97話 地獄にて世界樹が待つ
「なにぼーッとしてるの?」
道化を両断した後、私は落ちた書物に手を伸ばす。さぁこれから中身を見ようという時、未だ時が止まったかのように呆然としているガランの姿が目に付く。
「あ、あぁ、改めて俺はとんでもない奴を敵に回していたんだなって」
「やっと分かってくれた?」
どうしようかと迷いはしたが、もう手の内は晒している以上下手に謙遜する必要性は感じられない。
自信あり気に笑みを浮かべて見せたところで、ようやっと本の内容に目を落とす。
ページ数は多く、その内容もバラバラな上に目次もないせいで目当ての情報がどこに、そもそもあるのかさえすぐに判断することが出来ない。
文字は読みやすいものの全てに目を通す訳にもいかず、主である奇人には悪いが斜め読みをすることが殆どだった。
「どうだ?」
「うーん、今のところ全然ね。ここなんて単なる旅行記だからね。温泉がとか、スタッフの質がとかどうでも良いってのに」
溜息を吐いて、理不尽とも取れる愚痴を言う。
しばらくはこの手の内容が続き、段々と辟易してきたという頃に紙を捲る手が止まる。
「………………」
「なんだ?見つかったのか?」
「いや………」
それは私が求める内容とは異なっていた。
この名も知らぬ奇人は本当にあちこちを旅してきたようだ。私もその点については大概だと考えていた。
だが奇人のそれは私の度なんて優に越えてしまっている。
私が知らない場所の情報ばかりが錯綜していく。
不思議と興味を示し、私の視線の流れが徐々にのんびりとしたものへと変わっていく。
それに伴い期待感も高まっていくのが分かる。
雨が止まない街。
人間と魔獣が共存している街。
文字が可視化される街。
それら一言一句逃さないように読み進めていく。
いつその単語が現れても良いように。
そして――――……。
「あった」
大量の文章の海が広がる中、私はそこに在る僅かな光を見逃さなかった。そこに記されている「世界樹」の文字。
私にとってなによりも価値のある情報であり、逸る気持ちを抑えながらゆっくり、ゆっくりと一文字を慈しむかのような速度で読み進めていく。
奇人自身もそれを追い求めていたこと。
そして仲間を集めて――――。
美談とも捉えられる内容に思える。この先に待っている物語はきっとハッピーエンドと呼べるものに違いないと、どこか弾むような気持ちを抱きながら次のページを捲る。
――これを読んだ者よ、世界樹を求める者よ。命が惜しくば絶対に行くな。いや、行ってはならない――。
怖気が走り、興奮気味に熱量を帯びていた身体が一気に冷める。
仲間達と共に世界樹が存在する島に到着したのだが、そこで多くの命が失われたこと。
世界を旅してきた奇人ですらも見たことがなく、どれだけ力を尽くしても倒すことが出来ない強力な魔獣がいたこと。
――かつて歴代最強と呼ばれた魔王。彼女の力を以てしても倒せるのか。一緒にいた仲間達は、私以外皆殺されてしまった。
あそこはまさに……。
世界樹が存在する島「地獄に最も近い場所」
書内には最期、それだけ記されて締め括られていた。
気付けば呼吸をするのを忘れていた。
深呼吸の後、ゆっくりと書物を閉じて肩を落とす。折角世界樹に関する情報が得られるかと期待していたが、蓋を開けてみれば危険性ばかりで肝心の部分が欠けてしまっている。
「残念、だったな?」
「ま、ね。奇人は行くな、求めるなってんだからアクセスやら記載するのはおかしいんだけどね」
奇人の文章からは嘘や酔狂の類は感じられない。
これが嘘で実は楽園でしたって方向なら嬉しいが、流石にそれは希望的観測が過ぎるか。
「今の夢瑠が行ったらどうなるんだ?」
ガランが真剣な面持ちで尋ねる。
私の力を認めてくれた上で奇人との比較をしようとしている。
正直に答えてやらないと。
「数分で殺されて終わりだろうね」
奇人がどれ程のものだったかは定かではない。
だがかつての私でもどうなるか分からないという判断を下すのでは、今の状態ではどうにも出来ないだろう。
「精々力を取り戻す努力をしないとね」
全身を縛る呪いの鎖。
これさえ無ければ、といつだって願っているのだが、どうもこれについて近頃なにやら違和感を覚えている。




