終章
「お前……めちゃくちゃ変わったな……」
アルスはヘイレンの変貌ぶりに、開いた口が塞がらなかった。どこか幼い雰囲気だったはずの彼を見つめながら、だんだんと血の気が引いていった。
「え、何で引いてんの……?」
シェラが苦笑しながらそばにあった椅子に腰掛ける。
「なあ……あの戦いからどれくらい経ったんだ?」
思えば樹海でアルティアに今の季節は何だと確かめたが、どうして季節を聞いたのだろうか……。今した質問を幻獣にすれば、自分がどれほど異空間にいたことになっていたかわかったのに……。頭が回っていなかった自分に呆れたが、返ってきた言葉に絶句した。
「アルスがいなくなったあの日から3年経ってるよ」
「さん……ねん……」
そりゃあヘイレンも変わるわけだ。シェラは「アルスの年齢を超えてしまったな」と笑ったが、こちとら笑えない状況である。
筋肉を3年使わなかった事になっていて、衰えてしまったから身体が動かないのでは、とアルスは思っていた。布団で隠れてふたりには見えていないが、ポルテニエの医師が驚愕する程明らかに痩せ細っていた。アルティアも「軽過ぎて背に乗せた気分にならなかった」と呟いていたが、これは言い過ぎだと受け流した。
失われた3年分を取り戻すには、果たしてどれくらいの年月を要するだろうか。今から途方に暮れてしまいそうだった。
「結局ヴァルストって……」
ヘイレンが恐るおそる話題を振ってきた。
「水界でセイレーン族の女性と話をしていた時に時空が歪んで、気がついたらボクもシェラとラウルもホーリアに戻ってたんだ。アルスだけがいなくって、お守りの石だけが残ってて、まさか焼失した?ってみんなで言ってて……」
「お守り……ああ、あの石か。ホーリアに落ちていたのか?」
アルスは水界から移動した後の話をふたりにした。真っ暗な空間でヴァルストと出会い、実質最後の戦いをした事、その際に腰に付けていた聖石を奴の身体に突っ込んで屠った事、そして、また別の空間に飛ばされて、今度は自身の先祖……アーデルと話をした事。
それらを聞いたシェラは首を傾げる。
「その、真っ暗な空間にいたヴァルストが、どういうメカニズムかわからないけど『現代』と干渉していて、聖石だけホーリアに……?」
「石だけが先に元の世界にワープして行ったのかもな。奴の身体を通じて。……通じてってのも変な話だが」
確かに、と召喚士は苦笑する。
「最期は己の深い闇から解放されて自我を取り戻した。まともに話は出来たが、まあ……さっき話したとおり、奴は事切れた」
そうなんだ、とヘイレンが呟いた。
「剣と紅玉髄を台座に差してきたが、あれも何の意味があったのかわからん。単なる俺の妄想か夢かもしれん。アーデルも本物なのか……」
思い返すと頭が痛くなってくる。アルスが経験した事は、今でも『リアル過ぎる夢』だったのではないかと疑ってしまう。
「とにかく、不思議な体験をしてきたんだね。でも、死んでなくてホントによかった……」
ヘイレンの言葉の尻が震えた。涙脆さというか泣き虫というか、そこは変わっていない。アルスは目を閉じて一息つく。
あの後、聖なる国ホーリアの王イルムは地の国アーステラの首都ダーラムから帰還し、地下シェルターに逃げ隠れていた国民たちと共に荒れ果てた街を再建した。
イルムは「民の生活を第一に」と声を上げ、民たちの居住地や市場、広場などを綺麗に復活させた。あとはホーリア城のみという段階だそうだ。光の国ルクシアやダーラムの支援もあって、予定より早く完成の見込みだとか。
「ヴァルストの代わりに裁かれるか……?」
アルスは不安を覚えたが、シェラが否定した。
「代わりにアルスを罰したところで何も解決しない。ヴァルストはもうこの世にいないことを話せばそれで済むよ、きっと」
「王はそれでもいいかもしれんが、民はそれで納得するのか?」
「だって、あんな事したのはヴァルストであって、アルスじゃないでしょ?」
返す言葉が無くなってしまった。シェラはふふっ、と笑みを浮かべた。
「アルスに不利な事があったら僕が守るよ」
頼もしい召喚士だが、アルスは内心複雑だった。一生樹海でひっそりと暮らしていたい、と強く思ってしまう。闇の国に帰ってもいいのだが、ホーリアから出来るだけ離れたい気持ちが大きかった。
