第1話 勘当
『祝福の儀』、当日。
ノアールは、緊張した面持ちで、神殿へと足を運んでいた。
神殿には、彼と同じように緊張した様子の少年少女たちが列を作っている。
彼らは全員、今年で十七歳になる者たちだ。
彼らを見守るように、大人たちも近くに集まっている。
新しい門出を祝うため、親や兄弟などが一緒に参列することも珍しくない。
ノアールの場合も例に漏れず、父と義母、弟が参列に来ていた。
この王国では十七歳を迎えるとランドール王立学院を卒業し、成人扱いとなる。
そして、十七歳を迎えると同時に、一人ひとりが『祝福』と呼ばれる固有の才能に目覚める。
『祝福の儀』は、それを知ることができる唯一の機会となる。
「――ユリア・クリスタル・ランドール」
「はい」
神官に名前を呼ばれた少女は、緊張した面持ちで祭壇を登った。
女性にしては大きめな身長に、凛々しい金色の瞳が特徴的な少女だ。
天使の羽根のように広がる水色の髪は、ランドール王家特有のものである。
彼女はユリア。このランドール王国の第三王女だ。
ロータス家は王家と代々関係を築いてきたこともあり、ノアール自身、彼女とは幼馴染と言ってもいいくらいには親しくしていた。
神官は重々しい様子で頷くと、その口を開いた。
「ユリア・クリスタル・ランドールの『祝福』は、『救世の剣聖』だ」
「おお!」
「あのユリア様が『剣聖』とは!」
「しかもただの『剣聖』ではないようですぞ!」
「実にめでたいですな!」
家臣たちが祝福の言葉を口にする。
ランドール王家の子孫たちは、代々剣をもって王国の守護を象徴する役務を果たしてきた。
『剣聖』は、そんな王国の子孫たちが持つ『祝福』の中でも特に有名で、その恩恵は折り紙付きだ。
さらに固有の名称がつくようなものは、その力が強くなる傾向がある。
「おめでとう、ユリア。がんばったわね」
「ありがとうございます、お母様!」
母からの祝いの言葉に、ユリアは花が咲いたような笑顔を浮かべる。
彼女は母や家臣たちと一緒に、神殿を退出していった。
すれ違いざま、ユリアがノアールにウインクする。
ノアールはそれに気づくと、軽く手を振って返した。
頑張れと、そういうことだろう。
「――ノアール・ロータス」
「はい」
神官にノアールの名が呼ばれ、彼は祭壇に上がった。
今までの人生が、走馬灯のように駆け巡る。
ロータス家は、代々続く魔術師の名門だ。
各世代から少なくとも一人は、王宮に使える宮廷魔術師を輩出してきた。
ノアール自身も、小さなころから英才教育を施され、一日も欠かさず訓練を行ってきた。
残念ながらノアールは剣術や魔術の才能には恵まれなかったが、勉学にはしっかりと打ち込んできた。
魔術は使えないが、魔道具を使うことは問題ないので、魔力があることは確実だ。
魔術理論は理解しているし、他の知識も他人に劣っているとは思っていない。
一番いいのは『魔術適性』系の『祝福』を与えられることだが、数ある『祝福』の中からそれを引き当てることができるかどうか。
そして、運命の瞬間がやってくる。
珍しく、神官が少し困惑したような表情を浮かべている。
それから気を取り直したように、口を開いた。
「ノアール・ロータスの『祝福』は、……『書き換え』だ」
「……『書き換え』?」
ノアールは首を傾げた。
そんな名前の『祝福』は聞いたことがない。
「それは魔術師としての適性に関係のある『祝福』か?」
「いいえ。詳細はわかりませんが、魔術に関係する『祝福』ではありません」
ノアールの父、グロール・ロータスの質問に、神官はそう答えた。
その答えを聞いた父、母、弟は揃ってため息をついた。
「残念だ。もしまともな『祝福』を得ていれば、一族の末席には加えたままでいさせてやろうと思っていたが……」
「……それは、どういうことでしょうか」
ノアールの声は震えていた。
父のその一言で、その先の未来が見えてしまったからだ。
「あなたには理解が難しかったかしら? あなたのような出来損ないは、ロータス家には必要ないということよ」
ノアールの義母、ベスタ・ロータスは、喜色を隠し切れない様子で声を上げる。
彼女はノアールの実母ではない。
ノアールの実母は、彼が幼いころ病気でこの世から去った。
父親が再婚してからは、ノアールの家での居場所はないに等しかった。
「安心してください。お兄様がいなくなっても、僕がロータス家を継ぎますから」
ノアールの弟、アルマ・ロータスは、母親そっくりの表情でそう言った。
幼いころはノアールともよく遊んだりしたものだが、彼はいつの間にかロータス家の跡継ぎという目標を強く意識するようになった。
魔術師としての適性は折り紙付きで、実際にノアールの代わりにアルマを次期頭首に据えようという動きはあった。
今回のこれは、その地位を盤石なものとするための、最後の一手といったところか。
「まともに魔術を使えない者など、一族の面汚しにしかならん。ノアール。今日をもってお前をロータス家から勘当する」
……その言葉を聞いたときのノアールの心情を、どう言葉にしたらよいだろうか。
失意。
諦念。
やるせなさ。
寂しさ。
あらゆる負の感情が浮かび、心にこびりついて離れない。
「……お世話に、なりました」
それが、ノアールがようやく絞りだした言葉だった。
こうして、ノアールはロータス家を勘当になった。
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