第4章-4
身体のあちこちに出来ていた切り傷は、ヒールガーデンに偶然滞在していたミスティアに治してもらった。
『霧の療法士』と呼ばれている彼女は、名の通り霧を使ってヒトビトの傷を癒す力を持っている。時にはその霧で相手の視界を遮ったり見えない相手を具現化させたりする。
「超一流の体術者でも、お兄様には敵わないのね……」
右腕に残っていた火傷の跡を霧で消しながらつぶやいた。アルスもため息をつきながら首を振った。
「体術はあいつから教わったからな……。俺の癖とか全部覚えてやがる」
思い出すだけで苛立ちを感じたので、落ち着かせるためにももう一つため息をついた。その様子に、ミスティアは苦笑した。
「命があってよかったわね。キルスも一応は助けることが出来たみたいだし。今後どうなるかよね……」
「また囚われてたら……」
「殺しちゃう?」
小さく笑って言ってきたことに少し驚いた。彼女の口から「殺す」なんて初めて聞いたかもしれない。口元は微笑んでいるが、目は笑っていなかった。
「……ミスティアがそう言うとは思わなかったな」
「あら?思ったことをハッキリ言うなんて、いつものことじゃない」
終わったわよ、と言いながら右腕にあてていた手を離した。跡は綺麗に無くなっていた。アルスは短く礼を述べた。
「コートはちょっと時間がかかりそうなの。代わりのものがあればいいけど。それよりも、今着ている服もどうにかしないとね」
ミスティアは部屋の奥へと消えていった。随分と世話になってしまい、気まずかった。そこまでしなくてもいいのだが、と正直思っていた。
しばらくして替えの服を持ってきてくれたので素早く着替え、短剣も装備した。髪を束ね直し一息つくと、ラウルが入ってきた。
「ホーリアの近くで不穏な動きがあったらしい」
ありがたくない情報を聞き、気を引き締めた。
「向かう前に、シェラの様子を見に行こうと思うんだけど、行く?」
シェラと言えば、トア・ル森へ向かったきり再会していなかった。右腕のガントレットが燃えたか何かで、封印していた竜の腕がひと暴れした……とのことだった。
行かないという選択肢は無かったので、アルスは無言でラウルについていった。
「とにかく無事でよかったよ」
シェラが森での出来事を話した後、ラウルはホッと胸を撫で下ろしながら微笑んだ。
アルスは話を聞きながらずっと召喚士の右腕を見つめていた。うっすらと靄が取り巻いていた。左手で腕を押さえ続けているのは、まだ痙攣がおさまっていないからだろう。汗が首筋を伝っていった。
ふとヘイレンに視線を移すと、彼はソファでぐっすり眠っていた。アルティアの翼を癒しの力で治したらしい。すぐに発動できるようになったのはいいが、使い終えてから疲労回復までがまだまだ長いようだった。
「そうそう、アルスにもちらっと話したけど、ホーリアで不穏な動きがあったらしいよ」
ラウルは笑みを消してストンと真顔になる。
「ヴァルストが姿を現したらしい。国の周りを巡回していたホーリアの兵士が、青白く光る大柄のヒトが立っているのを目撃したそうだ」
目撃されただけで、攻撃はされていないらしい。が、いつ戦が起きてもおかしくない状況ではあるだろう。
「事態は一刻を争う。今から向かってヤツを見つけて、ホーリアの滅亡を阻止する」
決意は簡単に言えるが、実戦はどうだろうか。アルスは正直、今のままでは阻止は厳しいと感じていた。
自分自身、ポルテニエでヴァルストに闇を奪われ、キルスに殺されかけた。ミスティアは超一流の体術者と言ってくれたが、それならば傷やら隙やら作らないだろう。
「ラウル、あいつと真っ向勝負するつもりか?」
言おうとしたことをシェラが問うた。問われたほんにんは首を横に振る。
「遠距離攻撃で相手を屠るつもりだよ。私の武器は弓だからね。近接は奥の手だ」
