第4話「催眠術入門」
本日は2話投稿!
1話目です。
「ふっざけんなああああああああああああああああああ!!」
僕はめちゃめちゃ苛立っていた。
図書館から借りた本じゃなければビリビリに破いていたかもしれない。
それくらい、読んだ本に書かれていた内容にカチンときていたのだ。
本のタイトルは『催眠術入門』。
近くの図書館から借りてきた本だ。
ここの至るまでの話をする。
相も変わらず本からネットについての知識を得る日々を続けている僕だが、最近は学校の図書室に置いてある本じゃ物足りなくなり、図書館に置かれている専門誌のアーカイブや厚めの本にも手を出していた。
最初は専門用語が多くてかなり難しかったのだが、いろいろと読んでいるうちに何を言っているのかがわかるようになってきた。
多分パソコンが手元にあればもっと理解が進むんじゃないかと思う。
そう考えると、そろそろパソコンを手に入れるにもいい頃合いなのかもしれない。何せもうすぐ夏休み。
幸い僕には一緒に遊ぶ友達もいないし、どこかに出かける予定も皆無。
じっくりとパソコンをいじったり、図書館に通い詰めて知識を深めるにはもってこいの期間が訪れるわけだ。
ひとつだけ心配があるとすればありす成分の不足だ。
ありすがどれだけ復讐に値する存在なのかを日常的に認識しないとモチベーションが薄れそうなのが怖い。僕が研究を続けるにはありすが必要なのだ。
幸いあいつとはいつでも連絡が取れる。
入学祝いに僕がスマホを買ってもらったと知ると、無理やり人のスマホにSNSをインストールして自分の番号を登録してきやがったのだ。
『アンタがスマホぉ? どーせキモいソシャゲしかしないんでしょ~?』
『あーかわいそ。私が暇なときにグルメ自慢とかしてあげよっか?』
『ほらっ、抵抗しても無駄なんだから! 貸しなさいよ。ほーらやっぱソシャゲ入れてるじゃん。プークスクス、ほんとキモーい♪』
『はいっ、登録おわり。私の番号もらえるなんて果報者よ、泣いて喜びなさいよね! アンタごときが私の番号もらえるなんて本来なら絶~っっっ対にありえないんだから!』
……あいつすごいな、思い出すだけでやる気と復讐心がもりもり湧き上がってくるぞ!?
モチベが途切れそうになったらメッセージを送ってありす成分を補給しよう。まあ向こうからしょっちゅううまそうなスイーツの写真を送って自慢してくるので、その必要もないかもしれないが。僕が甘党だと知ってて送ってくるんだあいつ。
やはりありすは催眠アプリで土下座させるべきである。
そんなわけでネット知識を深めるために今日も今日とて図書館で本を探していたのだが、ふと思ったのだ。
「一応催眠術というのが具体的にどんなものなのか知っておくべきではないか?」
催眠アプリとは画面を向けるだけで何でも言うことを聞かせられるというすごいアイテムなので、別に原理とか気にする必要もないのだろうが、考えてみると催眠状態にかかった相手の扱い方がよくわからない。
うかつな行動をして催眠状態が解除されてしまうと厄介なことになるだろう。
そう考えると、催眠アプリを手に入れる前に予習をしておくのも悪くないと思ったのだ。
そして家に帰り、さてじっくりと読むかと本を開いたら、そこには衝撃的な内容が書かれていた。
『まず初めに知っておいていただきたいことは、マンガなどのフィクションに登場するような、相手に何でも言うことを聞かせられるような“催眠術”は実在しないということです』
『催眠術とは相手の意思を奪って好き放題できるような技術ではありません。そんな技術が実在するとすれば、私たちの社会はめちゃめちゃになってしまうことは容易に想像がつくでしょう』
『多くの人は“催眠術”と聞くと、催眠術士が5円玉をぷらぷらと振ったり、揺れる炎を見つめさせることで、暗示にかかった人が自分を動物だと勘違いしたり、立てなくなったりする光景を想像するでしょう。これは“舞台催眠”と呼ばれるものですが、そのほとんどはただのショーであり、インチキです』
ば……馬鹿な!?
そんなわけないだろ!
これが本当なら、催眠アプリは実在しないことになるじゃないか!?
