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幕間-4

 あの豹変ぶり、あの力には(すく)んでしまった。分身でよかったとつくづく思う。


 テンバは氷河召喚士に護られている。彼奴(あやつ)から連れ戻すには(ほふ)るしかないのだろうか……。


 それは極力避けたいのだが……。







 我もヴァルストも、時空の裂け目を経て『未来』のリヒトガイアに降りたった。我は空、ヴァルストは森からこの世界に来た。


 我が見た空は青く美しかった。陽の光を浴びながら、急降下してゆく。このままでは地に叩きつけられて即死する。我にはこの時、魔法で己を浮遊させたり翼となるものを作り出したりする力が無かった。


 我の使命は果たせないのか。落胆したその時、落下速度が急に落ち、ふわりと身体が浮遊したように感じた。


 青白い光が我を包み、徐々に降下していく。やがて、地に激突することなく森に降り立った。


 光が消えると、我の前にがたいがいい大柄な男が左手を胸元まで挙げて立っていた。


「其方が我を……?」


 訊ねると、無言で頷いた。


「……ありがとう。見ず知らずの我を救ってくれて」


 これが、ヴァルストとの出会いだった。






『お前の目的は何だ?なぜ時空の裂け目に飛び込んでここに来た?』


 ヴァルストの問いに我は答えた。牡のテンバが時空の裂け目に飛び込んでしまったが故に絶滅してしまったので、『彼』を元の時代に連れ戻すためだ、と。


 テンバとは何かと問われ、ヴァルストの時代にはいなかったのかと逆に聞いた。彼は『いたのかもしれないが見たことがない』と首を横に振ったので、容姿についても説明すると、心当たりがあるようだった。


 ヴァルストは、自国を聖なる国ホーリアに滅ぼされ、己の命を守るために自ら時空を裂いて移動してきた。ホーリアが国を滅ぼしたのは、我のいた時代から400年程前の事だ。随分と過去からやってきたのだなと思った。


 彼は裂け目に入っては出てを繰り返し、都度水界へ飛んだそうだが、その際にテンバを見たという。


「我の生きる時代に来ていたのか……。そのテンバこそ我が連れ戻さねばならないコなのだ。もしかしたら、其方を追って裂け目に飛び込んだのでは……?」


 なぜ私を追って……?まさかあの話を耳にしたのか?しかしそれにしてもなぜ……と彼は唸った。


 ヴァルストは、今の時代に来てからはテンバの姿を見ていないそうだ。それもそのはず、テンバはもうこの時代には存在しない。『彼』も時空の裂け目に飛び込み、本来生きるはずだった時代を飛び越えてここに来てしまったからだ。


 ……そういった話を少しして、ヴァルストは己の『やるべき事』を遂行すべく、森から去っていった。『あの話』を知ることは出来なかった。



           * * *



 癒しの力を司るテンバは、我の時代にはわずか4頭しかいなかった。そのうち牡は1頭のみ。『彼』がいなくなったことで、後世に繋がる未来は絶たれてしまった。


 残された3頭は、民にたっぷりと愛情を注がれ、最期まで我々の元で過ごし、清々しく少しひんやりとしたとある朝に、天寿を全うし揃って息を引き取った。


 こうしてテンバは絶滅した。


 我々は彼らを失ったことで、この先の未来を懸念した。テンバは絶滅させてはいけない存在なのだ。彼らは秩序の象徴。全ての生き物に癒しと生命力を与えてくれる存在。彼らがいたから、ヒトは生きてこられた。魔物から身を護り、魔物から受けた傷を癒してくれた。


 彼らが絶滅したことで、魔物の勢力が強まり、ヒトビトを支配あるいは滅ぼしにかかるだろう。何十年、何百年とかけて……やがて、リヒトガイアは魔物が棲まう世界となってしまうかもしれない。






 絶望していた矢先、突然目眩と耳鳴りが我を襲った。何事かと振り返ると、何もない空間に白く細い線が横に伸びていた。ゆっくりと目を開けるかのようにそれは広がっていった。その先に見えるは、黒と紫と金と白が入り混じった世界だった。これが時空の裂け目か、と思った。


『つ……も……せ……』


 何ものかが脳内に直接話しかけてきた。ごう、というノイズが大きくて聴き取れない。我は集中した。


『れ……もど……ンバ……ため……みら……のた……』


 我は何ものかに使命を与えられた気がした。……もう一度、語ってくれ。そう念じると、答えてくれた。


『つれもど……テンバの……らいのた……世界……未来の為に』


 我は決意し、裂け目に飛び込んだ。


 連れ戻せ。テンバの未来のために。


 世界の未来のために。






 そもそも、連れ戻せるものなのか……?


 飛び込んでから後悔した。我に元の時代へ帰る力は持ち合わせていない。霊界に留まり転生を拒む、未練を断ち切れぬ亡者を召喚する力ならあるのだが……。


 この力でどうにかできるとは思えない。


 『彼』を見つけ、『彼女たち』を召喚すれば……いやしかし、それでは駄目だ。『彼女たち』を召喚したところで、魂の具現化で姿は現れるが肉体は無い。我は異空間に身を預けながら悩み続けた。


 やはり『彼女たち』が生きていた時代へ『彼』を連れ戻すしかテンバの未来は無い。時空の裂け目は、未来への一方通行だ。過去へ戻る術は無い。我が『彼』を得たところで何も出来ないことに歯痒さを感じた。


 この先の未来に、過去へ飛ばす力をもつヒトが都合よく存在していればいいのだが。


 しかし、この先の未来にテンバは存在しない。


『彼』と同じ時代へ行けたとしても、テンバの姿ではないだろう。ただ、『気配』は消えないはずだ。それを頼りに探すことになるが、果てしなく時間を要しそうだ。が、早く探し出して過去に戻さねば。


 テンバたちを後世に残すために。


 ひいては未来のために。



           * * *



 そうやって、ようやく風の国エクセレビスで『彼』を見つけ、手荒だが気絶させて連れて行こうと思った矢先、あの召喚士に拒まれた。……矢を射た者は別のヒトのようだったが。その後、森を歩く『彼』を見つけて空から仕掛けたが、やはり同じ召喚士に護られ、挙げ句の果てには首を掴み折られてしまった。


 あの召喚士は用心しなくてはならない。こちらの話が通じれば……手荒なことはしないのだが果たして。


 またも『彼』を追う羽目になりながも、我は『過去へ飛ばす力を持つヒト』も探さねばならない事を思い出すと、大きくため息をついた。


 我の使命は、『彼』を元の時代へ戻すこと。


 それを成し遂げたら、もう……未練はない。


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