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序章

 その一族は『負の闇』を取り込み、命の糧とする力を持っていた。


 取り込まれた闇は、体内で宿し主に苦痛を与える。主はただ耐えるのみだが、克服すれば命の器を満たし、己の力となる。それは自身の生命力を高めた。それは人々を襲う魔物を屠った。それは町一つを簡単に消し去ることができた……。


 『負の闇』を取り出された者は一時意識を失うが、その後ゆっくりと目覚め、穏やかな気に包まれる。自分が何故、怒りや悲しみ、憎しみ恐怖を覚えていたのか、思い出すことが出来なくなる。……思い出す必要のない記憶ではあるが。


 そうやって、ヒトビトの代わりに闇を喰らって浄化させ、救ってきたはずだった。だが、いつしかそれは、救う為の力ではなく、その闇を利用し世界を混沌へと変えていく力になっていった。


 彼らは『黒の一族』と呼ばれていた。

 黒き衣を(まと)い、黒と濃い紫の(もや)のような炎のような、禍々しい物質を生み出す。その姿は死神の如く。いつか災厄を起こすに違いない、そう決めつけられたある日、彼らは聖なる国によって、彼らの国ごと滅ぼされてしまった。


 突然奪われた国土、そして民の命。一族の長は抵抗した。己から湧き出す怨みや怒りを力に変えて。その抵抗も、たった一発の聖なる力で打ち消され、肉体を焼かれた。生き残ったものはわずか。もはや空を捨てるしかない。彼らは空の地から飛び降りた。落ちてゆく生き残りに聖なる光は容赦なく襲いかかる。抵抗する間もなく撃たれ、火の玉の如く燃え尽きていった。ただひとりを除いて。


 聖なる光が当たる直前、己の心の闇を最大限に引き出し、時空を裂いた。世界が一瞬揺らいだ。空が青から白へ、白から黒へ、無数の星たちが共に流れ落ちてゆく。身体が熱くなる。光が当たったのかと一瞬絶望し顔を上げる。聖なる光は裂け目の間を通り、わずかに逸れた。そのまま星たちと共に流れていった。


 助かった……のだろうか。いや、今、私は何処にいるのだ?闇に囚われていた心が解放されて我に返った瞬間、凄まじい目眩と耳鳴りに襲われた。もはや自分がどういう状況に置かれているのかわからない。割れそうな頭を抑えながら、だんだんと閉じてゆく裂け目に向かって必死にもがいた。この空間に閉じ込められたらそれこそ死であろう。


 しかし手を伸ばすも、それはふつりと消えてしまった。目眩と耳鳴りは治まらない。もはやなす術無し。深く二呼吸程したのち、叫んだ。


 この痛み、熱さ、怨み、怒り、悲しみは決して忘れぬ。必ずや一族の仇を取ってやる……!






 時空の狭間に取り残された『黒の一族』はその後、長い年月を経て、不意に現れた新たな時空の裂け目から飛び出した。落ちていく身体は凍りつき、そのまま海に沈んだ。海水は身体をゆっくり溶かしながら浮上させていった。やがて海面を破り、冷たい海風に晒された。


 突然肺に空気が入ってきて咳き込んだ。どうしてか海水は飲まずに済んだらしい。溺れて手足をばたつかせていたが、地に足が着いた途端、すとん、と何かが落ちたかのように冷静になれた。


 あたりをぼんやりと眺める。近くに小さな浜があり、その奥は岩でできた洞窟のようだ。見上げると、光がキラキラと差し込んでいて、時折り泡が漂っている。


 ……泡だと?


