第5章-3
「んん……」
か弱い声を聞いて、シェラは飛び起きた。彼のベッドに駆け寄り、起きようとしていた身を支える。
「あ、シェラ……おはよう」
ヘイレンは酷く痩せてしまっていた。元々華奢な身体つきだったが、筋肉が落ち、骨と皮の状態と言っても過言ではなかった。
込み上げてくるものを抑えられず、シェラは泣きながら彼を優しく抱きしめた。
よかった……もう目覚めないかと思った。
* * *
ラウルをエールに預け、アルスの元へ急いで戻ると、ヘイレンは白と黄色が入り混じる光を発して左太腿を押さえていた。
アルスも自分の足を押さえていたようだったが、その手は身体と一緒に力なく地に横たわっていた。ヘイレンの手元は真っ赤に染まっている。
ヘイレンと向かい合うようにしゃがみ、シェラは患部に……ヘイレンの手があるが……左手をかざした。細かな氷の風が、ヘイレンの光を包む。
「ヘイレン、手を離して。大丈夫だから」
そう言いながら、右手で彼の手をそっと掴んだ。金色の眼がシェラを見る。涙が頬を伝う。
「離したら……死んじゃう……」
正直なところ、ヘイレンの言う通りになりそうだとは思っていた。彼が手を離せば、アルスは助からないかもしれない。だが、このままヘイレンに癒しの力を使わせたら、彼が危ない。光に包まれているからわかりづらいが、頬が痩け、目の下の隈が酷い。そして、身体が震えていた。
「アルスは死なないよ。もう随分とヘイレンが傷を治してくれてるから。傷はまだ深いけど、後は僕の氷の力で塞ぐ処置で何とかなる。だから……離して」
微笑んで促すと、少しシェラを見つめてから、怖々と手を動かした。完全に離れた一瞬で、血が溢れ出る。シェラは素早く氷で傷口を覆った。
ややあって、氷が流血を抑えた。溶けてしまう前に処置をしないとだが、大柄でがっしりとした体躯は、シェラには重過ぎた。そっと身体を起こしたはいいが、抱き上げられないのは目に見えている。
両膝をつき、アルスの上半身を抱えると、酷く体温が下がっていた。氷のせいか、大量出血のせいか。シェラは自分の血の気が引いていくのを感じた。アルスの鼓動はとても弱く、今にも止まりそうだった。
「アルス……!!」
ヘイレンはアルスに縋った。手に触れて、その冷たさに驚愕し、シェラを見て死んでしまう!と目で訴えてきた。
「やっぱりボク、やめちゃダメだったんだよ!」
そう言いながら、また力を出そうとした瞬間、突然電池が切れたように倒れかかった。
「ヘイレン!?」
身動きが取れないシェラは、パニックになりかけた。このまま突っ伏すと顔面を強打してしまう……!
と、背後から藍色の長い尾が飛び出してきて、ヘイレンを包んだ。ラウルを抱えていたエールがそばまで寄ってきていた事に気づかなかった。
「ああ……ありがとう、エール……」
氷狐は右腕にラウルを抱え直し、器用にヘイレンを尾で抱き寄せて自分の左腕に収めてこちらの様子を窺った。
彼女が心配そうに見据える先は、シェラが抱えているアルスだ。ずっと心臓付近に手を当てて、自分の体温を彼に分けるように抱きしめていたが、いよいよ鼓動がわからなくなってきていた。
「ダメだ……死なないで……!」
大切な仲間が……友が、腕の中で事切れようとしている。どうすることもできない自分を恨んだ。ぎゅっと目を固く閉じ、涙を流して祈るしかなかった。
ふわりと風が吹いた。キュ、とエールが小さく鳴いた。シェラは顔を上げて辺りを見回した。
闇の力が近づいてくる……!
