れを感じる…風の流れ、魔力の流れ…筋肉の動きに呼吸…それにどこまでも見渡せる…なんでも聞き取れる…」
「ちょっと動いてみてくれないか、えっと…」
「キリノね、名前はキリノ」
僕は言われた通り少し歩いてみる。
「上手く説明できないのだが…キリノが動く前にどこに行くか分かる…」
「セカの魔法はね!感覚がすごくなるからちょっと先なら予測できちゃうんだよ!」
なんだそれ、未来予知みたいなもんじゃん。
「あとはね!魔法を使う人は魔力を集めるからね!魔法を使う前にどんな魔法を使うかとか分かっちゃう!すごいでしょー」
「匂いとか味覚も強化されたりするの?あとそんな情報量流れ込んだら頭がパンクしない?」
「大丈夫!頭もすごい良くなる!あとはねー、味がしない毒とかも分かっちゃうよ!普通の人には分からないようなのも!」
「凄まじい。全てが分かる…こんな魔法聞いた事がない…」
セシリアは困惑…はしていないな。全能感とでも言うのだろうか。そんな雰囲気がある。
「だからセカはすごいんだって!!そろそろ解くよ!セカお腹空いちゃった!」
セカちゃんお腹空いちゃったかぁ。じゃあしょうがないね。
セカちゃんはセシリアから分離?した。離れてもその姿のままなのか。
「ふぅ…これは慣れないと体力を使うな、しかしすごい能力だ…ありがとうセカ。精霊が見えるようになったばかりかこんな体験までさせてくれて」
「良いの良いの!困ったらすぐに使うから言ってね!」
あの…もしかして…。
「ねぇセカちゃん?もしかしてセリシアと一緒に行っちゃうの?」
「うん…たまに帰ってくるから!その時はセカがご飯作ってあげるね!!」
「良いのか?キリノと離れても」
そうだぞ!セリシアもっと言ってあげて!傷つかない様に優しく、かつ的確に!
「うーん…でも私はセシリアの近くにいるかな!離れられない訳じゃないんだけど…なんか離れたくない!」
「すまないなキリノ…」
謝らないで、更に悲しくなるから…。
「寂しいけど…セカちゃんがそうしたいならそうして良いよ…でもたまには帰ってきてよね!」
「うん!ありがとう!セシリアと一緒に遊びに来るね!お魚持って!」
「そういう事だ。長い付き合いになりそうだな。あの地下室はもう少し綺麗にした方がいいぞ」
「そうだね、倉庫とか言われない程度には掃除しておくよ…」
「ではそろそろ帰らなくては…結構な時間を使ってしまった。仲間が心配してここに押し掛けられても困る」
それは絶対に嫌だね、ここは僕と精霊の理想郷なんだから。
「じゃあねーキリノ!お魚楽しみにしててね!」
「それでは失礼する。色々と世話になったな」
「うん、気をつけて帰ってね」
セシリアはセカを連れてとんでもないスピードで帰って行った。なんだあの身体能力、セカちゃんの魔法と合わせたらもう最強じゃないか…。
そして僕はウルとマメと地下室に降りる。
それからしばらく僕はなんで僕じゃダメだったんだと叫びながら咽び泣いたのだった。
「まめまめ…」