 もう一度視線を前に戻すと、驚いた表情でこちらを見ているヒトがいた。身体が冷えてきたので、ゆっくり浜辺に向かった。こちらを見ていたヒトをよく見ると、耳が魚のヒレのようで、青く輝く鱗のような胸元、流れるような白い衣を纏う女性だった。


「時空の旅人様が生きていらっしゃるのは、あなたが初めてです……」


 透き通るような声でそう述べた。


「私は……時空の狭間に逃げ込んで、出られなくなったはずだ。死んだと思っていたがここは何処なんだ?ここは死後の世界なのか?」


「貴方は水界の時空の裂け目から出てきたのです。100年に一度、ここで時空の歪みが起き、裂け目が出来ます。その度に誰かが訪れるのですが……」


 裂け目を抜けた先が水であるが故に、今まで出てきたヒトは皆溺死したという。


「お体冷えますでしょう?浜辺に上がってくださいな。温かいものを用意しますね」


 どうぞこちらへ、と案内されたのは、奥の岩でできた洞窟の中だった。中央に大きな岩のテーブルがあり、既に湯気が立つコップが置かれていた。


「お白湯ですが……きっと温まるはず……」


 礼を言って一口飲んだ。熱すぎず、滑らかに喉を伝っていく。胸元がじんわりと温まると、緊張が解れ、大きく深呼吸した。


 しばし沈黙の時が流れる。洞窟の中は低い唸り声のような音が絶え間なく鳴り響いている。微風が巡っているようだった。


 さて、と女性が白湯を飲み干すと、ここの場所について改めて話し始めた。


「ここ水界は、リヒトガイアの海のはるか深くに存在する世界。私たちセイレーン族や、マーメイド族といった、半人半魚の住処でもあります。そしてこの洞窟と小さな浜辺は、『時空の裂け目』を見守る場所。……時空の旅人様が無事にここへ上陸したのは初めてなので、正直どうしたらいいか戸惑っています……」


 リヒトガイア……天空界、地界、水界からなる星。少し安堵した。全くの別世界へ飛んでしまったわけではなかった、と。彼は天空界の4つ国のうち、何にも属さない『無』の国エフーシオの民である。


 ここから天空界へ戻るとなれば、一度地界へ出なければならない。ただ、その手段が泳いで海上へ向かう、としか思いつかなかった。地界へ行くならば、と女性は目を閉じて静かに唱え始めた。すると、大きな泡がぼんやりと現れた。


「この中に入っていただければ、海上まで浮上します。海面にかかると壊れてしまいますので、溺れないように気をつけて……」


「この泡で海上までどれくらいだ?」


「そうですね……潮の流れにもよりますが、大体3の刻(1の刻=約2時間)ぐらいでしょうか。今から向かわれても着く頃には、真夜中あたりかと」


 そんな時間はかけられない。すぐにでも戻らねば。……戻る?何処へ?国は滅ぼされたのだ、帰る場所など何処にもない。それなのに、胸騒ぎがする。その刹那、浜辺の方向からキン、と耳をつん裂く音がした。目眩と耳鳴りが襲ってきた。


「まさか……!」


 女性は浜辺へ飛び出していった。よろめきながらも後を追い洞窟を抜けると、水上に『時空の裂け目』が現れていた。


「こんな短時間でどうして……」


 この裂け目に再び飛び込んだら、天空界へ戻れるだろうか。別の時代の水界だったり、リヒトガイアではない世界の可能性だってある。だがこの裂け目は……自分が飛び込まなくてはならないもののような気がしていた。


 ゆっくり近づいていくと、目眩が消える代わりに頭痛が押し寄せてきた。構わず歩み続ける。入水し、さらに近づく。


「次は何処へ飛ばされるかわかりませんわよ!それでも向かうのですか!?」


「ああ。不思議と天空界へ戻れる気がするのだ……だから……私は行く!」


 裂け目に向かって手を伸ばした瞬間、見えない何かに手首を掴まれる感覚がしたかと思うと、力強く引っぱられた。激しい頭痛と耳鳴りで、また意識が遠のく。


 闇の空間、眩い光が駆け抜けていく。身体が振り回されて方向感覚を失う。先程よりもずっと長くこの感覚が続いた。


 今度こそこのまま時空の狭間で絶命するのでは……そんな不安と恐怖が押し寄せてくる。ここで死んでたまるか……!!必ず!仇を討つと誓ったのだから……!!


 遠くに光の線が見えた。

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