表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
30/32

第6章-2

 ヴァルストの魂が、何処となく縮小していっているような気がした。構えていた弓をそっと下ろし、大地で生み出した矢を消して様子を見守る。


 奴を(ほふ)るつもりでいたのに、奴自身の闇から救うことに方向転換した。しかしながら、聖石(ホーリーストーン)の力で肉体を失って魂だけとなった状態は、もはや屠っていると言ってもよいのでは、と錯覚する。死……霊界へ送って初めて屠ったことになるのだから、まだ生きているわけだが。


「ラウル、この剣を抜いて欲しい」


 呼ばれてハッとする。ヘイレンがシェラの胸の傷に杖を当てて光を送り込んでいた。ラウルは黙って柄を握った。


「行くぞ」


 力を込めてアルスの短剣を抜いた。鮮血が飛び出る……ことはなかった。ヘイレンが杖で塞いだからだ。見る見るうちに傷口が消えていく。


「この杖……ボクの力を強くしてくれるみたい。身体も楽だし、このままいけばきっと大丈夫」


 ヘイレンはシェラを見ながらそう言った。


 シェラをヘイレンに任せ、ラウルは再び魂を見上げる。上空からシェイドの闇で繋ぎ止められ、濃い紫色の靄は止めどなく出ていき、アルスの右腕に吸収されていく。


 ラウルには終わりが見えなかった。このまま吸収し続けると、いつかヴァルストの闇に囚われてしまうのではないか?アルスもきっと思っているはずだ。いや、そうなる前に、アルスの力が尽きるのでは……とも思う。


「アルス、いつまで闇を取り込むつもりだ?」


 思わずつっこんでしまったが、彼もまた途方に暮れている様子だった。


「終わりが見えねえ。闇が湧き続けている。俺が保たない……」


 そう言いながら身体が傾きかけたのを、ラウルは駆け寄って支えた。上空からの力も少しずつ衰えてきたのか、魂がふらつき始めた。


「ダメだ、埒があかねえ。ラウル、短剣を」


 アルスの右腕を支えていた彼の左手がラウルに向く。黙って短剣を渡すと、剣は光り、右手に鉤爪となって装備された。そして、魂に向けて飛び出した。


 アルスは迷うことなく魂に鉤爪を振るった。スパッと魂の光が3つに寸断された。一瞬の出来事だった。


「あ……」


 あっけなく魂は消えた。……今までの攻防は何だったのかと思うほどに。


「……ウソだろ?」


 これにはアルスも立ち尽くすほか無かった。






 静まり返るホーリアの地。シーナの羽ばたく音も遠かった。魂が消えた直後、シェイドは脱力した。長く力を使った反動だろう。飛竜はそっと彼を手に納め直して一旦この場を離れていった。


 ヘイレンの癒しの光が消えた。ラウルとアルスは彼のそばにしゃがんだ。金色の眼はじっと召喚士を見つめていたが、何かを感じ取ったのか顔を上げた。


「……来る!」


 この一言で、一気に緊迫感に包まれる。アルスは鉤爪を構え、ラウルは矢を生み出し番えた。お互いに立ち上がり、背を向け合う。その刹那。


 きぃん、と高音の耳鳴りと頭痛に見舞われた。ラウルは一瞬で治まったのだが、アルスは頭を抱えて再びしゃがみ込んでしまった。


「これは……『時空の裂け目』が起きた時の!」


 いつだったか、天、地、水界に同時に時空が裂けた際に、同じような現象に襲われた。ラウルは軽く頭を振り、どこに裂け目が出来たのか、そもそも裂け目なのかわからないが、とにかく何が起きたのかあちこち見回す。


 突然、足元の感覚が失われた。見ると、そこには真っ暗な床が広がっていた。……床ではない、何もない空間だった。気がつくと、先程まで存在していたはずのホーリアの地や瓦礫も無く、無数の星が散りばめられた宇宙のような空間に放り出されたように、ラウルは異空間にふんわりと浮いていた。


