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96話 彼方より憎しみを込めて

 第零監獄内、上級看守にのみ与えられる個室にて。


 本来静かに己が業務に勤しんでいるような時間で、とある一室で大暴れしている者が一人。


 普段は神経質なまでに整理され、僅かな埃さえも許さないとばかりに清掃の手が行き届いている室内が、まるでどこぞのごみ屋敷の如く荒れに荒れてしまっている。


 大きな事務机に置かれていた山積みの書類は、まるで敷き詰められたかのように絨毯の上に散らばり、そうではないものはビリビリに破かれてしまっている。


 部屋の中央、そこには主であるラングが肩で息をしながらジッと足元を見つめている。


 その先には引き裂かれた書類の断片と、真っ白な裏面が見えている。ゆっくりと気を落ち着かせ、自身が散らかしたそれらを拾い上げようと身を屈ませたところで急激な吐き気に襲われる。


 一気に込み上げるそれを押さえることは出来ず、気付いた頃には足元に吐瀉物をぶちまけてしまっていた。


 折角鎮まった呼吸は再び荒れ、それに伴いラングの目には涙が浮かんでいた。


「クソガァァァァァァァァッ!!」


 汚れてしまった口元を拭うこともせず、無心でなにも無い天井に向けて叫ぶ。


 ラングが今思い浮かべているのは、夢瑠とガランのことだった。


 計画通りなら今回で詰めに掛かるつもりでいた。心をへし折って、事故を装い死なせるというのがラングが描いていた筋書きだったのに、見事にそれは崩されてしまった。


 最期に立場の違いというものをしっかり教えてやろうと、随分と余計な言葉を吐いてしまった。


 十二分な優越感に浸り、欲求をこれでもかと満たそうとしていた。


 あの時に横やりが入るとは全く想定していなかった。


 まさかあの状況で外部から助けが入るとは思わっていなかった。ましてやAランクに位置するエリアに現れる魔獣を、どうこう出来るとは夢に考えていなかった。


「あいつさえ、あいつさえいなければぁぁぁぁ……」


 吐瀉物を踏ん付けて、自身の机に両拳を叩き付ける。


 自分の思惑を明かしたことで、もう事は上手く運ばなくなるだろう。これまで築いてきた仮初めの関係も壊れてしまった。


 他の囚人への影響も多大なるものとなるだろう。


「いや、他の有象無象共はどうにでもなる。とにかくあの二人だ。連中が反旗を翻そうとも、あのクソ二人を殺してしまえば……私に逆らえばどうなるか思い知ることだ」


 だが、ここで問題が生じていることに気付く。


 それはスイに言われていたことだった。


――夢瑠には手を出すな―――。


 ラングにとって、たかが若造が放った一言に過ぎないのだが相当な重みがあり、今もその胸に突き刺さり続けている。


 上級看守の権限を用いて指導と称した折檻を与えることは可能だ。それこそ以前のように独房に閉じ込め、ぞんざいな食事でジワジワと衰弱死させることだって出来る。


 だが、下手に逆らってそれがスイの耳に入ればどうなるか。


 ラングは全身に怖気を感じたが、却って頭が冷えて落ち着きを取り戻す。


「そうだ。バレなければ良いんだ。そんな簡単なことに気付かなかったとは」


 ラングは一人笑みを浮かべ、考えていることを実行した後の結果について想像を膨らませる。


 これならばスイはなにも言えないだろう。


 こうなるともう笑うことを押さえることが出来ない。


 Aランクのエリアで実績を収めることで、出獄出来るというルール自体は嘘ではない。


 それがある限りガランは動かざるを得ない。


「必ず、殺してやる」

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