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第1章-4

 陽もすっかり落ちた頃、地の国アーステラの首都ダーラムに着いた。アルスたちは真っ先に大型施設ヒールガーデンに向かった。そこは住居や療養所、図書館、宿泊所といった様々な施設が入っている。


 アルティアの容態は、出会った時と比べるとシェラのおかげもあって快方に向かっているようだった。しかし、翼の状態が酷く見るからに痛々しいので、ガーデンに勤める医師に診てもらった。


「しっかり固定して、安静にしてることだね」


 と、翼の傷に薬を塗り、ガーゼと包帯で保護した後、両翼を根本から重ねる様に固定した。


 横になっていたアルティアは、薬を塗られた瞬間身体がびくりと跳ね上がったが、目を固く閉じてじっと耐えた。固定されるまでそう時間はかからなかった。


「終わったよ。固定されると動くのも大変だろうから、しばらくここで大人しくしててね」


 医師に支えられながらゆっくり身体を起こしたアルティアは、全く翼が動かせないことに驚いていた。やがて、諦めた様子でまた横になった。


「……ということで、アルティアはしばらくうちで預かるよ。身体はシェラが治してくれたんだね。……彼と出会わなければ死んでたかも」


 つい最近聞いたような事を淡々と話す医師……ウィージャ。彼はシェラに礼を述べると、それにしてもと視線を幻獣に戻す。


「こんなことする物騒な奴がいるなんて。相当魔力の強い奴なんだろうね」


 金属が軋む様な音を小さくたてて腕を組む。華奢な体躯で背はシェラと同じくらいのこの医師は、両肩から先、つまり腕全てが義手である。


「この仕事をしていると、嫌でも大怪我と向き合わなきゃならないけどさ……やっぱりキツイよね、傷見ると」


 苦笑いしながらも、ほかの患者が待っているから、と部屋を出て行った。


 今日はもう遅いし散策は明日にしよう、ということになり、ヒールガーデン内にある素泊まり専用の宿泊エリアで身体を休めた。






 朝食をすませ、アルティアの様子を見に病室を訪れていた。彼は食欲も旺盛で元気そうだった。これなら回復もすぐだろう、とみんな安堵した。


「さてと、どこから散策しようか?」


 シェラはちらっとヘイレンを見てからアルスに投げかけた。ヘイレンは、幻獣がもう大丈夫とわかって安心してから、ずっと外の景色に釘付けだった。


「ヘイレンを案内してやってくれないか?俺といるよりは安全だろうし」


 別に押しつけるつもりではないのだが、と前置きした上で、アルスはこれからの事を話した。例の『霊体を召喚した』現場となった森に行く、と。


 オッドアイのジンブツは間違いなく自分と同族で、夢で見たアイツの可能性があるが、もうひとり思い当たるジンブツがいた。兄のキルスだ。


 彼は世界を支配するという、漠然とした、しかし恐ろしい野望を抱いていた。お前も協力しろと強いてきたので、きっぱり断って天空界を飛び出し、地界へ降り立ったのは随分前のことだ。


 危険極まりない身内を放っておくわけにはいかない。地界に降り立っていたとしたら、なおさら奴を止めなければ……。


 巻き込みたくないのと、いっそのことこのままシェラのもとにいてもらったほうが安全だろう、とここまで一気に言い終えると、召喚士は戸惑った。


「案内するのは構わないけど、彼は記憶喪失なんだろ?その状態で巡礼についてきてもらうのはちょっと……いや、だいぶ可哀想だと思うよ?」

「あちこち旅をすることで、何か思い出すかもしれないだろ?危険に晒すのとどっちがマシだ?」


 自然と口調が強くなる。


「巡礼だって、決して安全じゃない。魔物に遭遇することだってあるし、どちらがマシかって言われても……」


 自分の事でふたりが喧嘩口になってきていると察したのだろう、ヘイレンが口を挟んだ。


「ボク、この街を一通り散策したら帰るよ」


 睨み合っていたふたりは彼に視線を移した。帰るって何処へ?とシェラが静かに聞く。


「ボクが倒れてたとこ。あの海岸」


 海岸に戻ったところで雨風をしのぐ場所など無い。


「あの海岸は、ボクにとって『始まりの場所』。きっと何か思い出すはず。じっと見つめる時間が欲しい。だから、帰る」


 彼の真っ直ぐな眼差しに、シェラは心の臓がぎゅっと強く握られる感覚に陥った。確かに自分と向き合う時間は大事だ。だが、彼をひとりにしていいのだろうか?確証は持てないが、それはいけない気がした。


