95話 元魔王の実力
目の前からは、私を屠らんと斬撃が迫る。
軌道なんて一切気にせず、ただ手数だけに重きを置いた斬撃を、私は最低限の防御行動を取るだけに留めている。
まさに種も仕掛けも無い。
手で迫るそれらを弾きながら、殆ど失速すること無く駆ける。
落ちて散らばった書物達が、次の一歩を阻もうと知ったことではない。それごと巻き込んで足を動かす。
「さて……」
間合いに入った瞬間に、道化の繰り出す大鎌の鋭い刃が迫る。妖しく輝く刃は私の首元に届こうというところで、身体を屈ませて回避をする。
どう動くか読めない分、直線的に間合いを詰めることにリスクはあったが、それとは裏腹に確信めいた考えも持っていた。
この道化に攻撃のバリエーションなるものはほぼ存在しない。
攻撃を掻い潜ると、刃の遠心力で道化がグラつく。それから苦し紛れに放たれる前蹴りを受け流してようやく攻撃に転じる。
「あら?」
その瘦身を打ち砕こうと握り締めた拳を突き出すも、咄嗟に後退されたことで不発に終わる。
だが未だ間合いの中にあり、道化を逃がすまいと追撃に出るが私の拳は悉くが空を切ることになった。
「むむ」
「カカカッ」
誇る速度は大したもので、ほんの数歩の後間合いから脱してしまった。
「…………」
紫鼬という魔武器を手にしながらあれだけ動けるということは、逃げに関しては相当な水準にあるということだ。
どうする。
考えている間にも、道化は再び笑って大鎌を振りかぶる。
またしても斬撃が飛ぶ。
意図しているのかどうかは定かではないが、道化は私に思考の時間を与えるつもりは無いようだ。
避ける動作を省いて、私もまた一直線に駆ける。
「白兎」
名を呼んでその手に短剣の魔武器を顕現させる。
次の一歩に、爆竹でも炸裂したかのような大きな音がし速度が一層増していく。
突然の変貌に道化の表情は凍り付く。
紫鼬を構え直し、高速で迫る私を迎え撃とうとする。
「!」
道化の様子が明らかに変わった。
つい今まで見せていた緊張感の欠片も無い表情や態度が消え失せ、見せているのは高度な集中だ。
怖気が走る。
瞬間―――横薙ぎの一閃。
だがそれはまたしても私には届かない。
視認は出来なかった。
本来なら私の防御は間に合わず、その身体は果物を切るかの如く分断されていたことだろう。
「残念だったわね。私の反射速度の方が勝ったわ」
白の短剣、白兎は速度を筆頭に身体能力を向上させる効力を持っている。それに加えて、集中したばかりに道化の斬撃に軌道が加わるようになってしまった。
鋭さを得て、不規則性を失ったことで刃は私の魔武器によって防がれることとなる。
「さ、終わらせるよ」
それから繰り出す連撃を、道化は一つたりとも視認することは出来なかった。
「カカ……カ………」
斬り刻むつもりで腕を振るっていたが筋肉が捩じ切れそうになる。腕がもげたかと錯覚する程の痛みが生じて、私は攻撃の手を止めることになる。
手加減をしたつもりは無かったが、それでも道化は立ち続けて未だ致命傷には届いていないようだった。
耐久性の弱い白兎に小さなヒビが入り、身体能力向上による反動が襲い掛かる。
「夢瑠!」
私の異変に気付き、後方にいるガランが叫び駆け寄ろうとするのを手で制する。
重い金属音がした。
見れば、大きなダメージを負った道化が息を切らして持っていた大鎌を落としてしまっていた。
「丁度良いわ。これ、返して貰うから」
白兎を引っ込めて、屈んで落ちた紫鼬を拾い上げる。
「カッ!!」
何気に手に取って、軽く数回素振りする。ただ、それだけで道化はなにか感じるものがあったか後方に下がる。
「おぉ、まだ足はかなり動くようね」
嘆息したものの、かなり余裕を持っている。むしろ距離を取ってくれるのは望ましいとさえ考えている。
紫鼬という強力な武器を以てしても、私どころかガランすら屠ることが出来ないことには大きな理由がある。
「お前の敗因。それはコイツを使いこなせていないことにあるわ」
「?」
離れたところで私を見詰める道化からすれば、当然その自覚は無いし言われていることが的外れであると感じていることだろう。
戯けたことを言っている、と表情が緩みかけてさえいる。
私の言っていることが正しいということをこれから証明してやる。
「あらよっと」
「ァ――――」
声を上げる隙間さえ与えない。
私が紫鼬を振るう。
その後に道化は胴体が切り離されたことに気付いて、そして絶命し霧散していった。
ふぅ、とゆっくりと大きく息を吐く。
「終わったわね」
本物が魔王シリーズを使えばどうなるか。
きっと道化は今も自身が死んだことに気付いていないかもしれない。
それだけ鮮烈な死を与えたつもりだ。




