119 バルドル盗賊団1
風の谷の集落を出てから数日、今日も馬車旅はのんびりと進んでいく。やはり急ぐ旅ではないというのがいい。
あらためて旅の醍醐味というのを感じはじめていた。しかしながら、ならず者というのはどこにでもいるようで、ついに僕も盗賊団というものに出くわしてしまった。
王国と比べると、割りかしのどかな印象な聖イルミナ共和国ではあったのたけど、やはりどこにでも悪い人というのはいるらしい。
その異変を最初に感じとったのはアドリーシャ。うちのパーティにおいて一番感知能力の高い聖女見習いだ。
「前方で馬車が襲われております。盗賊と思われます。盗賊の数は八名程度でございます」
盗賊というと同じ人なわけで、助けるということは、対人戦闘を行なうということになる。
人と人との戦いは王国で追われていたときに経験はしているものの、僕自身は後方支援メインで直接向かい合って戦ったわけではない。
「助けに入りましょう」
アルベロの判断は迷うことなく助けに入るという判断。まあ、そうだよね。
猫さんもいつの間にか、お昼寝から目覚めて戦闘態勢に入っていく。
作戦はいつも通り、アルベロの遠距離攻撃で相手の数を減らしてから、前衛組が制圧にかかる。
僕は御者でアドリーシャは馬車からの後方支援。アルベロは馬車の上に乗り、短弓ハジャーダを準備する。
そうして見えてきた襲われている馬車にはどこか見覚えのある紋章が描かれていた。
「カルメロ商会の馬車にゃ」
あの採掘用のハンマーと宝石のマークは間違いなくカルメロ商会のもの。
これで助けなくてはならない理由もできてしまった。
盗賊団もこちらに気づいたのか、襲った馬車の後に隠れるようにして、こちらの様子を窺っている。
隠れられてしまうと、アルベロも狙いを付けるのが難しくなる。そうなると、前衛組の出番となる。
「行った方がいいでしょうか?」
「アドリーシャは、キャットアイとルイーズにマポーフィックを」
そこの聖女見習いさんよ。毎回僕に指示させるのはそろそろ勘弁願いたい。
アドリーシャはマジカルメイスをぐっと握りしめてマポーフィックを二人に放つ。
やはり気持ち的にはメイスを振り回したいようだ。
魔法の盾がついたキャットアイとルイーズは左右に回り込むように馬車へと向かっていく。そのスピードはいつもよりも速い。
風属性の付与が影響しているのは言うまでもない。
そして、近づけさせまいと弓を構えた盗賊が出てくると、それを狙いすましたかのようにアルベロの矢が命中していく。
どうやら、遠距離攻撃手段を持っていたのは二名だけで、アルベロに既に無力化させてしまった。
残りの六人もキャットアイが三人を、ルイーズが二人を倒しており、残すところ一人のみ。
「く、くそっ! う、動いたらこいつの命はないぞ。は、早く武器を捨てろ!」
こうならないようにスピード重視で攻めたのだけど、あと一歩のところで人質を取られてしまった。
「何で武器を捨てなきゃならないにゃ?」
「ああ? こいつの命がなくなってもいいっていうのか!」
「たった一人の犠牲で積荷と他の乗員が助かるなら商会からは十分に謝礼がもらえるレベルにゃ」
「なっ、お、お前、鬼か?」
鬼ではなく猫である。しかしながら、猫さんがただ時間稼ぎをしていたわけではない。
僕たちが近づいてくるのを待っていたのだ。正確にはアドリーシャのマポーフィックが届く距離になるまで。
「アドリーシャ、人質に魔法を」
「はい。マポーフィック」
僕の後に隠れるようにしてマジカルメイスを抱えていたアドリーシャが魔法を放つと、人質の方と盗賊の間に魔法の盾が形成される。
「なっ、な!」
盗賊が人質に刃を向けるものの、アドリーシャのマポーフィックは見事にその攻撃を弾いてみせる。
弾かれた武器を拾おうとしたその時には、ルイーズとキャットアイの剣先が盗賊の首元にあった。
見事なものである。またしても僕だけ何もやっていないような気がしないでもない。
まあ、無事に解決できたのだからいいんだけどね。
「キャットアイ様、お助け頂き誠にありがとうございます」
「構わないにゃ。こいつらは?」
どうやら、キャットアイの顔見知りだったらしい。
「ミスリル宝石を狙ったバルドル盗賊団のようです」
バルドル盗賊団とは、この地域の山間部を根城にしている有名な盗賊団らしく、商会も困っていたそうだ。
残念なことに、護衛を頼んでいたDランクの冒険者二名がこの戦闘で命を落としていた。
僕たちの到着がもう少し遅かったら商会の方の命も危なかっただろう。
「積み荷と馬車は無事にゃ?」
「はい、おかげさまで大丈夫そうです。あと、こちらをアルベロ様にお届けするようにいわれております」
イルミナ大聖堂から聖都方向に向かったという情報を得て、中継都市のリンドンシティに向かっていたらしい。
僕たちが風の谷の集落で寄り道をしていたあたりで抜かされていたのだろう。
「これって、アダマンタイトの矢じりね? あやうく盗賊団に奪われるところだったのね。ちょっと、滅ぼそうかしら。そのバルドル盗賊団」
アルベロが珍しく怒っている。
「バルドル盗賊団は五十人規模の賊です。山間部の洞窟を根城にして、そこは迷路のように入り組んでいるらしく討伐難易度もかなり高いそうです」
「問題ございません。やりましょう、アルベロさん」
君はいつも乗り気だよねアドリーシャ。




