第9話 宿屋再現
本日はたくさん更新しております。
その日の夜。
今日は村にはたどり着けないので、野宿で一晩を過ごすことにした。
のだが。
ノアールはユリアを連れて、道沿いの少し開けたところに来ていた。
「すぅー、はぁー……」
深呼吸し、気持ちを整える。
イメージするのは、昨日宿泊した宿屋の一室だ。
「イメージ……イメージだ……」
自分に言い聞かせるように、ノアールは呟く。
『書き換え』は、底の知れない『祝福』だと、メルトウルフたちを実験台にして確信していた。
ノアールが試そうとしているのは、一見何もない空間に対して『書き換え』を使い、物質を作り出すことはできるのか、ということだ。
たとえば、道には人の行き来を阻害するものは何もない。
だが、そこには『何かがある』のだ。
それをノアールは、『眼』を得てから初めて知った。
そこに『何か』があるのであれば、その『何か』を『書き換え』できるはず。
それができるなら、理論上はありとあらゆるものを突然作り出すことすら可能になる。
幅が大きく広がるのだ。
「――『書き換え』」
ノアールが呟いた瞬間、変化は起こった。
まるで地面から木が生えるかのように、ゆっくりと壁が現れる。
さすがにメルトウルフを『書き換え』た時と違い、少し時間がかかるようだ。
範囲が広いせいだろうか。
数秒後、昨日宿泊した宿屋の一室が目の前に再現されていた。
一応触ってみるが、質感なども木材のそれと遜色ない。
部屋の光源である光魔晶石も、しっかり再現できている。
「……これ、ノアがやったの?」
「まあ、そうだな。俺もまだ勝手がわからないから色々試してるんだけど」
「……すごい」
珍しく、ユリアが興奮した表情でそう漏らした。
ぺたぺたと壁を触りながら、質感を確かめている。
本気で感心しているようだ。
ノアール自身も、『書き換え』に大きな可能性を感じざるを得ない。
木材が作れるということは、金塊などでも作り出せるのだろうか。
いや、それだけではない。
どこでもあらゆるものを作り出せるのなら、擬似的に魔術を再現することも可能なのではないか。
「風を起こして吹き飛ばすだけじゃなくて、岩の砲弾を打ち出すとかもできそうだな」
できるものとできないものがありそうだが、火、水、風、土の四元素についてはほぼ再現できる気がする。
それが可能なら、手加減して敵を撃退する方法もありそうだ。
「そういえば、特に魔力が減ってる感じもないな……」
これほどの力なら、何か代償があって然るべきとは思うのだが。
強いて言うなら、少しだけ頭が痛いような気はする。
使い過ぎると廃人になったりするのだろうか。
そのあたりも要検証だ。
「明日も早いし、今日はそろそろ寝ようか」
「そうだね」
ひとまず今日はここまでにして、休息をとることにする。
昨日は床で寝たので体の節々が悲鳴を上げている。
部屋の中にベッドをもう一つ『書き換え』で用意し、そこに潜り込んだ。
「……?」
スルスルという音がして、ノアールは首を傾げる。
直後、何か温かいものがノアールのベッドに潜り込んできた。
「……ユリア? なんで俺のベッドに潜り込んできた?」
「…………察して」
ユリアはノアールの言葉に答えず、ただ身体を寄せてくる。
その温かい感触に緊張しながらも、ノアールはハッと思い至った。
ユリアは昨日、命を落とすほどの恐怖を体験した。
その恐怖は、一日や二日で消えるものでは、決してない。
近くにいるノアールを頼ってしまうのも、仕方ないことだろう。
「しかたないな、まったく」
ノアールはそう言って、ユリアの頭を撫でる。
「……うう」
自分からベッドに潜り込んできたにもかかわらず、ユリアは顔を赤くして顔を布団で隠している。
恥ずかしいなら無理やり入ってくるなと言いたい。
そんなことを考えながら、いつのまにかノアールは意識を手放していた。