92話 魔力の鼓動
時計の針が動く音が聞こえる。
カチ、カチと小気味良い音だがそれがこんなにも鮮明に耳に届いたのはこれが初めてだ。
監獄に似つかわしくないくらいに柔らかく高級ある絨毯の上を歩く。照明は暗過ぎず明る過ぎずと、程良い塩梅となっている。
「ここがBランクの書庫なのね」
「なんか……落ち着かねえな」
ゆったりとしたBGMが流れ、読書を嗜む者の集中力を高めて本の中にある物語に没頭させることに注力されているようだ。
辺りを見回せば、数人の見覚えの無い囚人と思しき人物達が黙々と文章の海に沈んでいる。
そんな静か厳かとも言える空間で、似つかわしくない二人が険しい顔して歩く。
最低Dランクにならないと入れない書庫で、それが上がっていく毎に新たなエリアに進むことが出来るのだが、段々と空間が広くなっている。
Dは個室のように狭かったにも関わらず、Bまで足を運べばかなり広くなりどこぞのコンサートホールのようになっている。
その分保管されている書物の多く、全て読破するのは困難を極めることだろう。
「なんだか小難しい感じにもなって来たわね」
「CやDの時は薄い本が多かったからな。Bになった途端まるで辞典だ。装丁にしても豪奢なものもあるし、猶更手を出しにくいな」
そんな見ているだけで眩暈を起こしてしまいそうな書物の群れを通り過ぎて、いよいよAランクに繋がる扉が現れた。
「ッ…………」
扉自体は飾り気のない無機質なものだった。
書物のそれと比較し、どこにでもある地味な扉なのだが開けようと手を伸ばしたガランの身体が硬直する。
手を引っ込め息を吐くガランに眉を顰め、
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
私には分からないなにかを感じ取ったのか、ガランはジワリと浮かぶ汗を拭う。
よし、ともう一息吐いていよいよ扉を開ける。
無音で扉は退き、次の書庫への敷居を跨ごうとしたところで漂う空気が一気に変わったのが分かった。
「なるほど、これがAランクなのね」
嘆息してしまった。
このAとBの境には、ふさわしくない人物を弾く為の結界が張られていた。
一つ一つの扉に証明書や照合が必要が無かったことに、僅かな疑問は持っていたが、今の結界を用いて選別や振るいを掛けていたということだ。
基準は分からないが、私の場合だとガランと行動を共にしていなければ敷居を跨ぐことは出来なかったことだろう。
「おぉ………」
次に嘆息したのはガランだった。
書庫の広さ自体はBとそう違わないのだが、高さがまるで違う。
見上げて首が痛くなる高さまで伸びる本棚に、ぴっちりと隙間無く収まっている書物達。
「この中から目当ての本を探すのか。気が遠くなりそうね」
「……だな」
奇人と呼ばれた男が残した書物。
それがあるとされているだけで、実際のところは分からないしそもそもどんな本なのかさえ分からない。
「タイトルは?」
「分からない」
「ヒント無しかよ」
砂漠の中で針を、と言う程の難易度では無いがそれでもかなり過酷な作業となりそうだ。
情報を得ようにも書庫にデータベースシステムは無く、他の来訪者も見受けられない。
適当に手を伸ばして本を取るが、装丁からして内容が読めない。ページを捲って見てもそもそもの言語が分からないものさえある。
「読んでいるだけで目が回るわ。うわっ、これなんて呪術書だし!」
「迂闊に触らない方が良いかもな。中身に術式組み込まれでもしていたら、無意識に読むだけで発動させかねん」
「うげッ」
投げるように本を棚に返す。
手の平を見詰めてなにも異常が起こっていないことに安堵する。
「とりあえず時間が許す限り、虱潰しにするしかないか。ところでその奇人というのは比較的有名ではあるが、そいつが残した書物になにかあるのか?」
「世界樹について。私はそれに関する情報を求めているのよ」
「世界樹とはまた……難儀なものを探しているんだな」
「お?ガランは世界樹の存在を信じているの?」
「そりゃ疑いはある。だが、ここ第零監獄だってそれに近い存在とされていたが実際にあったしな」
ガランの反応は意外なものだった。
お伽噺だ、なんて笑われるか馬鹿にされるかの二択かと思っていたが。もしや私はガランという男の性質を勘違いしているのかもしれない。
とりあえず適当な話をしながら書庫を歩き回る。
目ぼしいものがあれば手を取り、深追いせずに本棚に収める。その繰り返しになる。
この時、私達は気付いていなかった。
並ぶ本に気を取られ、意識の外で現れている微量な魔力に――――。