「フレイを通じてイルム様にアルスが帰ってきた事を伝えておくね。王も心配されていたから……」
そう言うと、すっと立って部屋を出て行った。なぜフレイを通すのかアルスは疑問に思ったが、いずれわかるだろうと割り切った。
ヘイレンとふたりきりになり、妙に気まずい空気が漂う。首筋を汗が静かに伝う。
「あの……他にも話したいことがいろいろあるんだけど、少し休む?」
ヘイレンはそっと、近くに置かれていたタオルを手に取りアルスの額に浮く汗を拭った。急にされて目を見開いてしまったが、段々と眠気が降りてきた。汗が出ているということは、熱が上がってきているということだ。
「ああ……。少し……な……」
長く息を吐くと、そのまま微睡んでいった。
* * *
ヘイレンたちは、飛竜シーナの背に乗って闇の国ヴィルヘルに向かった。聖石のお守りだけを残し姿を消したアルスを探して。
闇の国というだけあって大地も空も暗かったが、雲一つない夜空はとても美しかった。シーナは広場のど真ん中に着地し、彼らを降ろした。先には城がそびえ立ち、城門から数名騎士たちが駆けつけてきた。
シェラとラウルが事情を説明する間、シーナの手にずっと収まっていたシェイドが意識を取り戻した。それに気づいたヘイレンは、彼の様子を窺った。
「ヴァルストは倒せたのか?アルスは?なぜヴィルヘルに……?」
困惑するシェイドに、ヘイレンは一つずつゆっくり説明した。なるほど、と彼は納得すると、額を押さえながらゆっくりシーナの手から降りた。ふらつく彼をヘイレンは支えた。
「ありがとう。……アルスは多分、この世界にはいない。今は」
今は、とはどういう事だろう。ヘイレンは黙って見上げる。
「別世界に、アルスはいる。焼失したなら霊界に送られているはずだが、そちらに意識を向けても彼の気は感じられなかった。だからきっと、生きている」
自身ありげに言うが、ヘイレンは半信半疑だった。意識を向けるだけでアルスの「気」を感じられるシェイドの能力は凄いけど、それを信じていいのだろうか。決して「アルスは死んだ」と思いたいわけではない。が、どこかで「鵜呑みにするな」と警告してくる自分がいる。
それでもヘイレンは信じた。シェイドが嘘を言っていると思えない、という気持ちが勝った。彼を支えながら強く頷いた。
「いつかきっと、アルスは戻ってくる。数年後かもしれないし、数十年、数百年後かもしれない。時空の裂け目は未来にしか飛ばない一方通行だから。その日まで待つしかない……」
「どこに出てくるのかまではわからないの?」
さすがに私もそれは無理だ、とシェイドは苦笑した。気配を感じた頃にはもう何処かにいる。しかし、その『何処か』の特定は難しいそうだ。
「アルスがいそうな場所を巡りめぐるしかないか……」
ヘイレンは少しげんなりしてしまったが、首を横に振って自分に言い聞かせた。
探すんだ。どこまでも。アルスにまた会う日まで。
闇の国ヴィルヘルに数日滞在した。国王は時空の裂け目が生じたら真っ先に知らせると約束してくれた。ヘイレンたちはシェイドと別れ、シーナに乗って地界に戻った。
ずっと気を失っていたミスティアも闇の国に着いた翌日には回復した。シェイドに話した事を彼女にも話したら、心配そうな眼差しでこくこくと頷いた。
「仮に数年後に時空の裂け目から飛び出してきたとして、多分アルスは身体の機能を失ってると思うわ」
ダーラムへと戻る途中、シーナの背の上でミスティアはそう言った。
飛ばされた時の分、身体はいわゆる「置いてけぼり」を食らって動けなくなるらしい。例えば3年後に帰ってきた時、身体は3年前の状態の為、無理やり辻褄を合わせようとする。その反動が『身体の機能を失って硬直状態に陥る』だそうだ。
「3年だったら、大体30日程で身体が現代に追いつく感じね。筋肉も骨も内臓も、裂け目から出てきた時は3年分『使わなかった』事になって、全部痩せ細ってるかも。最悪の場合死んでるわ……」
「ええええ!?」
突然とんでもない結末を吐かれて、ヘイレンは目が飛び出そうになった。それこそ信じたくない……!
