第2話 すれ違い
「……どうしたものかな」
荷物をまとめたノアールは、ロータス家の前に立ち尽くしていた。
持っているのは、僅かばかり貯めてあった路銀のみ。
すぐに野垂れ死ぬほどではないが、それでもすぐに行動を起こさなければならない。
魔術師としての適性を得る、という一縷の希望もついえたノアールは、虚無感に包まれていた。
もしかすると、魔術の適性を得られる『祝福』を得られるのではないか。
そういった期待はあった。
でも、それももう、期待するだけ無駄な話だ。
ノアールが手に入れたのは、『書き換え』というわけのわからない『祝福』のみ。
「…………はぁ」
とりあえず、どこか雇ってもらえるところを探すのがいいだろう。
荒事は無理だが、事務作業なら問題ないはずだ。
王都ではロータス家の影響力が強いため、地方の都市に行くのがいいだろうか。
今はまだ広まっていないが、ロータス家の長男がよくわからない『祝福』を得て家を追放されたという事実は、嫌でも広まることだろう。
顔までは割れていないはずなので、名前も変えて活動するのがいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ノアールは遠くから一台の馬車が向かってきているのに気付いた。
しかも、ただの馬車ではない。
白銀の鳥の紋章があしらわれたそれは、ランドールの国民であればだれでも知っている、王家特有のものだ。
その馬車が、ロータス家の前で止まった。
中から出てきたのは、ノアールがよく知る人物だった。
「ユリ――」
ア、と声を出そうとしたら、ノアールの身体は馬車の中へと引きずりこまれる。
馬車はそのまま、何事もなかったかのように走り出した。
――――――――――――――
「…………」
「…………」
ノア―ルは、目の前で沈黙を続ける少女に対して、どう声をかければよいのか決めあぐねていた。
突然拉致されたにもかかわらず、なぜか拉致した側が不機嫌そうに黙り込んでいるこの状況は一体なんなのか。
「……どうして?」
ぽつりと。
ユリアがこぼしたのは、そんな言葉だった。
「どうして、頼ってくれなかったの?」
「……俺はもう、ロータス家の人間じゃない。追放された人間と関わるなんて、ユリアにとってもよくないだろ」
「そんなの、どうでもいい!」
ユリアは声を荒げる。
「大切な友達が困ってるのに、何もしないで傍観しているほうが、よっぽどよくない」
そのあまりにもまっすぐな瞳に、ノアールは気圧される。
そうだ。そうだった。
ユリアは昔からずっと、こういうやつだった。
真っ直ぐで、曲がったことが嫌いな少女だった。
「だから、今日はノアにお願いをしに来たの」
「……お願い?」
ちなみにノアというのは、ユリアがノアールを呼ぶときの愛称だ。
ユリアがノアールに頼むことなど、何もないと思うのだが。
そんな彼の心情など知らず、ユリアはノアールを指差し、
「ノア。あなたをわたしの専属魔術師として任命します。拒否権はありません」
「……本気か?」
「本気です」
「……拒否権は」
「ありません」
念のためにもう一度確認したが、彼女の口から出る言葉は変わらない。
「俺は魔術を一切使えないんだけど?」
「知ってる。大丈夫。自分の身ぐらい、自分で護るから」
曲がりなりにも『剣聖』の『祝福』を得ている彼女の言葉は、なかなかに説得力があった。
『祝福』を知ったばかりの彼女でも、ノアールなどよりよっぽど死ににくいだろう。
彼女が厚意でノアールを助けてくれようとしているのは理解している。
理解しているが、それとこれとは話が別だ。
「悪いけど、他を当たってくれよ。仕事を探さないといけないし」
「心配しなくても、ちゃんとお給料ぐらい出せるよ」
「いや、なんというか、うん。わかった。やるにしても、とりあえず雑用係とかから始めたほうがいいんじゃないかな」
彼女の説得を諦め、ノアールはなんとか専属魔術師を逃れる方向に話を進めようとする。
「……どうして?」
「ん?」
「どうして、嫌なの?」
ユリアがぽつりと、そんな言葉を漏らす。
ノアールは彼女から顔を背けながら、声を漏らした。
「そりゃもちろん、身分不相応の役職を与えられても、みじめなだけだからだよ」
「――っ!!」
「……悪い。もう帰るよ。おっちゃん、停めてくれ」
早口でそう言い切って、ノアールは馬車から降りる。
そのまま振り返ることなく歩き続けていると、彼の隣を馬車が追い抜かしていった。