03.スキル(1)
夕陽が沈む姿は高層ビルに隠れて見えないが、ルキアとモモナはどんどん辺りが暗くなるのを感じ、歩くペースを早めた。
「ルキア、何かあった?」
モモナは前を向いたまま尋ねた。その横顔は珍しく真剣な表情に見える。
「何かって?」
「今日のルキアは何だかいつもと違う気がする。なんていうか……、ちょっと男らしくなった……、って別にそんなんじゃないからね!!!!勘違いしないでよ!!!」
1人で焦っているモモナを見て、ルキアは笑った。
モモナは昔から勘が鋭く、ちょっとした変化にすぐに気がつく。だが、ある程度のラインまでしか言及しないモモナの優しさをルキアは知っていた。
そういうところは少しミチルに似ているのかもしれない。ライカのような気の強さもあるがーー。
「別に何もないよ」
「そう?それならいいんだけど……」
モモナは鼻の下を人差し指でかいた。照れ隠しのようだが、モモナの心拍数が上がっているのを感じる。強がっている姿がまた好印象だ。
実際この5年間異世界に行っていたのだから、モモナの言う通り、何かあった、というのが真実だ。モモナの勘が働くのも仕方ない。
だが今日現実世界に帰ってきたばかりで、どこから説明すればいいのか、何が真実なのか、自分でもイマイチ状況が掴めていない。まだ言うタイミングではないにしろ、モモナに嘘をついているような気がして、悪い気がした。
ーーいつか、モモナにはちゃんと言おう。
すると、前から歩いてくる3人の男が足を止めた。
「おいおーーーーい、こんな時間までアツアツですなー!!!」
真ん中にいた男が声を出すと、他の2人はからかうように笑った。
5年前の記憶にしっかりと残っている。この3人はヴェルーシア学園の同じクラスの奴らで、こいつらにいじめられていた。真ん中にいる男がリーダー的存在で、名前はゼノア。
「モモナちゃーん、こんな奴とじゃなくて俺らと遊ぼうよ」
ゼノアはモモナに好意を寄せていた。その分、ルキアの存在を疎ましく思っている。
〝こんな奴〟とはルキアに対して悪意を込めた侮辱だ。
「嫌よ!」
モモナは嫌悪感いっぱいの顔で拒否すると、ゼノア達はヘラヘラしながら近寄ってきた。
ーー怖い。
異世界で過ごした5年間はそれなりにモンスターとも戦ってきた。が、ここは現実世界。身体能力が上がっているわけでもなければ、心強い仲間がいるわけでもない。
ルキアは初めて現実世界に戻ってきたことを実感した。
「そんなこと言わずにさぁ〜」
いじめられていた記憶はそう簡単には消えてくれなかった。手が震える。足がすくむ。
異世界にもこんな連中はいた。弱い者を傷つけ、悪さをする連中。そんな連中はもっと力のある正義感の強い者がこらしめていた。
ゼノアは1歩、また1歩とモモナに近づき、手を取ろうとした。
今はカノアもミチルもライカもいない。
ーー俺が止めなきゃ!俺がモモナを守らなきゃ!俺はもう、弱くない!
ルキアがゼノアの手首を掴んだ。
「やめろ。その汚い手で、モモナに触るな」
…………
少しだけ、沈黙が流れた。
ルキアの行動は、モモナもゼノアもその両側にいる男2人も予想だにしていなかった。
沈黙を破ったのは、ゼノアだった。
「お前、誰にそんな口聞いてんだ?」
ゼノアがルキアを睨む。その眼は自分を敵と判断した異世界のモンスターの眼に似ていた。
「ゼノア、君に言ってる」
ルキアはゼノアの手首を掴んでいる手に力を込めた。が、やはり異世界にいた時よりも筋力が弱っている。思うように力が入らない。
「いい度胸じゃねぇか。覚悟できてんだろうな!?」
ゼノアが手を振り、ルキアの手を解いた。
そういえばゼノアは同級生の中でも戦闘力が高いほうだった。
「おら!!!!」
ゼノアがルキアの首元に右手を伸ばす。
ルキアが寸前のところでその手を避けると、次は左拳が飛んできた。
しかし、ルキアはその拳もいとも簡単に避けた。そしてその勢いのままゼノアの腕を引っ張り、背中を押して、歩道の壁にぶつけた。
「ふぅ」
ルキアはひと息ついた。
【スキル:感覚上昇】
ルキアの予想は当たっていた。モモナが背後から全力で走ってくる気配を感じ、モモナの心拍数を感じることもできた。そして今、ゼノアが何をするのか手に取るように分かる。
これは異世界で取得していたスキルの効果によるものと考えて間違いない。
異世界で取得したスキルが使える、ルキアは確信した。
「ちょっと下がってて」
ルキアは優しくモモナに微笑みかけた。