「でも、あのヒトなら大丈夫かもね。身体は頑丈過ぎるくらいだし、頑固だから死ぬもんか!って叫んでそうだしね」
ふふ、と笑うミスティアだったが、ヘイレンは不安で目が回っていた。そばにいたシェラがそっと彼を包み込んだ。するとどうだろう、不思議と視界と心も落ち着いた。シェラの包容力……すごい。
それにしても、ミスティアは時空の裂け目についてやけに詳しい事が気になった。聞くと、彼女は研究をしているとの事だった。何故生じるのか、飛び込むとどうなるのか、その先はどうなっているのか。「今度いろいろ教えてね」と言われたので、微笑しておいた。……記憶を掘り起こさないといけないな。
やがて、ダーラムの街並みが見えてきた。シーナはトア・ル森側の大きな門の前に着地した。ヘイレンたちが降りたのを確認すると、飛竜は顔をヘイレンに近づけた。
そっと鼻先に触れて目を閉じる。助けてくれてありがとう、と心の中で伝えると、シーナは嬉しそうに喉を小さく鳴らした。ヘイレンは目を開けて笑顔を見せた。
「ねえフレイ、またいつかシーナの背中に乗せてもらうことってできる?」
普段は地界から天空界へ移動するヒトビトの護衛で飛び回っているのだと教えてくれていた。遊覧飛行など容易ではない事は承知の上で聞いてみると、意外にもフレイは快く承諾した。
「火の国ファイストの首都モントレアというところに私は住んでいるんだけど、そこまで来てくれたら乗せてあげられるかな。護衛の仕事が無ければね」
フレイはシーナの首元を優しく愛撫する。
「それに、シーナが珍しく嬉しそうにしているし、あなたともっと話をしたがってる。きっと、元はヒトではなく幻獣か何かだと彼女も感じているのだわ。もしかしたら、あなたのことで何かわかるかもしれないわね」
ヘイレンは、自分が何モノなのかを判明させなくてはならないと思い出した。『テンバ』であるらしいのだが、それが何なのかがやはり思い出せない。鍵を握るのは、2度も彼を襲った赤毛のオッドアイのジンブツ。シェラが倒したモノは分身で、本体はまだ何処かにいるはずだ。
いつか見た幻想で、ヘイレンはそのヒトとは何かしら関わりがあったと知った。おそらく『テンバ』を守るご主人様だったのだろう。かつて生きていた時代に戻らないと、これから先世界が滅んでいくとも言っていた。
滅ぶかどうかは先の事なのできっとどうにでもなる。ただ、『テンバ』は滅びてはいけなかった……というところがずっと引っかかっている。
ヘイレンが過去に戻れたところで、テンバは現代に蘇るのだろうか?その前に、過去に戻ることは出来るのだろうか……?不安は尽きない。
「大丈夫よ、きっと。あなたはひとりじゃないから。頼れるヒトはすぐそばにいるからね」
フレイの言葉にハッとした。同時に顔が熱くなるのを感じた。彼女はヘイレンの変化に気づいたのか気づかなかったのか、踵を返してシーナに軽やかに騎乗すると、「またね!」と叫んで颯爽と空を駆けていった。
ヘイレンはシーナの姿が見えなくなるまでずっと空を眺めていた。
夜、ダーラムの複合施設ヒールガーデンの一室で、ヘイレンたちはこれからどうするか話し合っていた。ミスティアは数日ここで医療のサポートをしたのち、風の国ヴェントルの首都エクセレビスに戻るらしい。
「私も明日の朝にここを出て、エクセレビスに向かう。どうもまだ事件のはんにんを捜索しているみたいだし。そもそも目撃情報がぱたりと無くなってしまったらしい。さっきウィージャが言ってたけど」
そう述べたのはラウルだ。彼はエクセレビスの弓隊の隊長だったなとヘイレンは思った。
「はんにんはやっぱり赤毛のあのヒトなのかな?」
何となく確認してみると、ラウルもううむと唸った。
「女のヒトっぽい霊体を召喚した、黒っぽい服を着た身体の大きな男、だろ?でも抹殺したのは男だったのか召喚された霊体なのか、実ははっきりとわかってないらしい。目撃者が子供だから、この情報すら正直正確かどうか。でも、情報がそれしかないからね……」
「赤毛のヒトは……女のヒトだったように思う。実際に会ったのは分身だったけど、男には見えなかったように思う」
「それには僕も同意」
シェラが腕組みを解きながら言った。分身とはいえ赤毛のヒトとしっかり対面したのはヘイレンとシェラだけだ。ラウルは遠目でしか見れていないから、男女の判別は難しいだろう。