「アルスは霊体を召喚したヒトを探したいんだよね?あの話だけで危ないジンブツだとボクも思ったし、ついて行っても何も役に立たないだろうから……」


 今度はアルスの心が搾られる。本人は隠しているつもりだろうが、その眼は不安で一杯になっている。耐えきれず視線を逸らしてしまった。


 俺はただ、巻き込みたくないだけだ。奴と対峙して無事に帰れる保証など無い……。そう言いたかったが、やめた。


 沈黙が居心地を悪くする。アルスは黙って部屋を出ようとした。当然「どこ行くの」とヘイレンに問い掛けられたが、答えられずにその場を後にした。






「行っちゃった……」


 出入口をじっと見つめる彼の眼は美しい金色からややくすんだ黄色に変わったように見えた。


「こう言っちゃ悪いけど、彼は単独行動の方が楽なんだよ。自分の思うように動けるしね」


 誰かがいると足手纏いになる……なんて、口が裂けても言えない。特に、今は。


 だが、ヘイレンはシェラを見てショックを受けた様子だった。


「ボク……邪魔だもんね」


 心が読まれた事にシェラも衝撃を受けると同時に、自分の発言を恨み悔やんだ。


「邪魔なんて言わせて……ごめん」


 まともにヘイレンを見られなくなってしまった。俯きながら、口からさらに言い訳が飛び出した。


「巡礼がいつも穏やかな旅路ならいいんだが、本当に一度や二度は出くわしてしまうんだよ……。その時に君を守れるか保証は無いんだ。だけど……」


 彼が口を開く前に、頭をフル回転させて言葉を必死に繋げる。


「……だけど、僕には頼もしい相棒がいる。彼女のそばにいればきっと……守れる。……うん。大丈夫だよ。僕も弱気になっちゃ召喚士失格だ」


 自分に言い聞かせるようにして、シェラは彼をしっかり見つめ、安心させようとした。……はたして想いは伝わっただろうか。


 一瞬驚いた表情を見せたが、ふわりと目を閉じると、しばらく動かなくなった。再び沈黙が降りる。

 





 内心、シェラも逃げ出したかった。どうすれば良かったのだろう。話せば話すほど、傷口に塩を塗ってしまっていると感じた。


 突然、すぐそばでアルティアが声を出しながら大きく欠伸をした。気の抜けたその音に、ヘイレンが目を開けてくすりと笑った。


 張り詰めた空気をぶち壊してくれた幻獣は、シェラをじっと見つめていた。何か言われている気がするが、やはり言葉に変換されない。


「オレのところにいたらいいんじゃない?だって」


 ヘイレンが苦笑しながら代弁した。アルスもシェラも連れて行きたくないのは、ボクを危険な目に遭わせたくないから。ていうか、守れるかどうか自信の無いヤツに着いて行く必要なんかないって。


 ……この、幻獣の言葉が非常にキツかった。だが、ごもっともな意見で、ぐうの音も出ない。


「もうこの話はおしまい!そろそろダーラムの街中案内して欲しいなぁ……」


 さっきまでの不穏な空気をスパッと断ち切り、濁っていたようにみえた眼も金色に戻っていた。あまりの変わり様にぽかんとしていたシェラだったが、アルティアの弱い頭突きが背中に当たって我に返った。


「あ……う、うん。じゃあ、行こうか……」


 行こう行こう!と元気よく部屋を飛び出していったので、慌てて後を追った。


 アルスの事は、今は忘れよう。そう思いながら。






 居心地が悪くなって部屋を出たが故に、結局シェラにヘイレンを押し付けたような格好になってしまった。そして、霊体を召喚した奴を目撃した『とある森』の場所を聞きそびれてしまった。


 ヒールガーデンを出て賑わう商店街を避け、閑静な住居エリアまで無心で歩いてきたアルスだったが、目的地の事を考えた途端、立ち止まってしまった。


 地界に広がる森は、自分の住処がある樹海しか知らない。それどころか地界を全ては知らないのだ。

 樹海と港町ポルテニエ、ポルテニエとダーラムを結ぶ街道、そしてこの王宮都市しか行き来したことがない。


 誰かに聞くしかないのだが、この体格と目つきのせいか、アルスを見るなり視線を逸らして足早に過ぎていく。仕方なく都市をぐるりと囲む壁伝いに歩きだす。


 この高い壁の要所要所に小さな見張り塔があり、都市の騎士たちが外をうろつく魔物が寄ってこないか監視している。どこからともなく現れてはヒトを襲うので、常に気を抜かずに生きていかねばならない。特に子供や女性といった戦闘能力の無い者は、毎日気が気ではないだろう。


 だからこそ、こういった『壁』を作り、魔物から守って住民を安心させる。もちろん騎士たちの腕前も一級品だ、とウィージャが言ってたか。


 いつの間にか巨大な門の前に着いていた。ポルテニエ方向とは逆の門、つまりここを出ればの東の地に出る。門番にこの先は何があるか尋ねてみると、彼の容姿に臆する事なく、道なりに進めば広い森に出る、と答えた。


「その森は風の国ヴェントルの地だ。北上すればライファス遺跡に、東に真っ直ぐ進めば首都エクセレビスに着く。昼夜問わず魔物と霊体がうろつくので、腕の良い戦士でも単独は危険だ」


