第2話「アプリストアで催眠アプリが見つからない」
初日3話投稿!
2話目です。
「どういうことだ……!?」
僕はスマホを握る指をわなわなと震わせ、画面に表示されたにわかには信じられない結果に目を疑った。そんなバカな……!!
「催眠アプリが……アプリストアにないだと!?」
家に帰ってからじっくりとアプリストアを検索してみたのだが、催眠アプリがどうしても見つからない。
検索ワードが悪いのかと思って「催眠」「さいみん」「さい眠」「スマホで催眠術」などいろんなワードで試してみたが、何故か該当するアプリが見つかることはなかった。
「睡眠誘導」というアプリならいくつか見つかったのだが、多分これは違うよなー。
そうじゃない。
環境音を聴いてると脳のα波が刺激されてリラックスして眠れますとか、そういうのは求めていない。
僕が求めているのは画面を突き付けて「催眠!」と叫ぶと暗示状態になってなんでも言うことを聞いてくれるようになる、とても便利なアプリだ。言うことを聞いてくれるほかにも常識や認識を書き換えたり、記憶を弄ったりもできる万能アイテムなのだ。
ネット上から「催眠」で検索したら見つかったえっちなマンガにそういうことができると書かれていた。どきどきした。
「しかし……解せないな……。一体どういうことなんだ?」
「催眠」で検索すると山ほどえっちなマンガが出てくるが、そこに共通して描かれている催眠アプリが何故ストアにないんだ。
これだけ多くの作家が共通して描くモチーフなのだから、現物がないとおかしいはず。それなのにストアをどれだけ探しても催眠アプリは出てこない。
いや……まてよ。まさか……!
「プラットフォームが違う……!?」
僕が使っている林檎フォンはえっちなものにすごく厳しいアプリだと聞いた。その一方で、もうひとつのプラットフォームの泥井戸はえっちなものに寛容で、割と未成年にお見せできないようなアプリがごろごろあるのだと聞く。
親に中学の入学祝いということでスマホをねだったときに、林檎フォンを買ってくれたのもそういう理由があるからだと僕は睨んでいる。
となると、どうにかして泥井戸のスマホを手に入れる必要があるな。
「貯金いくらあったっけ……」
引き出しの奥から預金通帳を引っ張り出す。
お年玉は毎年ほぼ貯金しているのでかなりの額があった。ふふふ。ソシャゲはほぼ無課金で遊んでるからな。
これなら中古なら買えるか?
「……いや、だが待てよ」
冷静になるんだ。
考えたくないことだが……もしも泥井戸でも催眠アプリが見つからなかったとしたら?
スマホは月額料金がかかるのである。自分のお金で買うとなれば、維持費は自分で賄わなくてはならない。
そんな金食い虫なのに、催眠アプリが見つからないとなれば大変なことだ。無駄金オブ無駄金である。
それに、まだ林檎フォンには催眠アプリが見つからないと本当に決まったわけでもないじゃないか。
「どうしたら……いや、いい方法がある!」
わからないことは賢人に聞けばよい。
インターネットには質問すればなんでも教えてくれる、非常に賢い人たちが集う質問サイトがあると聞く。
中学生には特に人気があるサイトで、そこで質問すれば何でも教えてくれるのだそうだ。
僕は早速ブラウザアプリを立ち上げると、そこに質問を書き込んだ。
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Q
催眠アプリについて質問です。
僕は中学1年生なのですが、催眠アプリは林檎フォンと泥井戸のどちらが使い勝手がいいのでしょうか?
林檎フォンのストアを調べてみたのですが、どれだけ検索しても見つけられませんでした。
泥井戸ならよい催眠アプリがストアにありますか?
また、催眠アプリはどれだけお金がかかりますか?
できればフリーであればうれしいです。
もし林檎フォンのストアに催眠アプリがあれば、もっと助かります。
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さあ……ネットの賢人たちよ、ここに集え!
僕に叡智を授けてくれ!!
そしてわずかなタイムラグを置いて、返答が書き込まれる。
速い! さすが賢人だ!!
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ベストアンサー
アホかwwww 催眠アプリとか実在するわけねーだろwwww
厨房のエロガキはそんなもん探してねーでちゃんと勉強しなさい。
ちゃんと勉強していい学校いって出世して金持ちになれば、女性の方から寄ってくるから心配しなくていいです。
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???????????????????????????
「えっ……? 実在しない……?」
いやいや……僕が中学生だからってバカにしているんだろう。
実在しないなんてこと、あるわけないじゃないか。
だってあれだけたくさんの作家が描いてるものなんだから。
そう思って他の回答者を待つ。
ほら見ろ、いっぱい回答が書き込まれているじゃないか。
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「ねーよwwww」
「釣り乙www 釣れますか?wwww」
「催眠アプリwwww 草生えるwwwww」
「ピュアッピュアやな君!」
「そもそもそんなものが存在したら法治国家維持できるわけねーだろ」
「爆釣の釣り堀と聞いて」
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クソッ! まともな回答が来ない!