 すぐ近くには、ヘイレンがシェラを抱きしめていて、その奥にはこめかみを抑えながらヘイレンの背中に手を添えるアルスがいた。


「ボクが飛び込んだ空間とそっくりだ……」


 ヘイレンはそう呟くが、そっくりというよりそのものではないのかとラウルは思ってしまった。


「ボクたち……裂け目に入り込んじゃったのかも」

「入り込んだというよりは、入れられたというか閉じ込められたというかだな」

「閉じ込められた!?」


 シェラを抱きしめながらヘイレンは驚愕した。金色の眼が潤みだす。


『……()の……方……を……』


 澄んだ声が、頭の中に響き渡る。声の主の姿は認められない。何処にいるのだ……。


『や……みから……救って……』


 彼の方を闇から救って。ヘイレンが誰かから言われた言葉だ。


「奴の闇を取り込み続けてたら、アルスが保たないよ!他に方法も無いし、どうすればいいの!?」


 ヘイレンが叫ぶ。この声はみんなにも響いていたようだ。


「奴は……ヴァルストはもう、肉体を失っている。魂から闇を取り出し続けてきたが埒があかなった。だからもう……刃を振るった。ここは奴が生み出した空間なのか?俺が魂をぶった斬ったから、みんなここに閉じ込めたのか?」


 姿無き声の主に話しかけるアルス。声の主がラウルたちをこの異空間に引き込んだのか、ヴァルストの最後の力だったのか何もわかっていないが、アルスが鉤爪で攻撃したのを機にこの状態に陥ったことに、罪悪感に似た感情を(いだ)いているようだった。


 ふたりは声の主の返事を待った。音の無い世界。耳が痛い。どのくらい経ったか。ラウルたちの視線の先で、白い線が横にすうっと引かれた。それはどんどん広がり、眩い光を発した。


 思わず目を閉じると、ごおお、と強い風が吹いた。






 こぽ、と、泡が弾けるような音がした。


 瞼を開けると、ラウルは小さな浜辺に立っていた。ヘイレンとアルスは変わらずそばにいた。見上げると、光のカーテンが降り注いでいた。泡が昇っていく。


「ここは……?」


 アルスが呟く。浜辺の砂地に横たわるシェラを相変わらず抱きしめながら、ヘイレンが答えた。


「水界。ボクがあのヒト……セイレーン族のヒトと出会った場所。そして、ヴァルストとも出会った場所」

「何だと……」

「ただ……ボクがいた時代とは違うみたい」


 と言いながら、先に見える岩でてきた洞窟を見据えた。洞窟の入口は崩落し、中に入れなくなっていた。ヘイレンがいた時代は、中に入れたらしい。


 入口付近に何かいた。白いドレスのようなものを纏った女性だった。じっと浜辺の向こうを見据えていた。


 アルスが一歩踏み出す。鉤爪は短剣に戻り腰に装備されている。数歩進んで立ち止まる。3馬身程の距離か。彼の足音で彼女はこちらに気づき、やや驚いた表情を見せた。


『貴方は……彼の方と同じ眼をなさっているなんて!』


 アルスに怯える様子もなく、むしろ近づいてきた。距離は1馬身もない。お互いに見下ろし見上げている。


『オッドアイの一族……『黒の一族』は滅びたというのは、やはり違っていたのでしょうか?』


 彼女の問いに、アルスは困惑しながらも小さくため息をついて口を開く。


「俺は……本当に『黒の一族』なのか?確かに俺も兄もオッドアイだし、心の闇を取り込む力を持ってはいるが、それだけでその一族だと断言していいのか?それに、滅びたと言い伝えられているのならば、尚更俺は何モノなんだ?わからない……」


 ヴァルストは自分の目で、確かにエフーシオの民全てが聖なる光によって命を絶たれていくのを見たのだと言っていた。奴もまた、自ら生み出した時空の裂け目に飛び込んで難を逃れたものの、この時奴がいた「時代」から『黒の一族』はいなくなったことになった。


 その後、ヴァルストが辿り着いた「未来」で子孫を残すようなことをしていなければ、末裔は存在しないはずなのだ。


「あいつは……子孫を残したのか?」


『それは……私もわかりかねます。すぐにまた、時空の裂け目に飛び込んで行ってしまわれましたので』

「じゃあ……無いかもな。やっぱり俺はあいつの末裔じゃない」

『ですが……貴方はアーデルの血を引いていらっしゃるでしょう?オッドアイがその証拠です』


 そう断言されてしまっては、返す言葉もない。アルスは「わけがわかんねぇ」と呟き、項垂れた。


 ややあって、アルスは顔を上げた。


「単純に考えたら、あいつ以外に生き残りがいたってことになるよな。あいつは聞く耳持たなかったが」


 彼女は戸惑いながらも小さくゆっくり頷いた。


『私たちは、確かに「一族は滅びた」と聖なる国ホーリアから水界の長に一報を受けました。実際に滅びたかどうかなど、この目で確かめずに今に至りますが、目の前にオッドアイの方がいらっしゃるのだから、何処かで身を潜めていたのかもしれませんね。でもどこに……?』