「ふむ……。ヴェントルの騎士たちは赤毛のヒトを追い続けていると伝え聞いているけど、女であればはんにんではない可能性があるな……。とは言え、見つけだして捕えないと話も聞けない。もしも出会うような事があったら知らせて欲しい。私でもウォレスでもダーラムの騎士でも」
瑠璃色の眼はヘイレンとシェラを交互に見た。ヘイレンは素直に頷けず戸惑ったが、シェラは小さく頷いていた。彼もまた、少し戸惑いの表情だった。
翌早朝、ヘイレンはラウルを見送った。
陽が昇る前に起きてきて見送られるとは思っていなかったらしく、彼は驚いていた。
「遅くまで起きていたのに……わざわざ見送ってくれるのか?」
「ボク、いつも夜明け前に起きちゃうんだ。窓越しにラウルの姿が見えたから、来ちゃった」
お互いに見つめ合う。ヘイレンが見た瑠璃色の眼はとても美しかった。ラウルは微笑むと、「そうだ」と言って腰に着けていた石を外し、ヘイレンの手のひらにそっと置いた。
それは聖石だった。アルスが身につけていたものだ。ハッとしてヘイレンは顔を上げた。
「これは君が持っていて。いつかアルスと再会した時にわたしてあげて」
しばらく石を見つめた後、ヘイレンは大きく頷いた。
「じゃあまた、何処かで」
「うん!……いろいろありがとう!」
ラウルは微笑みながら優しくヘイレンの頭を撫でると、コートを翻して街道を歩き始めた。先に見えるはトア・ル森。彼の姿が見えなくなるまで、ヘイレンはその場に佇んでいた。
部屋に戻ると、ちょうどシェラがベッドから身体を起こしたとこだった。ラウルを見送ってきた事を話すと、そっか、と短く返した。
うんと伸びをし、上半身を左右に捻って身体を解す様子をぼんやりと眺める。シェラの一つ一つの動作に相変わらずドキドキしてしまう。ベッドから出て、カーテンを開けて窓も少し開けると、草の香りを持ってやわらかな風が入ってきた。
「風が冷たくない……。寒期も終わりかな」
草木が芽吹く季節に変わろうとしている。ひんやりした空気が名残惜しい。そんな気分になった。
朝食を済ませ、身支度をする。ヘイレンは『この時代』にいる間、正式にシェラの『付きビト』として彼の巡礼に同行することになった。各地を旅しながら、赤毛のオッドアイのジンブツを探す。そして、過去へ……元いた時代へ戻らなければならない。
ヘイレンは内心複雑だった。シェラたちと出会い、怖い思いもしたけど、乗り越えて今に至っている。これからの旅がとても楽しみで、このまま過去に戻らず彼らと一緒に生きていたいと思う。
帰ればシェラたちとは二度と会えない。ヘイレンにとって、それが一番つらい事実だった。だから、帰りたくなかった。
ここにいたい。でも戻らなきゃ。でもでもやっぱりみんなと過ごしていたい……。
「ん?どうしたの?」
そんな事をずっと考えていたせいか、急に寂しさに襲われてシェラのローブの袖を無意識にギュッと握っていた。召喚士が集う青い屋根の家に向かう途中だった。
「ボク……ここにいたい。元の時代に戻りたくない……」
「ヘイレン……」
シェラはふっと立ち止まると、ヘイレンをぎゅっと抱きしめた。反射的に抱き返す。しばらく召喚士の胸元に顔を埋めた。
金色の髪を撫でながら、シェラは空を見上げた。雲一つない快晴。ふわりとそよ風が前髪を揺らす。ややあって、再びヘイレンの頭に視線を向けた。
「元の時代に戻る手段が無いし、今はそんなこと考えなくていいんじゃない?戻らなければ世界が滅びるなんて、僕は思わないなぁ。漠然とし過ぎて想像つかないし」
青年は顔を上げた。一瞬目を丸くしたが、「そうだよね」と小さく呟いた。
「旅先であいつに出会うかもしれない。ほかにもアルスの行方の手掛かりとか、トア・ル森の事件のこととか、いろんな事を経験しそうな気がする。ツラいかもしれないけど、良い事だってきっとある。ヘイレンは『これから』を楽しんで欲しいな。もれなく僕が付いてくるけどね」
シェラがそう言うと、ヘイレンはくすりと笑った。
「ボクに出来ることは手伝わせて。力になりたい!」
「……ありがとう。それじゃあよろしくね」
シェラは抱擁を解くと、ガントレットを着けた右手を差し出した。ヘイレンは何だろうと首を傾げた。
