45 バブルラグーンの戦い1
冒険者ギルドからの報告によると、マーマンは夜明けとともに街へ向かってやって来るだろうとのこと。
その数、おおよそ五千体以上。
今までに襲撃を受けたマーマンの群れと比較しても類をみない大群になるそうだ。
そして、間もなくバブルラグーンは夜明けの時刻を迎えようとしている。
周りを見渡すと、駆け出し冒険者は特に顔色が悪い。
彼らもマーマン単体での撃破はあるものの、それが大群となっての戦闘は経験がないのは言うまでもない。
こういう時に街から逃げ出すことが出来ない冒険者という職業も他人事ながら大変だなと思ってしまう。
僕が多少なり落ち着いていられるのは、仲間が近くにいてくれるからだと思う。しかも今回に限ってはAランクのキャットアイさんもそばにいてくれる。
ちなみにランクC以上の冒険者は柵の前後で個々の判断によって活動が許されている。キャットアイさんのように、冒険者ギルドからそれぞれに作戦が伝えられているのだろう。
僕を含むDランク以下の冒険者は柵で足止めしたマーマンに槍を突き刺す係だ。
Dということはルイーズも槍係かと思ったら伝令役に抜擢されたらしい。
どうやら偵察の際の俊敏な動きがギルド職員さんの目にとまったらしい。疾風のレイピアを持ったらCランクに近いステータスになりそうだし納得でもある。
「あ、あれっ、ニールさんとルリカラちゃん?」
少し緊張気味な声で話しかけてきたのはルリカラファンのリリィだ。もちろん、その隣にはラウラ、エイミーの二人もいる。
眠そうなルリカラを見て、少し安心したのか少しだけ笑顔が見える。
さて、彼女が疑問に思っているのはドラゴンテイマーであるニール先輩がなんでこの場所にいるのでしょう? といった表情だろうか。
「実は僕もEランクになったばかりの駆け出し冒険者なんです」
「そ、そうだったんですね。てっきりCランクぐらいかと思ってました」
そんなわけないじゃないですかー。Cランクってアルベロクラスだよ。あの領域には全然手も足も届きませんから。
「ここだけの話しですけど、実は近くにいるあの猫人族の方は王都から来ているAランク冒険者なんです。あと、僕の仲間のCランクの弓使いがあの高台にいます」
「す、すごい。あんなに眠そうなのにAランクなんですね」
キャットアイさんはいつも眠そうにしているけど、今朝は時間も早いからなのか更に眠そうにしている。それでも約束通り僕の近くに陣どっているあたり感謝しかない。
きっと戦闘が始まれば獣人ならではの俊敏な動きを見せてくれるに違いない。ですよね? キャットアイさん。
「エルフ族は弓の扱いが上手だと聞きます。す、少しだけ緊張がほぐれてきた気がします」
リリィは仲間の二人に「絶対にニールさんから離れないようにしようね」とか言っている。
僕のそばが安全かどうかはわからないけど、アルベロとキャットアイさんが近くにいるというだけで心に余裕が生まれるのは確かだ。
まあ、そんな危険な感じになる前に片がつくことを祈りたい。
「マーマンが来るぞー!」
偵察をしていた冒険者から、その声があがったのはすぐのことだった。冒険者ギルドの読み通り、夜明けとともにマーマンはやってきた。
遠くからも見える黒っぽい体。耳がエラのように発達していて、手や足には水かきがついている。手足は硬い爪があり、牙も鋭く噛みつき攻撃もしてくる。水の中はもちろん、陸でも活動できる魔物とのこと。
水の中の方が俊敏に動けるらしいけど、陸でもそれなりには動ける。一般的なゴブリンと比べると陸で戦うなら力は一段落ちるとのこと。
「だ、大丈夫でしょうか」
心配そうにしているリリィ。槍を持つ手に力が入っている。
「陸ではゴブリンよりも弱いらしいです。落ち着いて倒せば大丈夫ですよ」
「そ、そうですよね」
大量に押し寄せて危険な状況に陥ったとしても、ルリカラの偉大な聖なるブレスで時間は稼げるだろうし、ディルトのスクロールも一つ残っているので、何かあったとしてもきっと対処はできるはずだ。
「じゃあ、頑張ろうか。街を守らないとね」
「はい!」
浜辺から上がってくるマーマンは止まることもなくそのまま街の方へとやってくる。
そこへ、遠距離攻撃部隊がご挨拶とばかりに攻撃を加えていく。それは魔法であったり、弓による攻撃だ。
その攻撃をかいくぐりマーマン達が歩みを進めていく。その歩みをあざ笑うかのように後ろからバシュっという大きな射出音と共にアルベロの短弓ハジャーダが攻撃を与える。
それは普通の弓では考えられないような爆発音で周辺のマーマンを巻き込みながら爆裂させていく。
防御力高いバブルクラブの頭を簡単に吹き飛ばす矢なのだから当たり前に強い。弓矢代はギルド支給なのか不明だけど、矢代を気にすることなく次々に倒していく。
「す、すごい、アルベロさん……」
ええ、うちのアルベロはすごいんですよ。駆け出し冒険者からもれなく熱い視線を集めている。自分の持ち場がここでよかったと心から思っていることだろう。
それでも数の暴力というのは恐ろしい。まるで恐怖を感じていないかのようにマーマンの進行速度は変わらない。
そして、とうとう僕の目の前にもマーマンが辿り着いてしまった。黒い体に紅い瞳。口角は広く上がっていて、爪を使って柵を乗り越えようとしてくる。
「全員落ち着いて、タイミングを併せて攻撃を!」
ギルド職員さんの指示を待ち、いつでも突き刺せるように構える。柵を乗り越えようと登ってくるちょうどいい高さまで待つ。
狙いは心臓だ。
「今だー! 突き刺せー!」