「アーデルの一族は、エフーシオだけに存在していたわけではなかった。別の国にも生きていた」

『別の国……』

「アーデルの一族が使う黒魔術は『心の深淵に潜む闇』を取り込む力。闇を扱うから闇属性。闇属性が棲まう国は……ヴィルヘル」


 ぐわん、と空間が一瞬歪んだ。アルスは頭を抱えてくず折れた。ラウルもあまりの痛みに思わず目を強く閉じる。今度は一瞬では治らなかった。


 どんどん音が遠くなる。ラウルは自分の意識が途絶えようとしているのか?いや、場所が……変化している?しかし足元はしっかり大地を踏んでいる。なんとか目をうっすら開ける。だが、眩しい光が飛び込んできて、とても見られたものじゃなかった。そして。






「……ウル……ラウル!起きて!」


 身体を揺さぶられて、ようやくラウルは瞼を開けた。ヘイレンが半泣きで自分を必死に起こしていた。目が合うと動きが止まった。ゆっくり起き上がると、彼は全力で抱きしめてきた。……強い。


 あたりを見回す。異空間に放り込まれる前の状態、つまりはアルスがヴァルストの魂に切りかかってあっけなく無くなった後だった。


「アルスがいない……」


 あんな大柄な体格を見落とすはずがない。ラウルは立ち上がり注意深くもう一度見回したが、やはり彼の姿は何処にもない。白く眩しいほどの大地が広がり、先には廃墟と化した城の門跡がある。


「まさか……」


 嫌な予感がした。アルスが立っていたはずの場所に何か光った。寄ってみると、いつか彼にわたした小さな石が、紐がちぎれた状態で落ちていた。それをそっと拾い、しばし見つめた。鼓動が速くなる。


 嘘だ……異空間にいる間、私は彼のそばにいた。生身の彼が!


「ラウル……それってもしかして、アルスにわたしたお守りの石?」


 震える手にそっとヘイレンが両手を添えた。全てを察したのか、彼はラウルを見上げて目を見開いた。


「ぼ、ボク……見てないよ?あ、アルスが……消えるところ」


 ヴァルストの魂はぶつ切れたのではなく、あのタイミングでアルスに入り込んだのを感じて、石と腰を繋ぎ止めていた紐を引きちぎり、共に焼失した……のだろうか。


 では、あの異空間は何だったのか?私が見た夢?酷かった目眩と頭痛も夢というのか?ヘイレンもいたよな?


「さっきまで水界にいたのは夢なのか?」


 ラウルはヘイレンに問うていた。彼はぽかんとしていたが、ややあって首を振った。


「あれは本当。時空の裂け目のような空間だったけど、それだったらボクたちは未来に飛ばされてる。で、ここはその空間に飛ばされる前と同じ場所。だって……」


 と、視線を外してラウルの背後を見た。振り返ると、そこには血で汚れたローブを纏うシェラが横たわっていた。遠くの空をシーナがフレイとミスティアを背に乗せ旋回していた。飛竜の手にはシェイドが収められていた。


「ボクたちは、一瞬だけ水界に行った。誰かがあの空間を作った。空間を裂くって、凄い魔力を持っていないと出来ないんだよね?」


 アルスがそれっぽいことを言っていたそうだが、ラウルもそれはそうと頷く。


「あのセイレーンの女性が生み出した空間か、あるいはヴァルストか、ってとこだろうね。たぶん彼女だろう」


 ラウルの推理にヘイレンも頷く。しかし、何故あのタイミングだったのだろうか。水界に飛ばされている間、現実世界では何が起こっていたのだろうか。


 ……それよりも、アルスだ。


 水界で彼女と『黒の一族』の滅亡説は間違っていた、生き残りがいたからアルスがいる、そのような会話をしていた。そして、生き残りがいたとしたら、闇の国ヴィルヘルにいたのではないか、と推測を口にした瞬間視界が歪んだ。


