陸の孤島
『陸の孤島』という言葉がある。
舞台は雪深い山奥の山荘。集まった人間、そこで起こる殺人事件。血溜まりに横たわる被害者、部屋は完全な密室。窓は鉄格子のはめ殺しで、外は酷い吹雪。足跡ひとつも残されていない。そこで誰かがぽつりと呟くのだ。
「陸の孤島だ……」
と。
こんなミステリーの中にしか出てこないような言葉、まさか自分が現実世界で直面するとは思わなかった。そりゃそうだ、猛吹雪の中、わざわざ山に行くバカはいない。俺だって、そんな辺鄙な行動をとったわけじゃなかった。ところがどっこい、日常の延長線上に『陸の孤島』が存在していたのだ。嘘だと思うだろう、俺だって、嘘だと思いたい。
「おい、東に抜ける国道、雪崩で通行止めだってよ。」
「マジか、いよいよ帰れなくなるんじゃねぇか。」
職員室では先生方が青ざめた顔で話していた。
「はいはい注目ー。」
教頭がパンパンと手を叩く。
「天気がさらに荒れるそうなので、とりあえず子供たちは帰宅させます。至急HR開いて。先生方もなるべく早くお帰りください。もう国道一本潰れてるそうなので。」
ガタガタと椅子を鳴らせて、先生方が一斉に立ち上がる。
「ほら君も、さっさと行く。」
「あ、はい…。」
急展開に頭が追いつかない
とりあえず子供を帰らせる?なんだそりゃ。
「ああ、今年初めてか、キミは。」
先輩の先生と話しながらクラスに向かって廊下を歩く。
「はい……。よくあることなんですか?」
「ん、まぁたまにね。ほらここ、主要道路3本しか通ってないからさ、どっか一本通れなくなるだけでかなりまずいんだよね。」
「はぁ…。」
「あ、田舎すぎて実感湧いてないって顔してるね。」
先輩はそう言うとあははと笑った。
「一昨年だったかな、まじで道路全部通れなくなっちゃって、生徒は帰れたけど先生方は3日間くらい学校で寝泊まりしたことあったよ。『陸の孤島だー』って」
「ええ?それ笑い事じゃなくないですか…。」
「まーねー、道路通れないから流通もストップしちゃって、食べ物がちょっとやばかったくらいかなぁ。」
「……。」
「そんな深刻そうな顔しないの。まだ通行禁止になったの一本だけだし、帰れるって。ほら、まずはHRやっといで。」
先輩にポンと背中を叩かれたが、なんの気休めにもならなかった。
おいおい本当か、俺の『田舎』のイメージをいとも簡単に飛び越えてくるんだが?
車の周りに積もった雪を雑に払い、エンジンをかける。横殴りの雪は酷いが、まだ視界はマシな方だった。
あれからHRが終わって職員室に戻ると、ほとんどの先生方は早々と帰り支度をしていた。
「ほらキミも、ぼさっとしてるとほんとに帰れなくなるぞ。」
つけっぱなしのNHKには上に赤いテロップで『大雪警報』の文字。
「お先失礼しまーす。」
先輩が颯爽と帰っていく。俺も慌てて荷物をまとめて、車に乗り込んだ。
町の真ん中を突っ切る国道に出て、右い曲がる。幸い自宅への道は通行止めにはなっていなかった。
と、青い警備服の人が警棒を振っている、ゆっくりと止めると、コンコンと窓を叩かれた。少しだけ下げる。
「にいちゃん、この道通る気かい?」
黄色い帽子の下から、黄緑色の髪の毛が見える。なんてド派手な、ヤクザかよ、怖いな。
「え、はい…。
「途中で道路半分埋まって片道通行になってるから、気をつけんだぞ。」
黄緑髪のおっちゃんはそれだけ言うと、去っていった。
なんだ、わざわざ言いにきてくれたのか。
田舎は怖い。色々と。アクセルをゆっくりと踏み込みながら、そう思った。