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第5章-5

 あんな声でも、ヘイレンの耳には届いていた。


 闇の鎖に締め上げられて気を失いかけた時、聖石(ホーリーストーン)がシェラとヴァルストの頭上に飛んできた。手を伸ばそうとするも鎖がそれを許さない。壊さないと聖なる力は解放しないのに……!


 ヴァルストが鎖を操る右手をぐいっと引っ張る仕草をすると、シェラの身体が引き寄せられた。ヴァルストの身体と触れ合いそうになった、その瞬間。


 後から飛んできた矢が、聖石を貫いた。


「矢……!?」


 ふたりは同時に頭上を見、驚愕した。力が解放され、白い光が降り注いだ。闇の靄は一気に消えた。ヴァルストの身体も焼失したと思った。


 シェラの身体がびくんと跳ね、海老反りの姿勢になった。何が起きたのかわからなかった。


 鎖をなぞるように何かが這ってきた。身体の内部を触られている感覚が、やがて心の臓まで達した。


 大きくどくん、と音がして、意識が消えた。




          * * *




 「ヘイレン、いま」という苦しそうな声を微かに聞き取った瞬間、ポーチから石を取り出し身を隠していた裏口から飛び出した。


 闇の靄がまとわりつき、息苦しさに耐えながら、ヘイレンは走った。ヴァルストの姿が見えた。左手は凍らされていて動かせないようだったが、右手をシェラに向けて翳してじわじわと握る動作をしていた。


 手に持っていた石を思いきり投げた。白い光を帯びて彼らの頭上へ飛んでいく。しかし、ヘイレンは青ざめた。シェラは鎖で身体を拘束されていて動けなかったのだ。このままでは通り過ぎていくだけで、聖なる力は解放されない。


 自分自身に石を壊す術は無い。周りにヒト影は見当たらない。ヘイレンは絶望して顔を両手で覆った。


「ああ……シェラ……!!」


 投げた石が、スローモーションのごとく宙を舞う。その様子を眺めるしか無かった。


 その時、ヒュッ、と背後から音がした。


「え?」


 思わず仰いだ。一本の矢が、石を追いかけていった。振り返ると、白いシャツとズボン姿の射手が飛んできた。ヘイレンを素早く抱えると、先程まで待機していた地下シェルターの裏口まで戻った。


 光の如く、一瞬の出来事だった。


「伏せろ!」


 ヘイレンは頭を押さえて伏せた。ラウルが彼に被さった。直後、白い光がホーリアの大地を覆った。




          * * *




 全身焼かれたような痛みが消えて、アルスは覚醒した。飛び起きた瞬間、背後から何モノかに身体を抱えられた。その腕はひんやりとして、水色と白の毛がふわりと触れていた。


「エール!?」


 シェラの召喚獣は、アルスとミスティアを両脇に抱えて、ホーリアの地から飛び降りようとしていた。


「ちょっと待て!離せ!」


 もがくもエールの力は緩みを知らず、むしろ少し氷で固められてしまった。見上げると、氷狐(ひょうこ)はアルスを見てキュ、と鳴いた。


「ヘイレンが石を投げるって。壊れる前にここを出なきゃあなたが死んじゃう!」


 そう叫んだのはミスティアだった。ヴァルストの相手は俺のはずだ、とアルスは奴のいる方を睨んだ。ヴァルストがシェラに闇の鎖を放った瞬間だった。


「あいつ……!」


 鎖は召喚士を拘束した。エールが小さく鳴くと、大地を蹴って浮遊する。アルスはじっと、シェラを……正確にはシェラの上を……見ていた。白く輝く石が矢に砕かれ、一気に聖なる力を放出した。


 闇の鎖で身体を砕かれ、アルスの刃で肉体を貫かれたはずのジンブツが、たった7日で射られるくらいに回復するとは信じ難いが、あれはどう見ても矢だった。


 光が、聖なる力がエールを掠めたが、アルスには影響は無かった。ゆっくりと本土から離れようとした瞬間、エールが突然光に包まれて消えた。身体を固めていた氷も一緒に。アルスは夢中でミスティアの手を掴んで引き寄せた。


「きゃああああ!!」


 ミスティアの悲鳴を聞きながら、彼女を抱きしめた。その刹那、アルスは我が目を疑った。シェラの身体が跳ね上がり、紫色の靄を発したのだ。ヴァルストの肉体は確かに焼失したのだけれど、魂だけの状態となり、シェラの身体を支配したのだ。


 その一瞬がとても長く感じた。


 ミスティアに強く抱き返されて我に帰った途端、猛スピードで落下していっていると気がついた。いつの間にかホーリアの国土全体が視界に入っている。それくらい遠くなっていた。


 頭を下に真っ逆さまに落ちていく。アルスは自分の身体を地面側に向けた。叩きつけられても、ミスティアには危害が及ばないようにと思ったが、このスピードではお互いにお陀仏だろう。彼女の腕が少し浮いた。見ると、気絶してしまったようだった。


 俺にも浮遊し飛行する力があれば、近くの浮島にでも行けるのに!アルスは己の能力の無さを悔やんだ。なぜ俺にはその力が宿っていないのか……!