エールはふたりを抱えたまま腰を落として臨戦態勢に入るが、すぐに耳をピンと立てて首を傾げた。
その様子を見上げていたシェラは、近づいてくる闇の力がヴァルストのものではないと思った。エールが一点を見つめる。同じように前を見ていると、やがて青白い光がやってきた。
シェラの前にふわりと静かに降りたったのは、紺の羽織を纏ったヒトだった。トア・ル森でヘイレンが助けた、あのヒトだ。
「……シェイド?」
なんと言うこともなく素早くアルスの胸に手を当てようとした。シェラは心臓に当てていた自分の手をなんとなく外し、アルスの上腕を掴んだ。それを見て彼は、小さく頷いた。
「そのまま強く押さえてて」
少し高めの声の主はそう言うと、目を閉じて左手に力を込めた。カッと見開くと、左眼が柘榴石色の光を放った。紫と赤の靄を纏いながら、シェイドの左手はアルスの胸にすっと入っていった。
目の前で起きていることが信じられなかった。音もなく、傷にもならず、ぬるりと左手首までアルスの体内に入っている。まるで心の蔵を掴みにいったかのように。
「いくよ」
小さな合図の直後、ドクン、と大きく鼓動が鳴った。その振動はアルスの腕を伝い、シェラの鼓動にも響いた。アルスの身体が跳ね上がるのを無我夢中で抑えた。
さらにもう一度、大きく鼓動が響く。再びアルスの身体が跳ねる。それをまた抑える。ヒュッと短く息を吸う音が聞こえた。
シェイドはふと少し微笑むと、ゆっくり左手をアルスから離した。やはり音も傷もない。シェラは目を瞬かせながら、おそるおそる己の手をアルスの胸に戻した。
力強い鼓動を感じた。
驚いてシェイドを見ると、彼は安堵のため息をついた。
「心の臓に直接魔力を注いだ。体内に送り込まれていたヘイレンの癒しの力と融合させて治癒力を高めさせたから、きっと大丈夫。アルスは私が運んでいくよ」
なんだか凄いことをやったのだとしか考えられなかったが、シェラはそっとアルスの身をシェイドに託した。
ようやく自由に動けるようになったので、エールからヘイレンを預かった。痩せて小さくなった身体は弱々しく、けれども鼓動はしっかり強く打たれていた。
ホーリアの地下シェルターに辿り着き、シェラは急いでラウルとヘイレンを医師たちに預けた。彼らは手際よく対処してくれた。
ラウルは腹部の刺し傷のほか、肋骨が全て折れていたらしい。鎖が彼を洗脳した際にやられたものだろうな、と思った。
ヘイレンはシェラが運んでいた時よりも衰弱していて、酷く苦しそうな表情を浮かべていた。うっすらと汗をかき、痙攣を起こしていた。今にも死にそうな様子で気が気じゃなかったが、「何とかするから」と心強い言葉をもらい、また、アルスのこともあったので「お願いします」と頭を下げてシェルターを後にした。
地下シェルターから少し離れた療養所……廃墟と化していたが……にシェイドを案内した。出入り口は壊れていたが、意外にも中は綺麗だった。建物の外側だけが被害を受けた感じだろうか。
どこが治療室なのかとあちこち探し回る。アルスの容体が気になって焦りを感じる。何も無い床に何度かつっかえてこけそうになる。やがて。
「……ここか!」
ようやくそれらしい部屋に辿り着いた。ヴァルストの力で闇に支配された国とは思えないほど、綺麗に整備されていた。治療に使う道具なども綺麗なままだ。
シェイドはベッドにアルスを寝かすと、羽織を脱いで遠くに投げた。アルスよりも大柄で、筋骨隆々なのにしなやかさがあり、どことなく色っぽい。
そんな体格に見惚れてしまっていたが、シェイドの「ガーゼと包帯を持ってきて」の言葉で我に返り、慌てて側にあったものを手に取った。
シェルターの医師たち並に処置していく様子を、見守ることしか出来ないでいた。ややあって、シェイドが尋ねてきた。
「この施設の水道は生きてる?」
近くの蛇口を捻るが、水は出なかった。シェラは黙って首を横に振ると、シェイドは参ったな、とため息をついた。
そっとアルスに近づいてみる。胸元の動きが非常に遅い。左足に視線を移すと、止血処置をし、患部はガーゼで保護されている。しかしながら、まだ危険な状態なのははっきり見てとれた。
