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94話 道化の一撃

 奇人と呼ばれた男が残した書物。


 そこから現れた道化は貼り付けたような笑顔を浮かべたまま、持っている大鎌をクルクルと回している。


 紫鼬シユウ


 それが道化の持つ鎌の名。


「おい、お前アレがなにか知っているのか?」


「知っているもなにも、元は私が使っていた武器だわ」


「は?なんであの道化がそんなもん持っているんだよ?」


「さぁね。私が聞きたいくらいだわ」


 道化が本棚を壁代わりにして高く跳躍する。空中で身を翻して大鎌を振り回すと、たったそれだけで鋭い斬撃が飛ぶ。


 斬撃の雨が降る。


 どれもが必殺の一撃になり兼ねないそれらを辛うじて躱していく。


 紫鼬は私が魔王だった頃、いつの間にか宝物庫から無くなっていた代物だ。


 どこに行ったのだと、当時の配下達は騒ぎ喚いていたがまさかこんなところで再会することになるとは思わなかった。


 盗まれたと考えるのが自然だが、それを実行した者を特定するのなら間違いなく件の奇人の仕業だ。


 あの野郎、まさか当時の私から盗みを働くとは良い度胸をしているにも程がある。


 道化が紫鼬を振り下ろすと傍にあった本棚に縦筋が入る。それから数秒もしない内にそれは分断され、滑るように倒れてしまったのを見て、その切れ味に改めて戦慄する。


 距離を置けば斬撃が飛び、近付けば一瞬にして両断される。


 長物であり小回りという点では利きにくい武器なだけに、間合いにさえ入ることが出来れば一気に攻撃に転じることは出来そうだが、恐怖心が邪魔をして中々実行出来ない。


「おらあぁぁぁぁぁ!あんまり調子に乗るんじゃねえぞ!」


 そんな私を他所に自棄気味に突っ走って行くのはガランだった。


「カカカッ!」


 道化は愉快そうに歯を鳴らし、迫る外敵を斬り刻まんと大鎌を振り回す。


 その軌道は不規則そのもので飛ぶ斬撃の方向性は読みにくく、回避はかなり難しい。


 だが、ガランは被弾覚悟で一直線に走る。


 強化の魔法が全身を包み、斬撃のダメージを大幅に軽減しながら足を前に進めていく。


「おぉ……」


 嘆息してしまった。


 道化の繰り出す斬撃は決して弱弱しいものではなく、下手をすれば四肢が千切れかねないというのに、臆さず直進していくクソ度胸に驚きを隠せない。


 ガランはラッセル車のように前へ、前へと進んでいたのだが次の一歩を踏み出した途端に後退する。


 次の瞬間飛んで来たのは紫鼬の刃だった。


「ッぶね!」


 物理攻撃については受け切れないと判断して後退する。


「どうだった?」


「あの刃を躱さないとな。俺の防御では両断されてしまう可能性がある。夢瑠、なんとか隙を作れないか?」


 ふむ、と一考した後にガランを置いて次は私が前に出る。


 依然として道化は笑い、大鎌を握る手に力を込めるのが分かった。


 ガランのように被弾覚悟で間合いを詰めに行っても良いが、それではその後に待ち受ける紫鼬による直の斬撃に遭ってしまう。


「なら、こういうのはどうかな?」


 取り出したのはリボルバー銃である銀獅子。弾倉には爆炎弾が数発入っている。懸念としては書庫に対する破壊なのだが、今の時点で道化による斬撃で数ある本棚は原型を崩してしまっている。


「後先は後で考えるってことで」


「!!」


 銃口を向けると道化が僅かに怯む。


 私はそれを見て薄く笑い、躊躇い無く引き金を引く。


 次の瞬間道化のすぐ傍にあった本棚が爆発と、その炎により灰燼と化した。


「ありゃ?外してしまった」


 そういえば銀獅子を使うのは久しぶりだった。


 感覚が鈍っていることもあるし、それにバクやケイからの調律もしばらく受けていなかった。


 これは少し扱いに難儀するかもしれないが、今のところ魔武器使用による反動は来ていない。


「あ、コラ!逃げるな!」


 今の一撃で恐怖心を覚えた道化が本棚を蹴りながら、この場から離れていく。


 すんなりと逃がしはしないと、引き金を引くがやはり道化に命中はしない。だが、外れたことが良い方向に作用し、道化が蹴るつもりでいた本棚が先に爆発四散してした。


 それにより道化は足を踏み外すような形で、前のめりに転倒してしまう。 


「よーしよし。そのままおとなしくしててよ」


 今度こそ、としっかり狙いを定めて道化に重い一撃を見舞ってやろうとした時だった。


――ギャアァァァァァァァァァァッ―――。


 突如金切声を上げて一心不乱に紫鼬を振り回すと、今までとは比べ物にならない数の斬撃が飛び、私は本棚の陰に隠れざるを得なくなった。


「もう少しだったのに」


「おい!お前、あんまり無茶苦茶するなよ。あんな轟音鳴らしていたら看守達がすっ飛んで来るぞ」


「あ………」


 それは全く考えていなかった。


 だが今のところ書庫の外が騒がしくなっているような感じはしない。防音自体は利いているものの、そこに剛性があるとは思えない。


 なのに落ち着きようはまるでなにも起きていないかのような。


 それに――――………。


「分かった。ならこの銃は仕舞っておくわ」


 聞き分け良く応じて魔武器を片付けて空手に転じる。


「なにか手立てはあるのかよ?」


「まぁ、ね」


 私はそれだけ言って無防備にも飛び出して行った。


 なにも考えずに一直線に進むとなれば、待ち構えている道化が繰り出す斬撃の餌食となることだろう。


 それは道化は勿論、ガランだってそう考えている。


 だが、それに反して私は無造作に出した手の甲で迫る斬撃を弾いてやった。

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