 このまま死ぬのかと絶望しかけた時、風に混じって咆哮が聞こえてきた。


 一頭の飛竜が、凄まじい勢いで近づいてきた……。




          * * *




 シェラと交差して落ちてくるシェイドを、シーナは己の手で引っ掴んだ。そっと両手で彼を抱くと、ひと羽ばたきしてホーリアの地から離れた。


 フレイは遠くでエールの姿を確認すると、シーナに命じた。飛竜は氷狐の後を追うべく降下し始めたその時、突然彼女が光を放って消えてしまった。


 そこにはアルスとミスティアがいた。ふたりは急降下していく。シーナは翼を半分くらいの大きさにたたんで降下速度を上げた。


「間に合ってー!」


 シーナはふたりより低い位置まで降下していた。それを見てフレイは中腰から跨るように乗り換えた。飛竜は水平飛行になると、咆哮し大きく羽ばたいた。


 フレイはシーナの背の(とげ)をしっかり握り、伏せる体勢をとった。アルスたちの真下の位置にまで行くと同時に、シーナはくるりと反転した。直後、ふたりは飛竜の柔らかい腹でバウンドした。


 素早くまた反転すると、フレイはアルスたちを確認する。ミスティアを守るように抱きしめ、その形のままふわりと浮遊している。フレイは手を伸ばして叫んだ。


「アルス、手を!」


 すっと左手が伸びてきた。その手首を掴むと、少し引っ張ってシーナの背に着地させた。


 アルスは無事なようだが、ミスティアがぐったりしていた。落下していく間に気を失ったらしい。背中の突起物の間に落ちないように挟ませた。アルスがしっかり跨ったところを見て、フレイは上昇を命じた。


「助かった……」


 アルスの声が少し掠れていたが、フレイは安堵した。シーナの大きな手元に、シェイドが収められていることを話した。そして、シェラから聞いた話も。


 シェラはアルスとシェイドを聖なる国ホーリアの地から離す為、己の召喚獣エールでアルスとミスティアを避難させ、ヴァルストとシェイドの戦いに割って入る隙に、シェイドをフレイとシーナで保護する様に言われた。


 ふたりを国土から離れたのを確認して、ヘイレンに聖石を投げてもらう指示をする、と言って、シェラはフレイから離れてヴァルストに飛びかかっていった。


 無我夢中でフレイはシーナを操り、シェイドを保護したのだが、シェラがどうなったのかはわからない。国から遠ざかったところでエールが消え、アルスとミスティアが落下していくのを見たので、必死に助けに行った次第だ。


 ここまで話すと、アルスは(しか)めっ面になりながら口を開いた。


「エールが消える直前、ヘイレンが投げた石の力が解放されて、ホーリア一帯が聖なる光に包まれた。だがその後にエールが消えた」

「聖なる力はシェラにもダメージを?」


 そうじゃない、とアルスは首を横に振った。


「囚われたんだ、奴に」


 フレイは血の気が引いていくのを感じた。


「肉体の焼失と共に、シェラに縛り付けていた鎖を通じて魂だけでシェラの体内に逃げやがった」

「そんな……!それじゃあヴァルストを(ほふ)るにはシェラと戦わなきゃいけない……?」


 そういうことになる、とアルスは静かに言った。目眩がしたが、気をしっかり持てと自分に言い聞かせた。


 シーナは少しずつ上昇しながら、けれどもやや速度を落として飛行していた。シェイドが起きたら喉を鳴らすように言っているが、彼女は黙ったままだった。


「どうしよう……あの地へはもう降りられないし、あそこに残っているのはヘイレンとラウルよね。ラウルは離脱しているから、残っているのは彼だけ……」

「いや、ヘイレンだけじゃない」


 えっ、とフレイは振り返った。アルスはこちらを見据えていた。


「あの石の力を解放したのはラウルだ」


 地下シェルターへ物資を貰いに行った際に、ラウルやヘイレンの状態を教えてくれたのだが、酷い有り様だったと言っていたはずだ。たった数日で動けるようになるとは一体……。