「氷の溶け水で傷を洗ったんだけどね……全然足りなくて。これはあなたの魔力?」
シェラは頷く。
「僕の氷は体温を急激に下げてしまうから、傷を塞ぐことは出来ても長時間塞いでいると凍死させてしまう。だから、あまり使えない」
「なるほど。でも溶けた水では大丈夫そうだったよ。水が出ないとなるとそれを頼るしかないんだが、なんとか出来ないだろうか?器に氷を溜めて溶けるのを待つとか」
シェイドは細長い人差し指を上に向けるような仕草をしながら提案した。シェラはやや考えた。溶ける時間が読めない上、自分の魔力で生み出した氷を攻撃や傷を塞ぐ以外で活用したことが無いため、使い続けていいものか悩んだ。
使わずにいたらアルスは死ぬかもしれない。しかし、使っても知らず知らずのうちにダメージを与えてしまうかもしれない。だが……使って助かれば良いのだ。使わずに見殺しにするよりは……。
アルスの生命力を信じよう。
「溶ける時間が読めないけど、やってみる」
シェラは器を探しに行った。
器を見つけ、氷をたくさん作り、どれくらい待ったのかわからない。時間の感覚が無くなっていた。
「何か来る」
シェイドの警戒する声に身体がびくついた。じっと耳を澄ます。大きな翼が羽ばたくような、重い音が微かに聞こえた。
シェラは部屋を飛び出し、廊下を抜け、壊れた出入り口から正面を見ると、くすんだ赤い色の身体とオレンジ色の鬣を持つ巨大な飛竜が、ちょうど着地したところだった。小さな瓦礫が吹き飛ばされ、反射的に顔を腕で覆った。
「フレイ!?」
シェラは飛竜に駆け寄った。フレイの後ろにはミスティアが乗っていたことに驚いた。
「ティア……どうして……」
「嫌な予感がして。無理言って連れてきてもらったの。危ないんでしょ……この中にいるヒト」
そう言って療養所の入り口を見据える。
「案内してくれるかしら?」
シェラは無言で頷き、ミスティアと急いでシェイドたちの元へ戻った。
部屋に入るなり、ミスティアはアルスの様子を見て言葉を失いしばし硬直していた。シェイドが丁寧に状況を説明すると、彼女は強く頷いて動き出した。
すっかり溶け切った氷だったものは、アルスを傷つけることなくごく普通の「水」として活用できた。ミスティアは「水は任せて」と、霧の力をたくさん使った。傷を洗ったり、身体全体に吹っかけて水分を取り込ませたりして、半刻(約1時間)程してひと段落した。
その間フレイは地下シェルターを訪れ、食料など必要な物資を分けてもらい、廃屋の療養所に届けてくれた。シェラだけではここまで出来なかった。ただパニックになって、見殺しにしていただろう。
「ティア、フレイ、ありがとう。すごく助かった……」
アルスの容体が安定し、「もう大丈夫ね」というミスティアの言葉がシェラを安堵させた。フレイもよかったぁ、と胸を撫で下ろす。シェイドは黙って弟を見据えていた。
「みんながいなかったら僕……アルスを助けられなかった。どうすればいいかわからなくなってた。死にかけた仲間を救うことって、これが初めてじゃないはずなのに……」
思わず弱い自分を曝け出してしまった。込み上げてくるものをぐっと堪える。ミスティアは腕組みをして少し考えた。
「ヘイレンやラウルのこともあったからじゃない?」
そう言われてハッとした。
「負傷者が多いとパニックにもなるわよ。医師でもね。悟られないようにするけど」
アルスを見て硬直していたのは、これから先どう対処すべきか考えながらも、自分を落ち着かせていたという。焦って手元が震えると危険だから。
「シェイドもいるし、ここは大丈夫だから、シェラはヘイレンの側にいてあげて。あのコ、目覚めた時にシェラがいなかったら、それこそパニックになるかもしれないわ」
微笑むミスティアに、心を打たれた。すうっ、と勝手に涙が頬を伝っていったが、もう気にならなかった。彼女の小さな頷きに、シェラは大きく頷いた。
* * *
「アルス、助かったんだね。よかった……」
ヘイレンは涙を拭いながら何度も小さく頷いていた。