確かにラウルこそ超一流の射手だ。気配を消すことにも長けているし、何なら地に姿を隠すこともできる。ヴァルストを追い詰め、止も刺してしまえそうだ。
「俺がどうにかしてあいつを弱らせるから、止は任せた」
真っ向勝負は近接型のアルスのほうだ。厳しくとも弱気になってはならない。奴の復讐を許してはならない。
ラウルはアルスを見据え、小さく頷いた。僕は、とシェラが申し訳なさそうに口を開く。
「今日は安静にしてろとウィージャに言われてしまって動けない。明日には回復させておくから……ごめん、加勢が出来なくて」
「竜の力をまた使う、ってのはやっぱり厳しい?」
ラウルは持てる力は全て使いたい考えのようだ。シェラも苦笑しながらも「使えるものなら使いたいよ」と返す。
「コントロールできればいいんだけど、だんだん自我を支配されるまでの間隔が短くなってて。今回も完全に支配される前に氷漬けに出来たから何とかなったけど……また抑えられるかというと、正直わからない。みんなを襲うかもしれない」
「竜の腕になったのってこれが初めてじゃないんだ?」
「ああ、うん……何度かあった。始めは勢いでその力を使ってたけど、段々と竜の意識が僕のそれに入り込んでくるようになって。いつかは完全に囚われてしまうだろうなと思うようになった。だから、極力この力は使いたくないんだ……」
そうか、とラウルは頷いた。シェラには氷の魔法と召喚獣がいる。そしてかなり威力が高い。竜の力が無くとも充分戦力になる。
だが、今はかなりつらそうだった。しっかり休んでもらわないと、明日に響きそうだ。
「シェラを休ませてあげて。熱が上がってきてるわ」
いつの間にかミスティアが部屋に入ってシェラを看病していた。タオルで汗を拭き、額に氷嚢をそっと置くと、召喚士は長く息を吐いて眠りについた。
「……ごめん、シェラ」
ラウルが小声で謝った。
アルスはラウルとヒールガーデンを出て、ダーラムの東門へと向かっていた。トア・ル森へ繋がる街道がある側だ。そこから少し進んで分かれ道を南へ行くと、火の国ファイストの領地へと入る。彼らはモントレアに向かおうとしていた。
『炎の竜騎士』フレイに会って、彼女の竜に乗せてもらい天空界へ向かうためである。
モントレアは火の国の首都で、「炎の都」と称されている。街の最奥には大きなたいまつがあり、「聖なる炎」が灯っている。この炎が外敵から街を守っているという言い伝えがある。
都へはダーラムから徒歩移動だと7日はかかる。休まずに行ったとしても4日ほどの距離だ。なので、基本的には馬かグリフォリルに乗って移動する。馬だと半分の日数で、グリフォリルは1刻半(約3時間)あれば辿り着ける。
地の国アーステラとその東に位置する風の国ヴェントルとの距離は1日あれば行けるくらい。西に位置する水の国ウォーティスも同じくらいだ。地の国は南に広大な領土を持っているため、火の国が遠い。
ダーラムの南に広がるその広野には大きな街はなく、小さな集落がいくつかある。徒歩の旅ビトは、点在する集落で身体を休める。
街道があるため迷うことは滅多にないが、強風で砂塵が起きることがある。そんな日に移動すれば街道から外れてしまう。そうなると魔物の餌食になる。街道を大きく外れれば、そこは魔物のテリトリーだ。
アルスとラウルは、東門に着いたらダーラムの騎士団が飼育しているグリフォリルを2頭借りる手続きをしようと考えていたが、いざ着くとヒトだかりが出来ていた。何の騒ぎかと覗いてみると、門外に飛竜の姿が見えた。
くすんだ赤い色の身体とオレンジ色の鬣、体長はヒトが5にんくらい乗れる程で、硬い鱗で覆われた長い尾をゆっくり左右に振っていた。体格の割には頭は小さく、首も長くはない……アルティアと同じくらいの長さだろうか。行儀良く大人しく伏せていた。