「お互いの右手を繋ぎ合う。握手って行為。挨拶する時とかに使うけど、今だとそうだな……信頼してるよ、今後ともよろしく!って意味合いも込めて、かな」
なるほどという顔をすると、青年は右手を差し出しシェラのそれを握った。しっかり握り合って、互いに笑顔で見つめ合った。
* * *
トア・ル森北部、ライファス遺跡。
我は分身を失ってからずっとここに潜んでいた。随分と長い時を過ごしてしまった。ある日小さな村を訪れた際、自身が何やら事件のはんにんにされており、騒ぎになった。それ以降、ここにいる。
もう3年くらい経っただろうか。感覚がそう告げていた。
感慨に耽っていると、ふと気配を感じた。半獣の騎士たちが遺跡内をうろついているのが見えた。
「いたか?」
「いや、いない」
「気配は確かにあるのにな……」
「隠れるのがうますぎる……」
我を……探しているようだ。
「確かに。それにしても赤毛のオッドアイはどっちなんだ?」
「どっちとは?」
「男か女か」
「抹殺したのは男だって話だよな?」
「それなんだが、隊長によると、我々が探しているそいつは女だって話だ」
「なんだって?」
3にん(3体と言うべきか?)の半獣騎士たちの会話を、岩造の塔の中で息を殺して聞いていた。雨風が凌げる唯一の場所だ。ここを覗かれる前に逃げねばならないが、今飛び出すと確実に捕えられる。
「目撃者であり生き残りであるコが子供だからな……男も女もわからんだろう。ましてや目の前でヒトが殺されるって惨劇を見てしまったことだし、混乱と恐怖で一杯だっただろう」
子供か……。怖かっただろうな。
「抹殺犯じゃないにしても、やつを探して捕えないと。ウォレス様の命令だし……」
「そうだな。エクセレビスで金髪の青年を襲った事もあるしな」
「うーん……?」
「どうした?」
ひとりが悩むように唸ったが、我は密かに鼓動の速度が上がっていくのを感じていた。
「そこにいるのは誰だ?」
刹那、騎士たちが塔を囲い込んだ。弓を番える音がした。……気づかれた。
「出てこい。でなければ突入するぞ」
逃げられない。我は一息ついて、全てを諦めた。
「今出る。だから、弓を外してくれ。抵抗はしない」
我の声に「女か?」と誰かが呟いた。弓を下げた様子は無いが、出ると言ってしまったので恐るおそる塔から出た。3にんの騎士は構えていた弓をそっと下ろした。
「お前は……!」
「其方たちが探していたジンブツ……だろう?赤毛のオッドアイ。我は街で青年を襲った事実は認めるが、抹殺などしておらん」
みんな黙りこくってしまった。噂をすれば影。矢をしまうのも忘れてしまうほど、唖然としていた。
「ウォレスとやらの命令で我を捕らえよという事のようだな。我もここに潜むのはもう疲れた。……我を……連れて行け」
彼らにとって何ともあっけない結末だっただろうが、我は半獣の騎士たちに拘束されて連行された。
鉄格子を隔てた向こう側で、風の国ヴェントルの王ウォレスが眉をひそめてこちらを見ていた。
嘘偽りなく全てを話した後、ウィンシス城の地下牢獄に収監された。ひんやりとした空気が妙に心地よく、特に劣悪な環境でもない。ただ、寝床が薄い布団と薄手の毛布というのが心許ないか。
ウォレスはふうとため息をつくと、何故か気合を入れて話だした。
「トア・ル森で起きた虐殺事件の真はんにんを捕らえるまでは、ここで身柄を確保させていただきます。不憫な場ではありますが、ご容赦ください」
王らしからぬ口調だ。何故かしこまるのか。面白い王だなと思った。
「我と同族の、オッドアイのジンブツが早う見つかるとよいな……。健闘を祈っておりますよ」
「……何かあれば、近くの半獣兵に申し出てください、ロキアーシュカ殿」
王は一礼して、護衛たちを連れて去っていった。
我は表向きは『金髪の青年の殺害未遂』で投獄されたことになっているが、実際は虐殺犯と間違えられないように保護された形だ。見知らぬ地を逃げ惑う必要がないのは気が楽だが、果たしていつまでここで過ごさねばならないのだろうか。我にもやらなければならない使命があるのに……。
それにしても、ロキアーシュカと呼ばれたのはいつ以来だろうか。薄い布団に腰を下ろして膝を抱えるように座り、微笑した。




