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第3話 継承者



「……最低だな、俺は」


 一人街道を歩きながら、ノアールは自己嫌悪に沈んでいた。

 彼女のやさしさを踏みにじり、その心を傷つけた。

 もう二度と、彼女がノアールに関わることはないだろう。

 そう考えると心が痛むのが、自分のことながら腹立たしい。


 いったいどの面を下げて心を痛めているのか。

 心が痛いのは彼女の方だ。


「やめよう。もう、終わったことだ」


 気持ちを切り替える。

 日は傾き、血のような夕焼けが街道を照らしている。

 路銀は少ないが、野宿をする気分にはなれなかった。

 隣町についたら宿屋を探して、ゆっくりしよう。


 そう決めて、ふと前を見たノアールは、前方に何かあるのを見つけた。

 壊れた馬車が、街道の端に寄せられている。

 魔物にでも襲われたのだろうか。


「――――」


 ――まさか。

 そんなはずはないと思いながら、ノアールは駆けだした。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ひどく息が切れる。

 盛大に呼吸を乱しながらも、ノアールは馬車の近くへとたどり着いた。


 馬車はひどい状態だった。

 真ん中からバッサリと切断されたような、異常な損壊だ。

 何をどうしたらこうなるのか、見当もつかない。


 それほどの損壊でも、ノアールがその紋章を見落とすはずがなかった。

 銀色の鳥。

 それは紛れもなく、王家の紋章だ。


「――なんで」

「ん? おいおい、見せもんじゃねぇぞ。はやく消えろ」


 片付けをしていた男の一人が、ノアールを止める。

 その表情はひどく面倒臭そうだった。


「とも――知り合いの馬車なんだ! 中にいた人は!? 無事だったのか!?」

「……そうか。そりゃ、災難だったな」


 ノアールの言葉に、男が顔を伏せる。

 それだけで、すべてを察してしまった。


「……どこに、いますか」

「馬車の裏手に寝かせてある。そのままじゃ、あまりにもかわいそうでな……」


 男に案内され、ノアールは彼女と対面した。


「心臓のひと突きが致命傷になったんだろう。まだ若いのに、かわいそうにな……」


 男は悼むように目を伏せる。

 ノアールはゆるゆると、彼女の前に座り込んだ。


「あ、ああ……」


 彼女は眠っているかのようだった。

 しかし、その瞳が開かれることは永遠にない。

 ノアールが彼女に謝罪する機会は、永遠に失われてしまった。


「いったい、だれが……」

「それはまだ調査中だ。モンスターではなく、ヒトによる犯行だとは思うが」

「――こちらは終わりましたよ。そろそろ撤収しましょう」

「ああ、わかった」


 違う男の声がして、男が気のない返事をする。

 そのもう一人の声の主が姿を現したとき、ノアールは目を見開いた。


「――おっちゃん?」


 ノアールの声に、声をかけられた初老の男がこちらを向いた。

 細い切れ目の瞳が、ノアールを見据える。


「え? おっちゃん、だよ、な? え?」


 脳が混乱していた。

 なぜ、ユリアの乗っていた馬車の運転手が、馬車の跡片付けをしているのか。


「――ッ!!」


 ノアールの背筋が凍り付く。




 次の瞬間、ノアールの胸に剣が生えていた。




 剣が抜かれ、鮮血が飛び散る。

 ノアールはそのまま、地面に倒れた。


「――気付かなくていいことに気付かないまま生きる。長生きする秘訣ですよ」

「おいおい。急に豹変するな。びっくりするだろうが」


 ノアールが突然刺されても、男は特に驚いた様子もなく普通に話している。

 それがすべての答えだった。


「……おまえ、が……ユリアを……」

「そうですよ。夢想家の第三王女などに、ランドールの王が務まるはずもありません。次代の王には、第二王子のガリア様に就いていただかなければ」


 男は狂笑し、ノアールに種明かしをする。

 第三王女ユリアの王位継承権は、四位だ。

 王位継承権第一位のガリアにとっては、さして重要視する相手ではないはずだが……『祝福』のことがある。

 万が一のことを考え、力が育ち切っていない今のうちに消しておく判断をしたのだろう。


「どうすんだ、こいつ」

「埋めてしまいましょう。なにやらロクな『祝福』を与えられず、ロータス家を追放されたばかりのようですし。誰も彼を探すことはないでしょう」


 男の言う通りだ。

 ノアールはこのまま何も成せぬまま、ここで力尽きる。


「…………」


 まだ、何も成していないのだ。

 ユリアも、ノアールも。

 それなのに、ここで終わるのか……?





