04.スキル(2)
ルキアとゼノアが戦っている様子をモモナは心配そうな表情で見ていた。
やっぱり今日のルキアは明らかに様子がおかしい。
「大丈夫だから」
ルキアははっきりとそう言ったが、目に映っている光景がモモナには信じられなかった。昨日まであんなに弱くて、頼りなかったルキアがゼノアに対抗していて、その背中が大きく見える。
モモナはルキアの言葉を信じて、後ろに下がった。
「お前が俺に勝てると思ってんのか?あ?この、落ちこぼれがっ!!!!!」
ゼノアは壁に衝突した衝撃で流れだした鼻血を拭きながら叫んだ。
ルキアはゼノアの脅迫にも動じなかった。【スキル:感覚上昇】によってゼノアの動きが先読みできていることと、異世界でモンスターと戦闘した経験があれば、ゼノアなんて怖くない。
ゼノアは何度も全力でルキアを捕まえようと飛びかかった。が、その度にルキアの研ぎ澄まされた感覚が先を読む。ルキアはゼノアの突進を避けながら足を引っ掛けた。
転んだゼノアは信じられない表情を浮かべている。
「………はぁ、はぁ。くそ。なにが、どうなってやがんだ?」
「やめたほうがいい。俺はもう弱くないから」
ルキアはゼノアを見下ろした。辺りはすっかり暗くなっていたが、その目に込められた軽蔑をゼノアはしっかりと感じた。
「お前が、お前ごときがそんな目で俺を見るな!!!!」
ゼノアが飛び起きると、ルキアの胸ぐらを掴んだ。
右手を固めて振りかぶる。
「ルキア!!!危ない!!!」
モモナが叫ぶ。
その瞬間、ルキアの視線はモモナに向き、微笑んだ。
ゆっくりとした動きで、再び、ゼノアに視線を戻す。
【スキル:威嚇】
ゼノアの手が止まった、というよりも止めた。大気が揺れるほどの恐怖を感じたのだ。
ーー殺られる。
ゼノアの本能が制御した。
「なんなんだよ、おまえ。気持ちわりぃ!」
ゼノアは震えた声を発しながら後ずさり、おぼつかない足取りで去っていった。
「大丈夫?」
モモナはルキアに駆け寄って顔を覗いた。
ルキアはいつもの優しい表情だ。モモナは安心した。
「ありがとう。手、震えてる」
ルキアはモモナの手を握った。モモナはその温もりを解かなかった。あのルキアがゼノアを追い払うなんて、素直にカッコいいと思った。
「ちょっと怖かっただけ」
モモナの強がりを深くは聞かなかった。モモナがいつも自分に向けてくれる優しさと同じように。
その後の家までの道中、ルキアとモモナはお互いなにを話せばいいのか分からなかった。
モモナの家に着き「また明日ね」と言うモモナに、「また明日」とルキアが返しただけだった。
長い1日だったように思える。S-Phoneのスクリーンを開くと、時間は19時を過ぎていた。
「ただいまー」
玄関を開けると家の中が急にガチャガチャと騒がしくなり、母さんが飛び出してきた。
「ルキア!こんな時間まで何してたの!?!?」
母さんの甲高い声が突き刺さった。
「ちょっと……ね」
「きちんと説明しなさい!大体あなたは自分の立場を分かってるの!?ヴェルーシア学園でしっかり勉強して、お父さんみたいに………、って聞いてるの!?」
そういえば母さんは極度の心配性だった。
ーー心配かけちゃったな。
ルキアは「ごめん」と素直に詫びると、逃げるように自分の部屋に入った。
ベットにダイブし、今日の出来事を思い返す。
異世界から現実世界に帰還すると、年月も状況も自分の体型も何もかも変わっていなかった。
ただ1つ変わったこと、それは異世界で取得していたスキルが使えるというところだ。ということは自分が異世界に行っていたのは事実ということになる。
「良かった」
ルキアは異世界で過ごした時間が夢ではなかったことに安心した。異世界で過ごした思い出は自分の中にあればいい。
それよりも今すべきことは、スキルの確認だ。
「出るかな……」
ルキアは異世界でしていたように、自分のステータス画面を開こうと目の前の空間をタップした。
「あれ?」
目の前にはS-Phoneのスクリーンが表示された。
「確かに動作は同じだけど……」
何度試しても異世界で開いていた自分のステータス画面は表示されず、S-Phoneの画面が空間に表示される。
ルキアが不満そうに眺めていると、スクリーンの右下に5年前にはなかった見慣れないアイコンを見つけた。
アイコンをタップすると、表示されたのは記憶に新しいステータス画面だ。
○バナトール・ルキア(LV.56)
【体力:278 / 力:129 / 敏捷:79 / 魔力:18 / 知能:67 / 運:49】
○ノーマルスキル
・感覚上昇(LV.15)
・威嚇(LV.9)
・器用(LV.23)
・反応速度上昇(LV.22)
・火球(LV.06)
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○スペシャルスキル
・???(LV.???)
パッと流し見したところ、スキルはそっくりそのまま継承されたようだが、やはりステータスの基礎能力値が落ちている。現実世界に帰還し、体格が戻った分基礎能力値も落ちたようだ。
「それにしてもショボいスキルばっかりだなぁ」
異世界でどれだけ平和に過ごしていたか、ルキアは改めて痛感した。5年も異世界にいて、ここまでステータスが低いのは逆に凄い。カノア、ミチル、ライカの3人でさえ、レベルは3桁を超えていた。
「試しに……」
ルキアはベットの縁に座り、右手を前に出した。
【スキル:火球】
心の中で唱えると、右手の前にテニスボールほどの火の玉が出た。
ゴー、と音を立てている。
「小さいなぁ」
カノアが異世界の大型モンスターと対峙した時に発動した火球は、自動車ほどの大きさだった。
とは言え、これだけでも現実世界では十分脅威になり得る。手から火の玉を出せる人間なんて他にいない。他のスキルだってそうだ。
今日だって、あのゼノアを追い払った。
「明日の学校が楽しみだ」
ゼノアは初めての感情を抱きながら、そのまま眠りについた。