ヒトが集まっていたのは、飛竜の前脚付近だった。頭一つ抜けていたアルスは、輪の中心にいたジンブツを確認した。目が合うと、そのヒトは「あっ」と声を発した。
途端、輪を作っていたヒトビトが一斉にこちらを向いた。一瞬気まずい空気になったが、そろそろと道を開けてくれた。アルスが一歩踏み出す前に、向こうから寄ってきた。
暖色系のチュニックにベージュのズボン、膝下までのブーツ、煉瓦色のコートを羽織り、ハーフアップにした臙脂色の髪と、飛竜の鬣と同じ色の眼をした小柄な女性。
「やっと会えた!エクセレビスで保護されたって聞いてたのにダーラムにいるってウォレスが……いつ解放されたの?」
どうやらアルスを探していたらしい彼女は、隣にいたラウルを見て首を傾げた。
「珍しい……ラウルと一緒だなんて」
どうも、とラウルはにこやかに挨拶した。
「あなたを訪ねようと思ってたところだよ」
「あら、そうなの?」
「ていうか、何でフレイはアルスを探してたの?」
そうそう、と彼女……フレイはアルスに視線を移す。
「国をあげて探し回ってた虐殺犯って、結局どうなったのかなーって。あと、ホーリアの近くで青白いく光る謎のジンブツが亡霊のように立ち続けてるって……そのジンブツが、やっぱりアルスに似てるって話題になって」
しかしアルスはここにいるし青白く光らない。ラウルが渦中のジンブツ……ヴァルストについて話した。
時空の裂け目からやってきたかもしれないこと、アルスの兄キルスを洗脳して共にホーリアを滅亡させようとしていたこと。トア・ル森での虐殺犯は、ヴァルストではなく、別のジンブツだったことを付け加えた。
「虐殺犯はエクセレビスでヘイレンを襲おうとしてたところを一旦は退治したけど、また森でシェラとヘイレンを襲ったらしい。倒した、って言ってたけど」
「なるほどね……。で、ヘイレンって?」
ヘイレンについてはアルスが簡単に紹介した。フレイは何故か納得したような表情を見せたので、思わず首を傾げた。
「シーナが凄くそわそわしてて。都を発ってエクセレビスに向かった後からずっと。ダーラムの方角を見つめっぱなし。だからここに来た。今はようやく落ち着いてくれたけど、やっぱりどこか気にしてるのは、そのコに関係してるのかもしれない」
シーナとは、目の前に伏せていた飛竜のことだ。今は頭を上げてダーラムの街中を見つめている。とは言っても外壁で覆われているので、実際には壁を見つめている格好だが。
「あなたがここにいるということと、ヴァルストというヤツがホーリアを滅亡させようとしていることがわかったわ。で、私を訪ねようとしたのは……行くためよね?」
ラウルとアルスは同時に頷いた。
「……シェラはどうしたの?ヘイレンもいなさそうだけど……」
「シェラは休養中。まあ、ちょいと怪我の治療中ってとこかな。ヘイレンもお休み中だったね……」
ラウルの軽めな口調に緊張が緩みそうだ。今から死闘になるかもしれないのに。アルスは息を吐いて気合いを入れ直した。
フレイの周りに集まっていたヒトビトはそろそろと門をくぐって街中へ戻っていった。自分たちだけになると、彼女は振り返り、シーナに呼びかけた。
「アルスとラウルと一緒に、ホーリアの近くまで向かうわ。みんなを乗せて」
すると、シーナは喉を鳴らしながら少し動いて左前脚を突き出した。そこに足をかけて肩を持ち、背に跨る。翼の付け根付近はフレイが乗る場所なので、やや後ろに乗ることになる。
先にラウルが乗り、次にアルスが乗った。安定していて乗りやすい。少し突き出た小さな角のような突起物を掴むか、もしくは鬣を掴んでバランスを取る。強く掴まれても気にならないそうだ。
アルスを挟んで後ろにラウル、前にフレイという体勢。彼女の合図で飛竜は翼を広げ、大きく羽ばたいた。砂埃が巻き上げて浮上する。この浮く瞬間が、何度乗っても慣れない。思わず力が入り、目を閉じる。
