98話 不穏な休日
なにがどうなったのか。
ずっとGに位置していたランクは、いつの間にやらAに上げられていた。なんてことはない、いつも通り小汚い牢でボンヤリとしていると看守がやって来て、前触れ無くランクアップを告げていった。
その後食堂にて豪華になった食事を取る。
つい先日まで最低ランクにいて、私を不憫に思ってサービスしてくれていた食堂のオバちゃんが目を丸くしていたのは面白かった。
「よぉ、いきなりAランクって一体なにがあったんだ?」
そう言って隣に座るのはスルトだった。
私自身も訳が分からない為、ただ肩を竦めるに留める。
「なんでだかね。この間、Aランクのエリアに乱入したりってのが理由かもね」
「それな、最初かなり驚いたぜ。Gランクの囚人がAランクエリアで大暴れしたってな。不思議と名前を聞いてなくても誰のことか分かっちまったよ。や、中々痛快だったな」
見ろよ、とスルトが顎をしゃくって示すと、その先には怨嗟が込められた視線を向けるラングの姿があった。
「これじゃどっちが罪人なのか分からなくなるわね」
利用するだけ利用して、その後は裏切ってポイッと捨てる予定だったガランが想定外の存在により生き延びてしまった。
おまけに策略までバレてしまっているのだから、まさに針のムシロと言ったところか。
それに、と視線を投げるとそこにはアイガーが俯きがちに黙々と食事をしている。
仕事を共にし、かつてのガランに靡いていたのだが傍には誰の姿も無い。不思議そうにしていると、これもスルトが教えてくれる。
「ガランの後ろにくっ付いていたのだが、そこでラングの野郎に唆されていたみたいだな。それで今はあの様だ」
スルトは言うだけ言って鼻を鳴らして食事に集中し始める。
「ん?スルト、よく見ればBに上がってるじゃない!」
「まぁな。他の囚人置いてけぼりにしてたからな」
スルトは薄っすらと笑みを浮かべ、片手をヒラヒラとさせている。私がGランクで憂き目に遭っている間にBにまで上り詰めるとは。
これは相当ハイペースなのではないか。
なにか妙に急いでいるようにも見えるが……。
それに治療を受けているのだろうが、ここまで少なからず無茶をしていたにも関わらず傷跡が全然見えない。
私と一緒に仕事をしていた時にも感じていたが、コイツは一体どれ程の実力を持っているんだ。
「っと、そろそろ仕事の時間か。早めに食べてしまわな――いと?」
ハッと気付き、慌てて食事を済まそうとしたのだがふいに時計を見ると、既に所定の時間を過ぎてしまっていた。
ランク毎に開始時間が異なるのだから、もうこの時点で数人姿を消して食堂内はやや静かになっている。
本来ならラングの野郎が罵声を浴びせながら仕事に向かうことになるのだが、そんな気配は現状見えない。
「んー?」
そうこうしている間に、スルトの順番が来てゾロゾロと食堂を出て行く。それから暫くしてなおも辺りは静かなままだ。
なんなんだ。
先程突き付けられた鋭い視線。ラングに嫌われ過ぎて省かれてしまったということもあるのか。
ポツンと取り残されてボチボチあたふたし始めたところで、ガランが食堂に入って来た。
「なんだ、ここにいたのか」
「今日ってどんなスケジュールになるんだろ」
「あぁ、どうも今日はAランクの方は休みになるみたいだぜ」
「え、なんでよ?」
予想だにしていなかった回答に驚き腰を浮かせてしまった。
これまで碌に休みを与えられていなかったというのに、ここに来て唐突にそれが出て来るとは思わなかった。
「いや、分からない。俺もいきなり言われたからな」
なにかトラブルでも起きたのか。
なんにしても休むことが出来るのならそれに越したことはない。
だがここで眉を顰めることになる。
「なに?随分と晴れない感じだけどなにかあったの?」
「その休みについてだ。それを言いに来たのがトガだったんだ。本来Aを担当しているラングが、と言うのなら然程気にしないのだが」
確かに引っ掛かることではある。
体調不良ということも無いし、あれ程自尊心の高い人間がここで引き下がるとは思えない。
「ま、それだけなら偶々かもね」
先日ラングの面子を潰してしまったことで、私達の警戒心が高まっていることもあって、やや神経質になり過ぎているのかもしれない。
私は立ち上がり、不安そうにしているガランの肩を二度叩く。
休みだというのなら、今日のところは大人しく自室と化した牢に戻るとしようか。
「あ」
廊下に出た後に気付く。
戻るのは良いが、看守が居ないと開けることすら出来ない。
「夢瑠、ここにいたか」
カツカツと小気味良い音を立てて歩いて来たのはトガだった。
「今日の仕事の話は聞いたな?」
「えぇ。偶の休みだし、精々満喫するわ」
暢気にそう言ってヘラヘラとしていると、そんな私に対してトガの表情が曇る。温度差に怪訝に思ってしまう。
もしや先日Gランクエリアから無理矢理転移させたことを根に持っているのかと思ったが、
「ガランさんには気を付けろよ」
随分と不穏なことを言う。
「……どういう意味?」
「分からない。ただ、なにか良くないことを起こそうとしているような気がする。明確な根拠がある訳では無いからどうしても曖昧になってしまうが」
トガはそれだけ言って歩き出し、私は黙ってそれに付いて行く。それからの短い時間、一切の会話は無く緊迫した時間が流れるだけとなった。