「ただ、遠方からの攻撃なら動ける状態なのかもしれん。ヘイレンは魔法石を持っているだけで壊す術は持ち合わせていない。シェラとやれるのは俺と……フレイか」

「わ、私……シェラに……刃は向けられない……」


 フレイは吐露すると、アルスは「だろうな」と頷き、やはり俺しかいないとつぶやいた。


「でも……あなたも無理でしょう!?国の地が聖なる力で満たされたのよ?降りたら死ぬわ!」

「即死にはならない。これがある」


 と、アルスは腰につけていた小さな石をフレイに見せた。白くて丸いそれは、ラウルがアルスを守るために作った聖石だそうだ。


 だが、どのくらい耐えられるかはわからない。だから、短時間で闇の鎖を壊し、ヴァルストの魂を葬らねばならない。アルスのオッドアイは、覚悟を帯びていた。


「出来るだけシェラに近づいてくれ」


 フレイはしばしアルスを見つめていたが、黙って頷き、涙を(こら)えてシーナに命じた。




          * * *




 ヘイレンは、今の状況が飲み込めないでいた。


 ラウルは動けないほどの酷い怪我を負っていなかったか。闇の鎖に縛られ、アルスに腹部を刺されたはずなのに、なぜここに平気な顔をしていられるのだろう。


「ケガ……治ったの?」


 聖石が砕けて力が解放され、聖なる国ホーリアから闇の靄が消えた。黒っぽく見えていた地は、白さを取り戻していた。地下シェルターの裏口付近で、ヘイレンに覆い被さっていたラウルが離れ、ゆっくり歩き始めたので咄嗟に止めようと声をかけた。


 ヘイレンの問いに、ラウルは足を止めた。右手には弓を携えている。ちらとヘイレンを見た。瑠璃色の眼が妙に暗く見えた。


「ラウル……?」


 気圧(けお)されそうになるも、ぐっと堪えて立ち上がると、ラウルは身体ごとこちらを向いた。口を真一文字に結び、ヘイレンを見下ろしてくる。……怖い。まだ闇に囚われたままのように錯覚してしまう。


「あ……あの……」

「ヘイレン、まだ石は持っているか?」


 びくっと身体が少し跳ね上がったが、小さく何度も頷きながらポーチを探った。ラウルがくれた石と、地下シェルターの裏口で翳して少し力を使った石があることを伝えると、そうか、と言いながらゆっくり頷いた。いつもと違う彼にヘイレンは酷く緊張していた。


「あ……あの……な、投げるなら……投げます」


 ポーチに手を突っ込みながら恐る恐る話すと、それじゃあとヘイレンに近づいた。自然と身体が震えだす。


「ひとつくれないか?シェラに矢を射て、傷口に突っ込むから」

「な……!?」


 思わず後退った。シェラを殺す気なのか!?


「そんなことしたらシェラが!」

「彼の中にヴァルストがいるんだ。正確には魂の状態で乗り移った。もうシェラの意識は無い」

「そんな……」


 ヘイレンはその場にくずおれた。自然と涙が溢れ出る。ずっと傍にいて守ってくれた友達……大切なヒトが、あの一瞬で……。


「ヴァルストの魂だけを葬るのは至難の業だ。私もこの手は取りたくなかったのだが、他に方法は無い……」

「嫌だ!!」


 ヘイレンは手をついて俯きながら叫んだ。涙がぽたぽたと地に跡をつける。


「シェラも一緒に殺すのは……いや……」


 きっと他に方法はある。いかにしてシェラを殺さずに、ヴァルストの魂だけを屠るか。ヘイレンは必死に考えた。


 魂をシェラの身体から引き摺り出せば、ホーリアを包んでいる聖なる力に触れて消滅するのではないか。


 引き摺り出す……取り込む……力。


 ヘイレンはハッとした。


「アルス……」


 顔を上げて涙を拭き、すくっと立ち上がる。ラウルは彼の変化に少し驚いた様子だった。


「アルスが持っている、闇を取り込む力。ボクも何度か取ってもらったけど、あの力でヴァルストの魂をシェラから取り出せないかな?」

「ヘイレン……」

「魂も闇属性だったら、出来るよね……きっと」


 ラウルは目を見開き、口が半開きになっていたが、やがてため息をついて左手を額に当てて笑みを浮かべた。


「聖なる力で満たされた今、アルスがここに着地した時点で焼失するぞ」


 そうだった。さっきまで闇の靄に覆われていたからアルスはここにいられたのだ。ヘイレンの提案は崩れ去ったかに見えた。


「いや、待て……」


 ラウルが一瞬固まる。何か思い出した様子だった。


「そういえば、小さな聖石をお守りとしてアルスに渡したんだった……」

「お守り……それじゃあ!」

「出来る可能性はある。ただ、やはりシェラを無傷で救うのは難しいだろうな」

「う……。でも、でも……その時は、ボクが傷を癒すよ。絶対に死なせない!」


 自分に言い聞かせながら、ヘイレンはラウルを見つめた。彼もまた、微笑み頷いた。


 瑠璃色の瞳は輝きを取り戻し、一層美しかった。


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