風に乗って、上昇しながら前進していくと、ゆっくり目を開けた。前にいるフレイは跨った姿勢ではなく、しゃがんだ体勢だった。竜騎士の騎乗スタイルだ。背後のラウルはアルスに背を向けて座っていた。
ひとつ羽ばたくごとに高度がぐんと上がる。あっという間に雲の高さまで昇り、やがて空に浮かぶ巨大な大陸が姿を現した。
長く伸びた線状の雲に囲まれて、それは浮かんでいた。陽光に反射して、大陸の内部が見えづらいが、低い家々が建ち並び、遠くには塔のような建物がある。おそらく城だろう。
「これが天空界最大の国、ホーリアか……」
アルス自身も天空界の種族だが、聖なる国を見たのはこれが初めてだった。
一族にとって脅威でしかない国は、こんなにも大きかったとは……。
聖なる国ホーリアの周りには点々と大小様々な浮島がある。大きい島は魔物の住処となっているが、小さな島はヒトも魔物も住んでいない。
シーナが何かを見つけたらしく、減速してホバリングをし始めた。フレイも見えたらしく、近くの小さな浮島に着地するよう指示した。
浮島に着地する直前、一瞬視界が眩しくなった。きん、と高音の耳鳴りがしたが、すぐに治まった。程なくして、シーナが浮島に手足を置いた。
じんわりと、全身が温まる感覚に陥った。陽光を浴びているせいだろうか。と、突然手に違和感を覚え、思わずアルスは己の手を眺めた。非常に弱いがピリピリする。
「どうした?飛竜の乗り心地に慣れなかった?」
ラウルがシーナから降りてこちらを見上げていた。アルスは首を横に振る。
「何でもない」
そう言いながら飛竜から降りた途端、足からぞわりと全身を何かが駆け巡った。力が抜けそうになるのを必死に堪える。膝に手を当て上半身を屈める。
何が起きているんだ……?
耐えられず片膝をついた瞬間、ラウルが飛んできて身体を支えてくれた。
「どうした?」
「わからん。火で焼かれるような、感電しているような……シーナが着地してから急に……」
息苦しくなってきた。明らかにこの浮島に何かある。ラウルはアルスをゆっくり立たせ、シーナに乗るように言った。何とかよじ登るが、起きていられず突っ伏した。フレイは飛び乗ると、すぐに浮上させ浮島を離れた。
「聖なる力が浮島の地に溶け込んでいるんだわ。それがあなたの身体を壊そうとした。あれ以上いたら本当に燃えていたかも」
ゴツゴツした飛竜の背中を全身で感じながら、フレイの言葉をぼんやりと聞いていた。徐々に痺れや熱さが退いてくる。やがて起き上がれるようになったので、上半身を起こして浮島を眺めた。
ラウルがぽつんと立っていたが、彼の視線は彼方に浮かぶ別の浮島を向いていた。同じ方角に視線を向けると、青白い光がぼんやりと見えた。
「あいつが……ヴァルスト?」
フレイも前屈みになりながら注視する。青白い光に混じって、濃い紫色の靄が立ち込めていた。
「おそらくな。相当強い闇を感じる。怨念や怒り、そういった力があいつの力を増幅させている」
浮島から離れたら離れたで、今度はヴァルストが放つ『心の闇』が溢れて辺りに漂っているのを感じた。
黄昏時、辺りが暗くなり始めると同時に、うっすらと紫色の靄……アルスが見えるものではなく、ヴァルストの魔力の実態……が見え始めた。そして……ヴァルストが動いた。
風が強く吹き、どす黒い闇が勢いよく放たれた。刹那、国を囲む全ての浮島が靄に覆われると、白い煙が立ち上り、消えていった。
ラウルは間一髪のところで飛び退きシーナの尾を掴んだ。器用に尾から背に登ってくる。
「聖なる力を浄化する闇って聞いたことない!あいつ相当ヤバイかも!」
フレイが叫ぶ。シェイドの血と闇を奪い、アルスもまた、全てではないが力を奪われた。他にもあらゆる場所で闇を取り込んできたらしいから、凄まじい魔力だ。