あれから7日も経っていた。シェラは毎日ラウルやアルス、さらにはヴァルストが籠っているであろう聖なる国ホーリアの城の様子を見に行く日々を送っていた。
「ヴァルスト、何もしてきてないんだ……。なんでだろう?この地を支配したからかな?」
シェラの話を聞いて、ヘイレンは首を傾げていた。
「奴の目的はホーリアを滅ぼすことだから、これから動くのかもしれない。今日まで何も無かったのは、自分の力を回復させる為とかだろうか……。僕たちが攻撃に来るのを待っているのかな?」
いろんな憶測が出てくる。ヘイレンも「待ってるって随分と余裕あるみたいだね」とちょっと皮肉っぽく言った。本当にこちらが仕掛けてくるのを待っているとしたら、舐められたもんだ。
「ラウルもアルスも、回復に時間がかかる。僕やフレイで仕掛けてもいいんだけど、相手は一瞬にして大国を壊滅状態にするほどの力があるからな……正直なところ、屠れる自信がない」
魔力だけでみれば、ラウルとアルスより遥かに強いと自負しているし、認めてくれている。しかし、それも過信しているとどんな目に遭うか。壁を作って守りに徹する戦法のため、回避や体術はふたりに劣る。
昔はもっと俊敏に動けていたのにな。シェラはふと感慨に耽った。強い仲間がいないと弱気になってしまう。
「……シェラ?」
ヘイレンが心配そうにこちらを見た。シェラは苦笑するしかなかった。
「ボク……早く動けるようにならなくちゃね」
「いや……ヘイレンはここにいて欲しい」
「どうして?」
彼が持つ癒しの力は、彼を犠牲にしてヒトビトの傷を癒してきた。次こそ使えば、息絶えてしまうのではないかと不安だった。だから、ここにいて欲しい。ここでみんなの帰りを待っていて欲しい。
決して邪魔だからというわけではない。
君を守りたいんだ。
シェラは吐露した。ヘイレンは黙って聞いていた。静寂が彼らを包み込む。自分の呼吸の音が、嫌に大きく聴こえていた。
長い時間ふたりは口を閉ざしていたが、やがて発したのはヘイレンだった。
「……ボクは、何モノだと思う?」
「ここにいて欲しい」の返事を待っていたのに、突然の質問に面食らった。
「何モノって……どうしたの急に?」
「ボク、ずっと夢を見てた。あっちこっちいろんなところに行ってて大変だったけど、全部ボクが『かつていた世界』だった。その中に、あのヒトがいたの。赤毛のあのヒト」
シェラは戦慄した。心拍数が急激に上がるのを感じた。じわりと手に汗が滲む。
夢だから、現実のあのヒトとは違うかもしれない。ボクが勝手に想像したヒトかもしれないけど、と前置きした上で、ヘイレンは見た夢について話し始めた。
※
ボクは森にいた。
傍らには、銀の髪に猫か狐のような耳、黄色の刺繍が施された、青と白のワンピースを着た女性がいた。
「思い出せたね」
彼女は笑みを浮かべた。つられてボクも笑ってみたが、どこか引きつってしまった。
「全部は思い出せてないし、断片的だし。中途半端な感じでなんだか気持ち悪いや」
ボクはため息をつく。同じタイミングで、ふわりと風が吹いた。
ふと彼女は、耳をピンと立てて遠くを見据えた。誰かいるのだろうか。彼女の視線を追うと、ヒトがぽつんと立っていた。
赤毛の髪……。
『見つけた』
かなり距離があるはずなのに、耳元で囁かれたのかと思うほどはっきり聞こえて身震いした。相手が近づいてくる。ボクは後退りしたが、途中で傍にいた彼女に手を掴まれた。
「放して……」
アイツが怖い。ボクを探してたみたいだけど、エクセレビスでボクはアイツに殺されかけた。首を絞められたんだ……!必死に訴えるも、彼女は手を放さなかった。
「大丈夫。落ち着いて」
「落ち着けないよ!だって……!?」
気がつくと、アイツは目の前にいた。ボクは動けなくなってしまった。紫と赤色の眼、赤毛の髪、白いブラウスに茶色のベスト、ベージュのズボンに革のブーツを履いていた。
赤毛と眼は正しくアイツなのだが、服装が違った。確か黒いコートを着ていたはずだ。
震えながら魔法石を取り出そうとポーチを探すが、身につけていなかった。今度こそ、殺されるのか……?
