故郷でイルカを食べる話
故郷に戻りたい。
私の産まれ故郷は広島だが、幼い私を魅了した地は淡路だった。
父の育った家が懐かしい匂いを漂わせていた。
鷲の彫刻。銘柄の高い酒瓶のコレクション。埃っぽい台所の暖簾。
あの家が潰されると思うと心が酷く痛む。
しかし、私は精神障害を患い、父の一族から破門されたのだ。父は誇り高い血族を自慢としていた。私はそんな父に憧れていた。親族の目が汚い物を見るような目になってから私の居場所は私と同じ精神疾患のある双子の姉と3歳歳上の彼氏だけになった。
両親はよくしてくれる。しかし、血族としての縁は僅かにあるプライドがもう赦してくれないのである。
ここまでは現実の話だ。
こうして嘘の話が始まる。
イルカを飼っていた。
淡路の家の台所の横の風呂場でイルカが優雅に泳いでいた。雌のイルカで彼女はリンと呼ばれていた。風呂場は異様に大きくイルカが自由に動いても余裕がある程であった。
お洒落な父の妹に当たる叔母がよく増えてきたイルカを捕まえては捌いていた。私はイルカの解剖に興味があり、全身血塗れにして、イルカの肉を貪った。
優しい初心な叔母が時々、イルカの肉を分けてもらいに来た。父の弟の叔父は私に変な顔で笑いかけた。
イルカがクルクル回る。
懐かしい家で懐かしい匂いを嗅ぎながらイルカの肉を食べる。
幸せだった。また戻って来れたのだと思っていた。
夜の帳が降りるとジワジワと現実に戻った。
私は泣きながら少し笑った。