闇が強風と共にアルスたちを飲み込んだ。断末魔の叫びのような音で耳が痛い。吹っ飛ばされないように飛竜の身体にしがみつく。シーナは少し高度を下げ、闇から逃れようとした。闇はどんどん広がり、やがてホーリアを侵食し始めた。
塔のような城の周りが黒く覆われると、所々で火花が散った。程なくして煙が立ち始めた。
「シーナ、城の上空へ!」
命令を受けて、飛竜は大きく羽ばたいた。再び闇に入り、高度を上げると同時に城へ近づいていく。同時に、また息苦しさと熱さ、痺れがぶり返してきた。
「アルス、これを」
背後からの声に上半身をねじらせると、ラウルが魔法石を差し出していた。紐に通され、ペンダントのようになっている。
「外れないように着けるから、そのままでいて」
そう言うと、アルスの左腰あたりにしっかりと巻きつけ固定した。腰からじわりと、微弱ながらも熱さを感じたものの、息苦しさなどが無くなった。
「さっき浮島に着地した時に、地面から生成した聖石なんだけど、これがアルスを守ってくれる。ちょっと腰回りが熱くなるのは我慢して」
これくらいなら大丈夫だとアルスも思った。この小さな石が、無駄に大きな身体を守ってくれるとは心強い。
身体を戻して、視線を聖なる国に向けようとしたが、自分と同じ目線の高さから別の視線を感じ、それを見た。禍々しい光が迫って来ている気がした。
「フレイ、避けろ!」
ハッとした彼女は、けれども冷静にシーナに命じる。
「上昇!みんな掴まって!」
素早く羽ばたいて避けようとした。が、光は真っ直ぐに行かず、飛竜目掛けて曲がってきたのだ。
シーナの腹部に赤紫の闇が強くあたり、瞬く間に炎の如く燃え広がった。突然の衝撃と痛みに、飛竜は雄叫びをあげて身体をよじらせた。
腰が浮き、宙に投げ出された。アルスは咄嗟に左手で背中の突起物を掴もうとしたが、届かなかった。
落ちる……!と思った瞬間、細い手がアルスの左手首を掴んだ。反射的にその手を掴み返した。
翼の付け根にしがみつきながらも、フレイはアルスを掴んだのだ。彼女も落ちそうになっている。まずい。
シーナは皆を振り落としたことに気づいたのか、腕を翼の付け根に寄せてフレイを助けた。足場が出来た彼女は大勢を立て直した。
「シーナ、降下!」
飛竜はふっ、と一瞬力を抜いた。アルスの身体がふわりと浮いた。思わず息を止めてしまったが、フレイが思いきり手を引っ張って飛竜の背中に寄せ「つの!」と叫ばれて我に返った。
突起物を掴み、足をかけて背に戻った。乗れたのを確認すると、一旦ホーリアから遠ざかるように指示した。苦しそうな唸り声を出しながら旋回する。闇がまとわりついていて、シーナをじわじわと弱らせていた。
「ちょっとマズイわ……」
不安になるフレイを見て、アルスは突起物を掴んでいた右手を平らな背に当てた。目を閉じて念じる。
闇よ集え、我が身に。我が糧となれ!
目を見開くと、右手に力を込めた。刹那、まとわりついていた闇がアルスの右手に吸い込まれ始めた。右眼が疼き、鼓動が早まったが、かまわず闇を取り込み続ける。
赤紫の闇が薄れてくる。シーナの唸り声が止んだ。ゆっくりと降下し、ホーリアを囲んだ闇を抜け、近くの浮島に着地した。
その頃にはすっかり闇を吸い取りきっていた。一旦目を閉じ、深呼吸をして再び目を開ける。息を吸った瞬間、心の臓が大きくドクン、と鳴った。頭痛、目眩、吐き気と悪寒が一度にやってきた。思わず胸と口を押さえて飛竜から転げ落ちた。
浮島の地に突っ伏しても痺れや焼ける感覚は無かった。聖なる力が溶け込んでいないのか、闇を取り込んだ反動が強すぎてわからないだけなのか。激しい苦痛が絶え間なく続く。浅い呼吸を続けながら必死に堪えていたが、やがて意識が飛んだ。
その後、フレイはアルスをシーナに乗せてダーラムまで戻り、ヒールガーデンに飛び込んだという。そして、アルスを残し、彼女はもうひとり……ラウルの行方を探しに空へ戻っていった。