『あの時はすまなかった』
頭を下げて謝罪した。まさかの展開にぽかんとした。あの時、気を失わせて連れて行こうとしていたらしい。手の炎はボクに放つつもりではなく脅しだったとか。
「どう見たって殺そうとしてたでしょ!?そんなの信じないよ!どうしてボクを追うの?おまえは誰なんだ!?」
無意識に掴まれた手を振り払っていた。振り払われた彼女は目を丸くしていた。解放されて、数歩下がって距離をとった。赤毛のアイツはため息をついた。
『やりかたを間違えてしまったことは我も悔いている。きみを追うのは、この世界の未来のためなんだ。きみを過去に……もといた時代に帰さねばならないんだ』
無茶苦茶なことを言いだした。過去に帰る?そんなことが出来るのか?未来のためとはどういうことか?疑問だらけで混乱してきた。
『きみが……時空の裂け目に飛び込んで消えてしまったから、テンバは滅びてしまったんだ。それによって、この先の未来……きみがヒトの姿として存在している『今』の世界が時期に滅亡してしまうのだ』
テンバ。
この言葉にボクの震えが、疑問が吹き飛んだ。呼吸も忘れた。風の音も消えた。目の前が真っ暗になった。
『我は……使命を果たさねばならない。きみを連れて、我らが生きた時代へ帰らねばならない。きみが生きた時代、彼女たちが息絶える前の……』
※
シェラは言葉を失っていた。ヘイレンもまた、途中で話すのをやめていた。部屋が煌々と輝いている。シェラはそっと、光の元を抱擁した。
「ボク……あのヒトのところに行かなくちゃいけない。この世界に来て、あのヒトと出会った時は怖かったけど、あのヒトは……ボクの……」
腕の中で、ヘイレンはシェラを見上げた。金色の眼がいつになく輝いていた。今にも消えてしまいそうな気がして、思わず強く抱きしめた。
「ヘイレン、ここにいて……!消えないで!」
全てを取り戻した時、あのこ、どうなるんだろうね。いつかそうつぶやいていたウィージャの言葉を思い出していた。光を発して消えていく結末なんて嫌だ……!
すると、ヘイレンが腕をまわしてシェラを抱き返した。見下ろすと、彼はシェラを見つめたまま、小さく頷き微笑んだ。
「大丈夫、消えたりしないよ。ここにいる」
白と黄色の光が一気にシェラを、部屋を包み込んだ。あまりの眩しさに、ぎゅっと目を閉じてしまったが、腕の中の温もりは保たれたままだった。
光の気配が消えたので、シェラはそっと目を開いた。腕の中には、ちゃんとヘイレンがいた。骨と皮だった身体は厚みを取り戻し、艶肌の健康体に変わっていた。
金色の眼はとても生き生きとしていて、シェラは目を瞬かせた。自己回復が過ぎる……。
ヘイレンはそっと、シェラの抱擁を解くと、ベッドから抜け出て立ち上がった。うんと伸びをして肩を回した。ひとつ大きくため息をついて、振り返る。
初めて出会った頃と、顔つきが変わっているように感じた。背も少し伸びただろうか?まるで生まれ変わったようだ……。
「ボクは……テンバだ」
ヘイレンはシェラを見据えて言った。
「ただ、テンバがどういう姿なのか、わからない。思い出せない。でも、ヒトでもなくグリフォリルでもない。馬とも違う姿だとは思ってる。たぶん、ここにヒトの姿として存在している限り、一生わからないんだと思う」
なぜならテンバは、ずっと昔に滅びてしまったから。ボクが時空の狭間に飛び込んだばっかりに。ボクが滅ぼしてしまったんだ。その言葉にシェラは酷く心が傷んだ。滅ぼしたと自覚された以上、何も言えない。
「ボク、この戦いが終わったら、あのヒトを探したい。会って話がしたい。……事件のはんにんかもしれなくても。シェラも一緒に……ついてきて欲しい。いい?」
シェラはもちろん、と頷いた。
何かあったら必ず守るから。シェラは誓った。