一体なんなんだこの回答者たちは、中学生の真摯な質問に答える気がないのか!?
そう思っていると、一件の回答が新たに書き込まれた。
どうせまたくだらない煽りか? と思っていると……。
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「あー見た見た、ディープウェブで売ってるの見たわwwwww」
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ディープウェブ……? なんだそれは。
調べてみると、それは深層ウェブとも呼ばれるもので、通常の検索エンジンでは引っかからないものらしい。
そこでは違法なものを含むさまざまな商品が売られていたり、怪しげな求人が行われていたりと、現代社会の“闇”を濃縮したような“裏”の領域だということだ。
“闇”……“裏”……。
なんだろう、すごく惹きつけられるものがある響きだ。
しかしディープウェブにアクセスするには当然“正常”な方法では不可能。
パソコンから専用の匿名性ソフトを使わないと“悪”い“連中”が集うサイトにはいけないらしい。少なくともスマホみたいな“子供”いツールでは“危険”の領域にはたどり着けないだろう。
さっきの回答にもあったが、よくよく考えてみれば催眠アプリのような代物が誰の手にでも収まるような状態であれば、日常的に性犯罪が起こっているはずである。しかも警察官にも効いてしまうだろうから、捕まることもなく性犯罪し放題。
そんなことになれば社会の秩序などめちゃめちゃである。
そうなっていない以上は、催眠アプリはディープウェブで資格を満たした一定の人間のみが入手できるものに違いないのだ。
「フッ……入手する難易度の高さ自体が“資格”ってわけか?」
面白いじゃないか。
僕はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
通常の人間が触れることすらできない“禁断”の領域に隠された“お宝”。
僕が見事その“匿名”を解き明かし、ありすを屈服させる“力”を手にしてみせる……!
フフフ……クハハハハハハハ!!!
「お兄ちゃんキモ……。さっきから何スマホ見ながらニヤニヤしてるの?」
「……!?」
ばっと振り向くと、1歳下の妹の海月が怪訝そうに僕のスマホを覗きこんでいた。手には買い物袋を提げており、お使いに行ってきた帰りらしい。
「うるさいなくらげちゃん!」
「くらげじゃないですーみづきちゃんですー」
くらげちゃんはそう言いながら買い物袋をがさごそと漁り、チョコアイスの箱から1本抜き取るとつまみ食いを始めた。
読みは「みづき」なのだが「くらげ」と読めるので僕はもっぱらくらげちゃんと呼んでいる。しかし最近になって生意気な態度を取り始め、「くらげ」を拒否してきた。もう小6だし思春期かな? 僕も歳を取るわけだぜ。去年までランドセル背負ってたけど。
徐々に生意気にはなってきたが、相も変わらずお母さんが買ってくれた子供服を喜んで着てるし、よく「お兄ちゃん宿題手伝ってー♪」と甘えてくる可愛い妹だ。割と甘やかしている自覚はある。
「はい、これ頼まれてたマンガね」
そう言って海月は紙袋を渡してきた。僕が毎週注文している週刊漫画雑誌『チャンプ』だ。僕が読んだ後はくらげちゃんが読んでいるので、お使いも素直に行ってくれる。
「おー、ありがとな。だがくらげちゃん……それも今週までだ。本屋には取り置きしなくていいと言っておいてくれ」
「えー? どゆことー? もう『チャンプ』いらないの? あんなに続き楽しみにしてたのに」
「その通りだ。僕はもうそんな子供っぽい趣味からは卒業した……!」
パソコンが欲しいのである。あれがないと催眠アプリを入手できないのである。
僕のお小遣いの額は限られているので、余計な出費は切り詰めなければならないのだ。
多分中古のノートパソコンなら今でも貯金を切り崩せば買えると思うのだが、どうもちょっと調べてみた感じでは危険な領域なのでセキュリティソフトも必須だという。
アクセスに必要な匿名性ソフトとセキュリティソフトを同時に扱うことを考えれば、なるべくならちょっと良い感じのデスクトップパソコンが欲しい。他にも何かソフトを使ったりするかもしれないし。
とりあえずお小遣いはなるべく貯金しつつ、家の手伝いをしてお駄賃を稼ぐのがいいのではなかろうかという結論に達した。
ククク……ありすよ、見ていろよ……!
野望は着々と進行している。
“裏”の“力”を手にした僕が、お前を跪かせるのだ……!!
フハハ……ハーーーーッハッハハハハハ!!!
「お兄ちゃん、大丈夫だよ。その病気は中学を卒業したら治るんだって!」
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