 護身用の短剣をちらりと見てそう言った。魔物だけでなく霊体もうろつく森。何となく、奴はそこにいそうな気がした。危険なことはわかりきっている。礼を述べて向かおうとしたら、別のヒトに呼び止められた。


 振り返ると、鎧を着た騎士が3にん、槍と盾を持ってぞろぞろとやってきた。アルスと同じようながたいの良い男たちだった。


「君、5日程前に、とある森にいなかったか?」


 突然の問いに全身に鳥肌が立つような、じわりとしたものが走った。


「とある……森?ってどこだ?」


 意外な返答だったのか、問うてきた騎士の隣にいた別の騎士が首を傾げた。


「あんた……とある森を知らないのか?」


 困惑した表情で頷くと、3にん目の騎士の目が見開いた。そんなに驚かれても、知らないものは知らない。


「とある森ってどこの森のことを指してるんだ?俺はウォーティス領の樹海しか知らないぞ?」

「……あんた、地界の民か?」


 最初に話しかけてきた騎士が声色を変えた。嘘をついても仕方がないので、いいや、と否定した。


 すると、3にんとも納得したように溜息をついた。


「あんたが行こうとした森、『トアル森』って名前なんだよ……」


 まさかの一言に、思考が停止した。絶句するアルスに騎士が近づくと、突然右手首を掴まれた。我に返って掴まれた手を反射的に振り解こうとした瞬間、ぐっとねじ伏せられ体勢を崩された。


 背中から倒れたが、すぐに左手で騎士の腕を掴み、思い切り横に投げるように振り回した。相手の身体が自分の上を通過し、隣にガシャンと音を立てて倒れたのを取り押さえた。


 が、同時に左右両側から槍を突きつけられた。一つは右耳付近に、一つは左胸を狙っている。


 取り押さえられていた騎士が口を開く。


「もう一度聞く。お前、その森にいなかったか?」

「いるわけないだろ。そもそも行ったことない森だし、この道の先にあることすら今知ったばかりだ。5日前なら樹海にいた」


 騎士と睨み合う。相手は息が上がっているが、鋭い眼差しはアルスの眼を捕えて離さない。


「……嘘はついていないようだな。……槍を降ろせ」


槍を突きつけていた騎士たちが身を引いた。アルスもゆっくり身体を起こし、倒していた騎士の腕を引っ張って起こしてやった。


「まさかカウンターを食らうとはな……。あんた、随分と鍛錬を積んできたんだな」


 お互いに立ち上がり、砂埃を払った。


「俺に似た奴がその……トアル森で何かしたのか?」


 シェラの話と合致する予感しかしなかった。騎士はややあってうむ、と頷いた。


「まずは……ヒト違いかつご無礼を謝罪する。いかにもおっしゃる通り、背丈といい服装といい、あんたによく似たヒトが、大人数名を一気に抹殺したという情報を得た次第だ」

「……俺はその奴を探しに行こうとしていた」

「なんだと……」


 召喚士からその類の話を聞いたことを伝えた。


「そうか……シェラード様のお仲間でしたか。ますます申し訳ない」


 そんなに謝られても、似ていたのだから仕方がない。アルスは気まずくなってやや俯いた。


「しかし、探しに行くとはどういうことだ?何か接点でもあるのか?まさか……身内か?」


 ハッとして思わず顔を上げた。騎士の眉間がぴくりと動く。


「その可能性があるかもしれない……とは思っている。それを否定したいからこの目で確かめたかった」

「そうか……。だが、身内である可能性がある以上、あんたを見逃すわけにはいかなくなるな」


 そう言うと、アルスに再び槍を向けた。


「すまないが、犯人を捕えるまでは城で大人しくしていてもらいたい」

「……断る」

「どこへ行ってもあんたは確実に疑われる。熱りが冷めるまでじっとしておいた方がいい」

「俺みたいな体格なんて他にもいるだろ」

「あんたのような、眼の色が違うヒトは他にいない」


 睨み合った時に凝視していたのは、自分の眼の色を確かめるためだったのか。


「何もしていないのに捕われるのはごめんだ」


 そう言いながら、アルスは瞬時に2本の槍を同時に掴んで引ったくった。振り回されて騎士たちが転ぶ。


 騎士を傷つけるつもりは毛頭無い証に、持っていた槍をその場に落とし、踵を返して走って逃げた。ずっと話相手だった騎士は「待て!」と叫んだものの、追いかけてくる様子はなかった。






 都市を飛び出し、街道を無我夢中で駆け抜ける。ふと気がつくと、街道の分岐点に着いていた。立ち止まって見渡す。一つは東に真っ直ぐ向かっていて、森の中に続いている。もう一つは南方向に伸びていた。


 ぽつんと佇む道標を眺める。雨風に晒されてすっかり朽ちてしまいほぼ役に立っていないが、東方向を指す矢印には『トア・ル』とだけかろうじて読めた。


 『トアル森』は『トア・ル』だったのかと、ぼんやり思いながら、アルスは森へと伸びる道を進んだ。

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