38 決着
何となくだけどソードフィッシュのすばやい動きに目が慣れていたことも落ち着いて対処できた理由の一つだろう。
それでもここまで自分がうまく立ち回れるとは思っていなかった。
ひょっとしたら俊敏のステータスが上がっていたりしないよね? いや、そんな簡単に上がるものでもないか。
目が慣れているだけで、体が軽くなっているような感じはしない。
「騎士団に今のことを報告すれば追加で制裁を加えられます。クエスト終わりで恐縮ですが少しお時間をいただけますか」
「了解しました」
冒険者ギルドとしても罪人者には厳しくあたりたいし、目の前で暴れられたとあってはメンツにも関わるとのことで、最大限の協力を申し出てくれた。
待っている間にクエスト報酬の手続きやソードフィッシュの買取をお願いすることにして、その後やって来る騎士団の聴取を受けることになる。それなりに時間がかかるので面倒なのだけど、こればかりはしょうがない。
「こ、こいつ、目覚めやがった。だ、誰か、手伝ってくれ!」
受付嬢さんと話をしていたら、ロープで縛ろうとしていたギルド職員さんをダンパーが振り払うように暴れていた。
「は、離せ! 二度と捕まるかよ!」
他のギルド職員や周りで見ている冒険者が手を貸そうとするも、その全員を吹き飛ばして自分の武器と思われるロングソードを掴み、強引に振り回しながら周りを確認している。
どうやら逃げ道を探しているようだけど、残念ながら冒険者やギルド職員等によって既に塞がれている。
「これ以上罪を重ねたら、二度と冒険者として活動できませんよ」
「うるせぇー! もう、無理なんだよ」
そう言って、受付嬢さんの隣りにいた僕と再び目が合ってしまう。
「お前さえいなければ……」
ダンパーの武器を握る手に力が入る。あの目は完全に僕を殺す気だ。
やらなければこちらがやられる。すぐにアルベロが弓を構えようとするけど、ソードフィッシュの頭を爆散させたことを思い出してか躊躇してしまう。
他の冒険者達は間に合いそうにない。
「ニール、私があいつの剣を抑えるから」
ルイーズが一歩前に出てレイピアを構える。
力ならダンパーに分がある可能性は否定できないけど、疾風のレイピアを持ったルイーズが防御に回れば手も足も出ないはず。
僕は攻撃を防がれたダンパーの動きを止めるべくショートソードを抜いた。
きっとこの場には僕ら以上のランクの冒険者もいると思うんだけど、屋内で混戦となってしまっては下手に手を出すこともできない。
それならば自分たちで押さえ込むか、それともダンパーの武器を奪うしかない。そうすればギルド職員や冒険者も手伝ってくれるはず。
「ニィィィィール!」
再び僕の名前を叫んで突進してくるダンパー。
しかしながらランク上位を相手に、しかも疾風のレイピアで風の加護を受けているルイーズの剣技の前にはなすすべもなく、巻き上げられるようにロングソードは飛ばされてしまう。
そしてルイーズのレイピアがダンパーの首元を突き刺さんとしていた。
「動かないで」
「も、もう、終わりだ。あきらめるから……その武器はどけてくれよ」
膝をつき、顔を下げているので表情は見えない。
「ロープで縛られるまでは、どかすつもりはないわ」
「そうかよ……。じゃあ、仕方ねぇぇーな」
「動かないで、本当に刺すわよ!」
「刺してみろよ! 細剣なんかで俺を止められるならなぁ!」
ダンパーの目は何かを決心したような迷いのない雰囲気を感じる。もちろん、僕の方を見てだけど。
「こうなりゃ、お前も道連れだー! ニィィィィール!」
予想通り過ぎて悲しくなる。僕がお前に一体何をしたというのか。
ついさっき僕に倒されたことを覚えていないのだろうか。今はショートソードも持っているというのに。
「ルイィィーズ、て、てめー! ちっ! ど、どけっ!」
ルイーズのレイピアで足を貫かれても止まらない。
僕も覚悟を決めなければならない。手に持っているショートソードをダンパーに突き刺すことを。
その時だった。うるさくて寝れないよーというルリカラの声が聞こえたのは。
アルベロが抱っこしていたルリカラが僕の頭の上に飛んできて、ダンパー目掛けてブレスを吐いたのだ。
「えええっ?」
幸運だったのはそのブレスが魔力がとても少なくブレスに見えなかったことだろう。
周りの人にはきっと、くしゃみか何かにしか見えなかったはず。それぐらい可愛らしい小さな聖なるブレスがダンパーの顔面を直撃した。
なけなしの魔力を再び吐いてしまったルリカラはまた脱力して僕の頭の上からずり落ちるようにして腕の中へとすっぽりはまり、再び寝息をたてて眠りはじめてしまった。
一方で、聖なるブレスをくらったダンパーはというと、まるで憑き物が落ちたかのような穏やかな表情をして正座していた。
冒険者ギルドの職員が声をかけると、とても殊勝な態度で申し訳なさそうにしている。
「この度は大変な騒ぎを起こしてしまい申し訳ございません。このダンパー、如何なる罰も受け入れ、誠心誠意ニール殿やご迷惑をお掛けした皆さまへの謝罪の気持ちを忘れずに自らの罪を顧みたいと存じます」
その瞳はとてもキラキラしていて、心底反省していることが気持ち悪いほどに伝わってくる。
そう、例えるなら天使のような無垢で純粋な目をしているのだ。いや、まぁ、天使を見たことがないんだけどさ。
その後、騎士団も駆けつけてダンパーは引き渡されたのだけど、前回ほど時間もかからずに解放されることになった。
というのもダンパーが全ての罪を受け入れていて、それだけでは足りない。自分はこんなことを考えていたのだとか、やってもいない罪までベラベラと話しはじめてしまったからというのもある。
結果的に規約違反やら殺人未遂罪やらが追加され鉱山労働十年が言い渡された。
ここまでされて十年で許されてしまうのは深く考えないようにした。これが異世界のルールなのだから。
ダンパーに何が起こったのか知らないけど、きっと、もう会うこともないだろう。
さようならダンパー。