(――目覚めよ。『継承者』よ)





「…………?」


 ノアールの耳に、幻聴が聞こえ始めた。

 女の声だ。




(おまえは『資格』を得た。なればこそ問おう。おまえの望みを)




 これはいったい何なのだろうか。

 死の直前に見るという、走馬灯というものなのだろうか。

 わからないが、ノアールにとってはそんなことはどうでもよかった。


「……みんな、が……悲しま、なくて、済む……せかい、を……」


 幼き日、ユリアと語り合った日々のことを思い出す。


『ユリアはね、ランドールを、みんな幸せに暮らせる国にしたい。ノアは?』

『……俺は、そうだな。俺もユリアと同じようなものかな』

『同じようなもの?』


 ノアールはうなずいて、そう言ったのだ。




『皆が笑いあって、誰も悲しまなくて済む世界になったらいいなって』




 遠い昔、彼女と共に語り合った夢。

 皆が幸せに暮らせる世界というのは、難しいかもしれない。

 でも、せめて。

 誰も悲しまなくて済む世界を、作りたかった。


 遠い日に語った、ただの夢想に過ぎない。

 でもそれはたしかに、ノアールの根底にあるものだった。




(お前のその望み、力があれば叶えられるぞ?)




「ちか……ら……?」


 女がなにを言っているのか、おぼろげな意識の中、本能で感じとる。

 彼女の声はどこか楽しげだった。




(選べ。ここで死ぬか、力を手にし、生き残るか)




 ――わけのわからない妄想だ。

 でも、万が一それが妄想ではないのなら。

 藁にもすがる思いで、ノアールはその声に応える。


「俺、は……死ねない……」


 何一つ成し遂げていない身で、死ぬわけにはいかない。

 力が欲しい。

 世界を変えられる力が。




(――いいだろう。受け取るがいい)




 いつの間にか、灰色の人影がノアールの前に現れていた。

 この声の主の女性だということはわかるが、顔はわからない。

 ただ、男たちには見えていないのだろうということは、なんとなくわかる。


 彼女は手に灰色の球体を浮かべ、それを倒れ伏すノアールの胸に押し当てた。


「――――――――――――!!!!」


 それが体内に入ってきた瞬間、ノアールは声にならない絶叫をあげた。

 自分という存在が、何か得体の知れない別のものに置き換わっていく感覚があった。

 芋虫が蛹へ、蛹が蝶へと変化するような、根源の変貌とでも言うべき感覚。


 その変化が収まると、ノアールの世界は一変していた。




(ほら。よく見えるようになったろう?)




 灰色の少女は、いたずらっぽい表情で微笑んだ。

 たしかに、先ほどまではぼんやりした輪郭のみをとらえていた彼女の姿が、今は鮮明に見える。

 白い肌と真紅の瞳を除いて、髪からその身に纏うドレスまで、そのすべてが灰色だった。


(お前にその全てを見据える『眼』と、全てを書き換える『祝福』を贈ろう。うまく使うといい)


 そう言うと、煙が消えるように、少女の姿は掻き消えた。

 今のは、ノアールが見た幻だったのだろうか。

 それすらも、今のノアールにはどうでもいいことだった。


「ああ。よく見える」


 そう言って、ノアールはゆっくりと立ち上がった。

 突然の彼の行動に、男たちは困惑する。

 そして気付いた。


「……お前、なんで傷が治ってんだ?」


 ノアールの傷は塞がっていた。

 まるで最初から、そんなものはなかったかのように。

 破れた服だけが、彼が明確に傷を受けていた証拠だった。


「――お前たちは、罪を犯した」


 ノアールの瞳が、静かな怒りに震える。

 血のような赤色の瞳が、倒すべき敵を見据えた。


「その罪、その身をもって贖え」

「わけのわからないことをぺらぺらと……」


 男はイライラした様子で剣を向ける。

 不意打ちとはいえ、仮にも『剣聖』の『祝福』を持つユリアを屠ったその実力は本物だ。

 一秒も与えることなく、ノアールを再び串刺しにすることなど容易。

 そのはずだった。


 次の瞬間、男たちの腹部に穴が開いていた。


「え?」


 それはちょうど、ノアールが先ほど傷を受けたのと同じ位置で。

 大量の出血を伴いながら、男たちは地面に倒れ伏した。

 そんな彼らの様子を、ノアールはただ静かに見つめている。


「が……はっ……」


 何が起きたのかわからない。

 男は自分の腹部に手を当て、すべてを悟った。

 致命傷だ。


「安心しろ。塵一つ残さず消し去ってやる」


 ノアールがそう言うと、男たちの身体に異変が起こる。

 まるで砂が崩れるように、男たちの身体が急速に光となって霧散していく。

 後に残ったのは、彼らの衣服だけだった。


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