08.VSゼノア(2)
扉を蹴り飛ばして倉庫の中に入ったルキアを、ゼノアが振り返って睨んだ。
「予想してたよりも早かったね。で、ぶっ飛ばすって、誰を?」
「もう1回言うけど、俺はもう弱くない。お前じゃ俺には勝てないよ。大人しくモモナを離せ」
ゼノアとルキアの殺気がぶつかり合う。
2人は日々ヴェルーシア学園で戦闘力を高めているだけあって、その殺気はかなり洗練されている。だが、ルキアの戦闘力はゼノアよりも遥かに劣っていた。昨日は出会い頭に遭遇したとは言え、今のゼノアは本気だ。しっかり準備された戦闘力は計り知れない。
だがそのオーラにルキアが対抗していることが、椅子にくくりつけられたまま横たわっているモモナには信じられなかった。
「ルキア、昨日確かに俺はお前から逃げた。だけどいまだに信じられねぇし、許せねぇんだ。俺はヴェルーシア学園でトップになる!!!お前ごときに負けたなんて過去はいらねぇんだよ!!!」
ゼノアがルキアに向かって駆け出した。
昨日とはまるでスピードが違う。ゼノアの本気がルキアの肌に伝わってきた。
【スキル:感覚上昇】
【スキル:反応速度上昇】
ルキアの本能が危機を感じたのか、常備スキルがフル稼働している。
ゼノアが右、左と次々と繰り出す怒涛の攻撃を、ルキアはどうにか防いだ。
「おらおらおら!!!昨日の威勢はどうした!!!」
ゼノアの攻撃は緩まない。ルキアは反撃のチャンスどころか防ぐことで精一杯だ。1撃でもまともにくらえば致命傷になりかねない本気の攻撃。
ルキアは後ろに跳躍し、距離を取った。
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
異世界にいた頃よりも基礎能力値が落ちている分、疲れるのが早い。長期戦は不利だとルキアは思った。
だがどうすれば本気のゼノアに勝てるのか。今の状態で【スキル:威嚇】を使っても意味がない。
ルキアが考えていると、ゼノアは足元に落ちていた鉄パイプを拾いあげた。
「避けてるばかりじゃ勝てねぇよ!!!」
ゼノアは鉄パイプを右手に持ち、ルキアに攻め寄った。鉄パイプはすごい勢いでルキアに向かう。その勢いに躊躇はない。
ルキアが寸前で鉄パイプを避けると、ゼノアの左足が顔面を捉えた。
バコッ
鈍い音が倉庫内に響いた。
ーーくそ、鉄パイプに意識が行きすぎた……!!
ルキアは必死に体勢を整えようとしたが、その前にゼノアの右足が腹部に飛んできた。
「ぐは……!!」
ルキアは倉庫の端に積まれた木箱に向かって飛んだ。
「ルキア!!!」
モモナが叫ぶ。
全身に痛みを覚え、目の前の景色が揺れた。
思い返すと異世界ではミチルが得意としていた回復スキルを使ってくれたら、これほどのダメージはすぐに回復できた。だが、現実世界ではそうはいかない。現実世界に帰還することは念願だったが、今だけは異世界に戻りたいとすら考えている。
そもそも、どうしてゼノアはここまでして戦うのだろうか。
おそらく〝強い者が上〟という幻想を抱いているからに違いない。そして、ゼノアにとって唯一の存在意義が〝強さ〟なのだろう。それを証明するためには戦い続ける他に道がないのだ。
ゼノアに限らず、人間は結局自分の存在意義を誇示するために戦っている。だが、強くなくても幸せな人はたくさんいるではないか。異世界で自分たちのパーティーは決して強くなかったが、それでも幸せだった。
きっと戦わなくても幸せになる方法はあるはずなのに、今はゼノアに負けたくない。
「この程度で終わるなんて、まさか思ってないよな?」
ゼノアは右手に持った鉄パイプをカラカラと引きずりながら、ルキアが埋もれている木箱の方に向かった。すると、中から飛んできた木の破片が頬をかすめた。
「あ"?」
ゼノアの頬から血が流れる。
木箱の中からルキアが出てきた。
「結局、どこにいても戦いは避けられないんだな」
ルキアは口の右側から流れた血を拭き取った。
異世界だろうと、現実世界だろうと、やらなければやられるのだ。ならば、やるしかない。
「次は俺の番だ」
【スキル:身体強化】
ルキアとゼノアの距離がゼロになった。
身体強化されたルキアの跳躍により、一瞬で間合いが詰まったが、そのスピードをゼノアとモモナは目で追うことができなかった。
「………え?」
ゼノアが慌てて顔の前で両腕をクロスさせて守ったが、ルキアの右拳はゼノアの体ごと飛ばした。
ドガーーーーーン!!!!
ゼノアの体が倉庫内を一瞬にして縦断し、倉庫の壁に衝突した。
【スキル:身体強化】を使用している時のパンチは並大抵の威力ではない。ゼノアは壁に衝突した勢いで血を吐いた。
ーー長くは、もたないな。
【スキル:身体強化】を使用すると、体にかなり大きな負荷がかかる。異世界では10分くらいはもっていたが、今の基礎能力値では5分ともたないだろう。
ゼノアの殺気が落ちていないことを感じたルキアは、追い討ちをかけるために全速力でゼノアに駆け寄った。
「これで決める!!!」
今の基礎能力値では全力で殴っても死にはしない。ルキアは全力で拳を握った。
その瞬間、ルキアは得体の知れない恐怖を感じ、足を止めた。
【スキル:感覚上昇】で研ぎ澄まされた直感が、このままゼノアに突っ込んではいけないと、体に停止の指令を下したのだ。
倉庫の壁にもたれるように背中をつけてグッタリと座っていたゼノアがゆっくりと立ち上がった。
「よく気がついたな。そうだ。そのままお前が突っ込んできてたら俺はお前を八つ裂きにしていた」
立ち上がったゼノアの両手には、短剣が1本ずつ持たれていた。その刃先は鋭く、光っている。
「俺の短剣はよく切れるぞ」
ゼノアが近くに倒れている木箱に短剣を当てただけで、スパッと真っ二つになった。
恐ろしく切れ味のいい短剣だ。
「どんなカラクリがあるのか知らねぇが、確かに別人みてぇに強くなってやがるのは認めてやるよ。だが、短剣を持った俺は無敵だ。次は俺の番、ってことでいいよな!!!」
ゼノアがルキアに向かって駆け出した。