 闇の国ヴィルヘル……。


「ヘイレン、ひとまずここを出よう。シェラを抱えるから、君はシーナを呼んできてくれ。……遠いけど」


 ヘイレンは黙って頷くと、さっと立ち上がってラウルから離れた。


 ラウルはシェラのそばに行き、ゆっくり身体を起こした。すると、小さく呻いてうっすらと目を開けた。


「シェラ……!」

「ん……ラウ……ル?僕は……生きてる……のか?」

「ああ……。ここは霊界じゃないよ。……鼓動もしっかり感じる」


 ラウルはシェラの胸元を押さえて頷いた。召喚士はやわらかな笑みを浮かべると、ラウルに抱擁した。彼もまた安堵し、そっと抱き返す。


 ややあって互いに抱擁を解くと、ふたりは周囲を確認した。遠くにヘイレンが杖を光らせて大きく振っているが、シーナが気づいて向かってきているのが見えた。シェラが立とうとしたのでラウルは支えた。ふらつきながらもとりあえず立つことができた。


「アルスは何処へ?」


 やはり聞いてきた。ラウルは首を横に振ったのち、彼にこれまでの経緯を簡単に話した。


 『黒の一族』の魔術でヴァルストの魂をシェラの身体から取り出したこと、闇の鎖を切ったこと、アルスが魂に切りかかり、呆気なく3つに割れて消えたこと、異空間……水界へ一瞬行ったこと。


「戻ってきたらアルスの姿は無く、これだけが地に落ちていた。ホーリアに降りても焼失しないようにとわたしていた聖石(ホーリーストーン)だ」


 手のひらに小さく鎮座する石を見つめるシェラ。表情が徐々に曇っていく。ふっ、とラウルと目が合った。


「焼失……したの?」

「わからない。ヘイレンも見てないと言っていたが、みんながここに戻る前に消えたのかもしれない。ただ」

「ヴィルヘルに飛ばされたもしれない、って思ったんだね」

「ああ。……根拠のない憶測だけど。そうであって欲しい願望もある」


 じゃあ向かおう、とシェラが言った後、ヘイレンがフレイを乗せたシーナを連れて戻ってきた。召喚士を見て目を丸くし、歓喜の抱擁を熱く交わした様子が微笑ましかった。




          * * *




 生き残りがいたかもしれない別の国。その名を告げた途端、激しい頭痛と目眩に見舞われた。


 セイレーン族の姿は歪み、やがて消えた。振り返ればラウルやヘイレンがいるはずだったが、真っ暗闇が広がるばかりだった。


「うああああ!」


 何度も頭痛や目眩に襲われてきたが、今が一番酷く苦しかった。本気で頭がかち割れるのではと思うほどだった。両手で押さえるも落ち着くはずがない。吐き気も催してきた。


 朦朧とする中、一筋の光がすっと現れた。それは揺蕩う魂のような光だった。不思議と見入ってしまう。それはだんだんとヒトの形へと変化し、やがて見慣れた姿となった。


 アルスは反射的に右手で奴の襟首を掴んでいた。対するヴァルストも掴まれた手を掴み返す。浮遊しながら取っ組み合う。アルスは腰につけていた小さな聖石を握ると、力任せに紐を引きちぎった。


 お互いに石の影響を受け、痺れが走った。アルスは石を握った手をヴァルストの胸元に当てつけた。ちょうど穴が開いていたところに……。


『あああああー!』


 ヴァルストの手がアルスから離れ、身体を逸らした。石はするりと奴の身体に溶け込んでいった。刹那、がくんと大きく一度痙攣した。目は大きく開き、手は力無く浮遊した。静かに、深呼吸を繰り返している様子を、アルスはじっと見つめていた。


 5呼吸程して、ヴァルストが弱々しい声を発した。


『生き……のこ……り……か……』


 紫色の靄がすうっと奴の身体から抜けていく。


『私の知らない間に、あの国を出たモノがいたということなんだな……』


 ようやく、我を取り戻した……のだろう。とてつもなく深い闇から、やっとアルスはヴァルストを引っ張り出せた……と思いたかった。


「エフーシオを出たヒトがいた、では無いと俺は思う」

『何……だと?』


 首だけ動かしてアルスを睨んできた。


「エフーシオは何にも属さない『無』の国だと伝え聞いた。先住民がいて、そこにアーデルの一族が降り立ち民を支配し、国を乗っ取った。闇の力で民を捩じ伏せた。……違うか?」