僕は激しい動悸を覚えながら、震える指でページをめくる。
じゃあ催眠術ってなんなんだ。この本は『催眠術入門』じゃないのか。
実在しない“催眠術”をどうやって入門させるっていうんだ。
読み進めたところ、この本がいう“実在する催眠術”とは“催眠療法”のことを指すらしい。
人間の脳みそは案外不自由にできていて、辛い思い出や暴力を振るわれた記憶はトラウマとなって本人が望まずとも思い出され、心身を脅かす。
あるいは子供の頃に虐待を受けたなどといった自分でも思い出せないような記憶が、無意識のうちに行動や思考に悪影響を与えることもある。
“催眠療法”とは暗示状態に置かれた人のトラウマを和らげたり、あるいは無意識下の記憶を掘り出したりすることで、人の心を救う技術なのだという。
もっとも、その有効性が科学的に確認されているわけではないらしい。
一応“舞台催眠”についてもすべてがインチキだとは断定することはできず、思い込みが激しい人相手や特殊な状況下ならば、腕が上がらなくなる程度の暗示を刷り込むことはできると書かれている。
特殊な状況下というのは、たとえば『こっくりさん』や交霊実験、あるいは心霊スポットのような超自然的な現象が発生してもおかしくないと思えるときに、想定外の音や光を見て幽霊や人魂だと勘違いしてしまうような『思い込みを誘発する状況』だという。そうした状況では人間は自分が祟られたと思い込んで実際に身体に不調を起こしたりする。
まあそんな感じの、暗示とは思い込みを刷り込むことだといった旨が記されていた。
そこまではいい。
この著者は催眠アプリが実在することを知らないのかもしれない。
何せ“裏”の領域であるディープウェブに隠されているのだから、脳科学者だかなんだか知らないが所詮“表”の一般人でしかないこの著者には未知の代物なのだろう。
しかし結びに書かれていた内容が僕の逆鱗に触れた。
『この本を手に取った方は、もしかしたら女の子に一方的に好き放題できるなどといったいかがわしい目的をお持ちかもしれません。
しかし、そもそもそれは犯罪です。
本当の催眠術は、人の心を救える素晴らしいものです。あなたがまだ青少年ならば、ぜひ他人の心を救う道を将来の選択肢に入れていただきたいと思います』
「ふっざけんなああああああああああああああああああ!!」
いかがわしい目的以外でこんな本を手に取ることってある!?
ないだろ! 普通はいかがわしい目的をもって読むわ! 当たり前だろうが!!
それを……クソッ! 踏みにじられた! 僕の純情を踏みにじったな!!
許せんッッ!!
しかも他人の心を救えって何だよ! 僕は他人の心とかどうでもいいんだよ!
そもそも他人が何考えてるかなんか全然わからんし。せいぜい家族の表情で何考えてるか読める程度だぞ。かろうじてありすも入るかもしれない。あいつは単純でわかりやすいからな。
でもそれ以外の人間が何を考えてようが僕の知ったことじゃないわ!
催眠アプリを手に入れたとしても、僕は他人の心を救うためなんかに絶対使ってやらんからな!!
「あー本当に読んで損した! 時間の無駄だった!」
せめて催眠術にかかった相手をどう扱えばいいかとか書かれているなら多少は役にも立っただろうが、それすら書かれていない。
もしかしてこの著者は実際に他人に催眠術を掛けたことがないのではないかと思えてしまう。
そうであれば何が『入門』だ。むしろこの本自体がちゃんちゃらおかしいペテンじゃないか。
……まあでも、多少なりとも興味を抱ける部分を見出すとしたら、この『ラポール形成』という項だろうか。
ラポールとは催眠術をかける側とかけられる側の間の信頼関係を指すもので、互いが信頼しあう関係にあるほど催眠術はかけやすくなるという。
まあ言われてみればそりゃそうだろう。見も知らない相手にああしろこうしろと言われるよりも、家族とか友達に言われた方が従おうって気になるはずだ。
だから催眠療法では療法士が患者と信頼を築くことが重要視されるのだそうだ。
ラポールがどれくらい形成されているかの基準はさまざまだが、ひとつの目安としてはパーソナルスペースが挙げられる。
パーソナルスペースっていうのは、他人がその範囲までなら近付いても許せると感じる距離感のことだ。不潔な見た目の赤の他人なら隣の席に座られるのも嫌だろうけど、家族であればぴったり寄り添われても許せる。うちの両親なんかいつもべたべたしてるもんな。
……いや、でもありすはしょっちゅう僕の机に座ってくるけど、僕はあいつを嫌な女だと思ってるぞ。これ本当か?
だけどこの前壁に押し付けたら近すぎとか言って真っ赤になって怒ったし、間違ってもないのか……? うーむ。
まあ、もっとも催眠アプリは初対面のキモデブ親父とかが使ってもバッチリ効くスーパーアイテムなので、そんな心配は無用だけどな!
……いや、だけどもし……。
もし、ありえないことだが、万が一に、この本に書かれていることが本当で、催眠アプリが実在しなかったら。
自分の力で催眠術をかけて無理やり土下座させる場合、相当なラポールが必要になるわけだよな。
あのプライド激高のありすが土下座してもいいくらいとなれば、それこそ主従関係とか長年連れ添った夫婦とか、そういったレベルの信頼が必要になるはずで。
つまり僕がありすを土下座させるためには、絶対服従の忠臣ってくらいに忠誠を誓わせるか、唯一無二の理想の伴侶ってレベルまでメロメロにさせなくてはいけないってこと……?
「ふ……ふっざけんなああああああああああああああああああ!!」
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