第7話 初依頼
本日は(覚えてたら)14話まで投稿します!
翌朝。
ノアールとユリアは、冒険者ギルドへと足を運んでいた。
既に登録を終え、ブロンズに輝くプレート――Fランクのギルドカードを握りしめていたところだ。
彼らがここにきた理由は単純。
「こんなことなら、もう少し金目のものを取ってこればよかったな」
そう。金が心許ないのである。
男たちが持っていた金はありがたく頂戴したとはいえ、はっきり言って大した金額ではない。
一応貴族の端くれだったノアールと、本物の王族であるユリア。
自分で金を稼いだことなどない二人だが、戦える力があるならば、冒険者という選択があるのは知っていた。
「わたし、冒険者ってあこがれだったんだよね。まさかこんな形でなることになるとは思わなかったけど」
「奇遇だな。実は俺もだ」
そう言って二人は笑い合う。
貴族や王族が冒険者になって修行することは、それほど珍しいことではない。
特にランドールでは、力こそが最も重要視される。
貴族や王族の人間が一旦冒険者として活躍してから、後継ぎになるパターンもままあるのだ。
ちなみに、現国王も元冒険者だったらしい。
「どれどれ……」
早速冒険者ギルドへの登録を済ませた二人は、手頃な依頼がないか物色を始める。
依頼はランク毎に掲示板に掲載されている。
ここに貼ってある紙を受付の窓口に持っていけば、受注することができるというわけだ。
ちなみに冒険者ギルドへの登録は、二人とも名前のみで行った。
家名を持たないものも少なくないため、基本的に冒険者ギルドへの登録は、名前だけでも可能だ。
ノアールはともかく、おそらくユリアはバレていたが。
「これなんてどうかな」
ユリアがある依頼を取り、ノアールに見せてきた。
「ん? どれどれ」
アースドラゴン一匹の討伐
ランク:B
報酬:金貨10枚
依頼内容:普段は谷底から出てこないアースドラゴンが、今年はなぜか野菜を荒らしに来ておる。このままでは、村で育てた農作物に甚大な被害が出てしまう。討伐をお願いしたい。
色々と突っ込みたいところはあったが、ひとまず一番の問題点から指摘することにした。
「こういう依頼って、普通は領主の貴族に解決してもらうものなんだけどな」
「……残念だけど、全ての貴族が領民の生活を保障する気があるわけじゃない。腰が重かったり、問題が起きても自分たちでなんとかしろという主張をする家も少なくない」
ノアールとユリアは、二人揃ってため息をつく。
今はそういった穴を、冒険者ギルドと冒険者たちが埋めているのが現状だ。
悲しいことだが、これがランドールの今の姿だった。
「これってBランク依頼だよな? 俺たち受けられるのか?」
「大丈夫。なんとかなる」
ユリアはそう言うと、依頼を持ってカウンターへと向かう。
「これを受けたいんだけど」
「ありがとうございます。確認させていただきます」
受付のお姉さんは依頼を確認すると、すぐに難色を示した。
「……申し訳ありませんが、冒険者ギルドではご自身のランクの上下2以下の依頼のみを斡旋しております。今のあなたのランクでは、この依頼は斡旋できかねます」
「そう。残念」
ユリアはしょんぼりと肩を落とした。
やはりダメだったようだ。
実力に見合わない冒険者が、依頼を受けるのを防ぐための仕組みなのだろう。
理には適っている。
ノアールは改めて依頼に目を凝らす。
今のノアール達はFランクなので、Dランク以下のものだけだ。
採取や護衛ではなく、討伐系のものを中心に確認していく。
ハングボアー一匹の討伐
ランク:D
報酬:金貨2枚
依頼内容:滅多に山から出てこないハングボアーが、今年は村まで降りてきた。既に村人が二名犠牲になっている。人の味を覚えたハングボアーはとても危険だ。早急に討伐をお願いしたい。
「これなんかいいんじゃないか?」
「そうだね。困ってるみたいだし、助けないと」
ユリアも意気込みを見せている。
ということで、この依頼を受けることにした。
「すいません、この依頼を受けたいんですが」
「ありがとうございます。確認させていただき――」
受付のお姉さんがそこまで言った、そのときだった。
「おいおい。お前、ロクな『祝福』を与えられなかったからって、あのロータス家を勘当になった坊ちゃんだろ? Dランクの依頼ってのは、ちっと厳しいんじゃねえかぁ?」
下卑た笑みを浮かべながら、ノアールに近づいてくる男がいた。
どうやら、どこにでも素行の悪い人間というのはいるようだ。
しかし、困った。
ノアールの『祝福』を使うと、目の前の男を殺してしまう危険がある。
こんなとき、せめて自分の身を守れる程度に加減できればいいのだが、まだそこまで能力の調整ができていない。
――いや。
ちょうどいい。試してみるか。
「お前みたいなのは、おとなしく薬草でも摘んどけばいいんだ――ぐぇっ」
男は言いながら、ノアールの肩を掴もうとする。
瞬間、突然男の身体が宙を舞い、近くのテーブルへと激突する。
「おお、うまくいった……」
『書き換え』を使い、男のいた空間の周囲に突風を発生させたのだ。
細やかなコントロールは難しいが、とりあえず人間一人を吹き飛ばす程度の力はあるらしい。
「クソが!! やりやがったなテメェ!!」
だが、男はまだ元気だった。
当たりどころが良かったようで、特に怪我をしている様子もない。
無駄に頑丈な男だ。
もしくは、威力が弱すぎたか。
殺さない程度に痛めつける攻撃方法があればいいのだが、ノアールには今すぐには思いつかなかった。
「もう絶対に許さねえ! ぶち殺してや――ぐぇっ」
男はなぜかカエルの鳴くような声を上げて、その場に倒れ込んだ。
「…………」
ユリアが、ノアールの前に立っていた。
彼女は恐るべき速さで、男の腕を掴んでそのまま反対方向にひっくり返したのだ。
ノアールも眼が変化していなければ気付かなかったかもしれない。
それほどの早技だった。
「わたしのパーティメンバーに何か用?」
その声は氷のように冷たく、味方のはずのノアールでも背筋に冷や汗が流れる。
無表情で男を眺めるその瞳には、温かみのかけらもない。
そんな彼女の姿を見て、男もようやく彼女の正体に思い至ったらしい。
「ま、まさかあなた様は、ユリア王女殿下……?」
「だったら何だっていうの」
「も、申し訳ございませんでしたぁ!!!!」
一転、男はユリアに恭順の意思を示す。
頭を地面に擦り付けて、ただただ謝罪を繰り返している。
そんな男の様子を見ても、ユリアの態度が軟化する事はない。
「用がないなら下がりなさい。わたしたちは忙しいの」
「気持ちは嬉しいけど、そのへんにしとけ。あんまり注目を集めすぎてもよくないだろ」
「むっ……」
今すぐにでもトドメを刺してしまいそうなその気配に、さすがにノアールも止めに入る。
もう少し早く止めるべきだったかもしれない。
ノアールがユリアを止めた隙を見計らって、男は既に逃げ出していた。
逃げ足だけは無駄に早い。
「騒がしくて申し訳ない。改めて、依頼の手続きをお願いします」
「は、はい」
こうして、ノアールたちは無事に依頼の手続きを終えたのだった。