 ヴァルストは睨んだまま動かない。怒りというよりは、驚愕しているように見えた。


「お前はエフーシオで生まれ育ったんだろうけど、そもそも『黒の種族』は闇の国ヴィルヘルが起源のはずだ。そうでないと、闇属性の血族になり得ない」


 この世界は、宿す属性によって生まれ(いず)る場所が決まると言い伝えられている。ただし、属性を選んで生を受けることは決して起こり得ない。誰が何処で産まれるかなど神も知らないことであろう。


「一族の一部か半分か知らねえが、エフーシオへ移住したモノとヴィルヘルに残ったモノがいたんだろう。だからエフーシオが滅びても『黒の一族』は存在し、俺がいる。……当時のホーリアはエフーシオ()()を警戒し、やがて闇で支配していた種族の根絶を図って滅ぼした。ヴィルヘルに残っていた『黒の一族』の存在を知らないまま、聖なる国は『滅ぼした』と全世界に発信したんだろうな」


 アルスはそこまで言うと、一息ついた。


『闇の国ヴィルヘル……。私は自国の事しか知っていなかった。闇の国がある事を知らなかった。私は……非常に視野を狭くして生きていたのだな……』


 ヴァルストの視線が和らいだ。そして静かに笑う。


『お前の姿をしっかり見たのは、どこかの城の一室だったか』


 風の国ヴェントルの首都エクセレビスにあるウィンシス城だ。ミスティアに看病されていた時に突然現れたっけか。アルスは目を細めた。


『何故オッドアイの一族が目の前にいるのかと驚いた記憶がある。しかし私は、一刻も早くホーリアヘの復讐を図ろうとしていたが為に、末裔がいる理由を一切考えなかった。冷静になれば、実に単純な事であろうに』

「お前が見た光景が、いかに残酷で衝撃的だったか、お前の行動で何となくだが感じた。怒り、怨み、悲しみの闇にあっという間に飲まれて自我を失い、何も見えないし考えられなくなっていたんだろうな」

『一族の仇を取る為に、私は時空を裂いてでも逃げのびて、今日(こんにち)に至ったわけだ。結局は生き残りのお前にとどめを刺されたが……な……!』


 突然ヴァルストが胸を押さえて苦しみだした。身体に突っ込んだ聖石が一瞬光るのが見えた。刹那、奴は吐血した。血は異空間を漂った。鮮やかな赤色は、すぐに蒸発して消えていった。


 無意識に、アルスはヴァルストに寄り添っていた。そっと肩に手を添えると、ヴァルストは顔を上げた。瞳孔が開いていて、紅玉髄(カーネリアン)の眼は光を失っていた。


『一族が……ヴィルヘルに……残っていた……。お前は、その末裔だったか。至極単純な事だった……。なんて愚かだ……』


 アルスとの会話を反芻する様に呟くと、大きくため息をついた。そして。


『アーデルの血は……滅びぬ……と……願い……た……』

 ヴァルストから力が抜けた。






 アルスはひとり、異空間を漂っている。ヴァルストの亡骸を抱いたまま。この空間から抜け出すにはどうすればいいのか。このままでは俺もここで死ぬのでは?そうよぎった瞬間、恐怖がまとわりついてきた。


 その時、頭の中で誰かが語りかけてきた。聞いたことのある澄んだ声……。


「どこにいるんだ!?」


 きん、と短く耳鳴りがした。一瞬の耳鳴りにはもう慣れてしまっていた。ややあって、ヴァルストのそばに青白い光が現れた。それは水界で出会ったセイレーン族の女性へと姿を変えた。


「ヴァルストは……自我を取り戻した」


 アルスは静かに彼女に話した。すると彼女は「そうですか」と安堵の表情を浮かべた。


「俺は……どうすればここから出られるんだ?」


 無駄かもしれないが問うてみる。彼女はアルスを見た。


『時空の旅ビト様を、在るべき場所へ()してください』

「在るべき場所?」


 直後、激しい目眩が起きた。


『貴方を在るべき場所へ……。闇から解放された旅ビト様を……安らかに……』


 目の前が真っ暗になった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