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彼の死に様

性懲りもなくまた思い付きで書いてしまいました。

せっかくなのでお付き合いいただければ嬉しいです。

 爆発によってあちこちが破壊された部屋の中央で一人の男性が仰向けに倒れていた。

 年の頃は壮年の盛りといったところか。制服に包まれているその身体は鍛えていたのだろうがっしりした体格を誇っていたが、今は煤と埃とそして自身の血にまみれていた。


「ウラド長官!」


 そんな彼の下に数人の少女たちが駆け寄って来た。


「しっかり!気を確かに!」


 覆い被さらんばかりの勢いで一人の少女がすぐそばで膝をつく。その背後で別の少女が隣に立つ者に目配せをするも、返ってきたのは首を横に振る動きだった。

 ウラドと呼ばれた男性の身体から流れ出た血は彼の衣服を真っ赤に染め上げるほどの量となっている。既にどんな名医であっても手の施しようがない領域にまで達してしまっていた。


「無駄だ。私はもう助からない」


 本人もそれを自覚していたのか、諦めの言葉を口にしている割に声音も表情も落ち着いていた。


「……一つだけ聞かせてください。どうしてこんなことを?」

「以前にも言っただろう。君たちのような子どもが戦うのは気に入らない、とな」

「子どもじゃありません」


 半ば反射的に膝をついた少女がむっとした顔つきで言い返す。

 が、倍以上も年の離れた彼にとっては、そんな反応は織り込み済みだった。


おじさん(・・・・)からすれば十代なんてまだまだ子どもに見えるものらしいのでな」

「き、聞こえていたんですか……」


 ウラドの言葉に少女たちの中でも年長の一人が頬を引きつらせる。その台詞はかつてむくれる仲間たちをなだめるために彼女自身が言ったものだったからだ。

 ばつの悪い顔つきになる少女たちに、こんな状態であるにもかかわらず笑いがこみあげてくる。


「くっくっく。私のあだ名の中には地獄耳なんてものもあってな。まあ、実際その通りではあるのだが、これからは他所では発言に気を付けることだ」


 あまり凹ませるのも酷だろうし、説教臭い大人は若者からは嫌われるものだ。命の火が小さくなっていくのを感じながら、ウラドは話題を変えることにした。


「……本来ならば君たちもまた守られるべき側だったはずだ。それが何の因果か生体部品(コアユニット)の適性などというものが発現してしまったがために戦いの最前線に出すことになってしまった」

「でも、私たちは後悔なんてしていません。この力のお陰でたくさんの大切なものを守ることができているから」


 真剣な眼差しはその言葉に嘘がないことを強く物語っていた。


「無理矢理戦わされているのではない、自分の意志で戦場に立っていることは知っている。だが、それを許容できるかどうかはまた別問題なのだよ。戦うことを選択した者として、何より一人の大人として君たちのような若者ばかりが危険に晒されているのを黙って見物などしてはいられなかった」


 だからこそこちらも飾ることなく思いの丈を伝える。世界のためだの人類の未来だのという美辞麗句を並べ立て、若者を凄惨な戦場へと送り出すことしかできないなど、軍人の彼には我慢がならなかったのだ。


「……しかし、結局我々のやったことはただの独り善がりだったようだ。負担を軽くするどころか、こうして君たちの手を煩わせてしまったのだからな」


 一つ大きな息を吐くと同時に、残り少ない命がごっそりと減っていく。はた目にもそれが感じられたのか、少しでも長く彼の命をつなごうと少女たちが次々に言の葉を紡いでいく。


「そんなことはありません!」

「今回は失敗してしまったかもしれないけど、この研究はきっと世界の、人類の力になるはずです!」

「ありがとう。そう言ってもらえるなら部下たちもむくわれることだろう。それと、恥の上塗りで情けないところなのだが、研究に携わった者たちをそちらで保護してはもらえないだろうか?」

「大丈夫ですよ。そちらはもうアヤさんが動いているみたいですから」

「はは。そこまでお見通しだったか。さすがはヒョウベ女史だな」


 ヒョウベ・アヤ、役職的には少女たちの上司ということになるのだろうが、実質的には彼女たちの姉代わりの女性だ。

 私生活ではずぼらなところもあるが、対侵略者独立部隊の指揮官に任命されるだけあって公的な面ではとてつもなく有能な人物である。


「これで安心して最後の役割を果たせる」

「最後の役割?」

「もうじき連合軍の部隊もやって来るだろうからな。無謀な実験を強行した愚者として、ここに屍を晒す」

「まさか、ウラド長官が全ての責任を取るつもりですか!?」


 これだけの被害を出してしまったのだ、収まりをつけるためには誰かが悪者となって責任を取るより他ない。研究と開発を容認してきた連合軍――実質的には命令、推進していた――としては絶対に反論をすることがない物言わぬ(むくろ)である方が都合が良い。


「上に立つ者としてこればかりは譲れんよ。なに、どうせ残り僅かな命だ。もしも少しばかり早まったとしても誤差でしかないさ。……さあ、もう行きなさい。連合軍には君たちを良く思わない連中も多い。直接手を出すような真似はしないと思うが、鉢合わせになるのは避けた方が無難だろう」

「で、でも……」


 死に瀕している者を、しかも死後その名誉が著しく損なわれようとしている相手を放置していくことにためらいを感じてしまう。

 戦場では一騎当千の活躍をしていても、そこはまだ十代の少女たちだったということか。


「こんなことで侵略者に対する戦力が減って欲しくはないのだ。それとも、こう言った方がいいか。対立していた相手に看取られるような無様な真似はさせないでくれ」

「……分かりました。みんな、帰ろう」


 ウラドの台詞は建前だ。

 だが、だからこそ尊重しなければいけない時もある。


「え?」

「でも……」

「ここに居ても私たちにできることはないわ。私たちは私たちの戦場へ戻りましょう」


 そう言うと、未練を断ち切るようにくるりと振り返る。


「さようなら」


 そして、小さく別れの言葉を残して少女たちは去って行く。

 その後ろ姿に向かってウラドは小さく微笑んだ。


「願わくばあの子たちの一人も失われることなく勝利を迎えられることを……。それくらいは祈っても構わないだろう?」


 誰かに問いかけるような台詞を最後に、彼は静かに息を引き取った。

 その直前、爆発の影響で脆くなっていた壁の一部が崩れて不自然なほど周囲に轟音を響かせていた。


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