02.再会
【東京ユニバースタワー】を出て外を歩いていると、円盤に乗った人が次々とルキアの横を通り過ぎた。
現代世界では〝ディスク〟と呼ばれる円盤の形をした乗り物に乗って移動するのが主流である。ディスクは人が1人乗れるほどの大きさで、歩くペースと同じスピードで走行する。
20歳以上で免許を取得すれば誰でも乗ることができるが、16歳のルキアはまだ乗ったことがない。
気持ち的にはすでに21歳なのだがーー。
ふと見上げると、雲1つない空が夕陽で茜色に染まっているのが高層ビルの隙間に見えた。
「綺麗な空だなぁ」
ルキアは思わず声を漏らした。
異世界の景色も綺麗だった。
果てしなく広い青空、眩しい太陽、澄み切った空気、ハツラツとした森林、真っ青な海、見たこともない生き物。現代世界にはない美しさが異世界にはあった。
昨日まで異世界にいたのに、遠い昔のことのようだ。
「アイツらとの思い出も全部、夢だったのかな」
異世界でほとんどの時間を共にした、3人の仲間たち。
カノア、ミチル、ライカ。
カノアは頭にツノを2本生やした大男。力持ちで、頼り甲斐があった。いつも笑っていて、とにかく楽しいやつだった。
ミチルは人見知りで大人しい女の子。お尻に生えたふわふわの尻尾を振りながら、一生懸命料理をしていたのが印象的だ。他人のちょっとした変化にいち早く気づいて声をかけてくれるから、みんなにとって癒しの存在だった。
ライカは、気の強い女の子。曲がったことがとにかく嫌いで、怒ると両頬に3本ずつ生えた髭が上に伸びた。リーダーシップがあるから4人をまとめるお母さんみたいな存在、ってライカが聞いたらきっと激怒するに違いない。
ルキアたち4人のパーティーは、異世界を滅ぼそうとしている魔王に立ち向かう勇者たち、ではなかった。
街で生活して誰かが魔王を倒してくれるのを待つ、いわゆるモブキャラだった。
元々争い事が苦手だったルキアにとって、その方がむしろ幸せだった。
ーーん〜、やっぱり夢とは思えないなぁ。
「また、いつか会えるか………ん!?」
ルキアが思い出に浸っていると、背中に殺気を感じた。
誰かがスゴイ勢いでこっちに向かってくる。
ルキアは寸前で体を捻り、スゴイ勢いで向かってきた人を避けた。
「え、えぇぇぇぇぇえ!?」
その人はルキアが避けたことでバランスを崩し、驚きの声を出しながら転倒した。
ーーこの声は、確か。
「いたたた。なんで避けるのよ」
ルキアが近寄ると、転んでいる人はヴェルーシア学園の同級生で幼馴染のモモナだった。
「モ、モモナ!!!!」
久しぶりに会ってもやっぱりモモナの顔は可愛い。異世界の人たちの見た目は様々でアイドル的な存在もいたが、モモナが異世界にいたらナンバーワンだったと思う。
それにしても制服のミニスカートがなかなか際どい。
「なによ、そんな大声出して」
ーーそういえば現実世界は時間が進んでいなかった。
つい久しぶりの再会で舞い上がってしまったが、そう感じているのは自分だけだ。
どうしても時間のズレを感じてしまう。早く慣れなきゃ、とルキアは思った。
「ごめんごめん。モモナとは思わなかったんだ。大丈夫?怪我はない?」
ルキアが右手を差し出すと、モモナは驚いた表情を浮かべ、なにかを疑っているような表情になった。
数秒見つめ合う。ルキアは心臓の鼓動が高まるのを感じた。
「………ルキアのくせに」
モモナは顔を赤らめながらルキアの手を取って起き上がると、制服についた砂をはたき落とした。
ルキアのくせに。モモナの発言の意味を理解するのにルキアは少し時間がかかった。
現実世界でのルキアは、いじめられっ子だった。体が細く、力が弱かったルキアはクラスの男の子から目の敵にされていた。
モモナは幼馴染だからかよく気を遣ってくれていたが、それも相まっていじめはエスカレートした。
ルキアのくせに、とはいじめられっ子で鈍臭いルキアのくせに一丁前に手なんか差し出して、という意味だ。
ーー思い出したくない過去、と言っても現実世界ではリアルタイムか。
「今日、なんで学校来なかったの?」
モモナはルキアの顔を覗き込んだ。
「いや、その、えっと………」
「はっきりしなさいよ」
モモナはもどかしいようで、文字どおり地団駄を踏んだ。
「今日は、その、体調が悪くて………」
まさか異世界から帰って来たばかりで学校に行く発想がなかった、なんて言えるわけがない。信じてもらえるわけがないし、どうせ笑われる。
「じゃあなんで外にいるの?もしかして………、デート!?」
モモナはおちゃらけた。
「ち、違うよ」
ルキアは手を振って否定した。デートなんて現実世界では1度もしたことがない。
「うそうそ。ルキアに限ってそんなわけないじゃん。まぁいいわ。ついでだから一緒に帰ろ」
モモナは可愛い笑顔を浮かべながら歩き始めた。ルキアもその後に続いた。
ーーそういえば、さっき。
モモナが背後から向かってくるのを、ルキアははっきりと感じた。もしかすると、今自分が想像していることの可能性は大いにあるのかもしれない。後で試そう、と考えながらモモナと一緒に家路についた。