91話 生き方を変えるということ
監獄に戻ってから、治療班はかなり慌ただしく働き始める。連日運ばれる多くの負傷者に辟易していることだろう。
私自身治療班が使うような回復系には疎く、また医療についても全く言って良い程知識が無いことで、その過酷さについて真に理解出来てはいない。
ただ、その傷の具合や出血量と分かりやすい見た目でしか判断出来ない。
それはガランについても同様で、揃って心配そうに眺めていると後方からカツカツと靴を鳴らして早歩きで向かって来る者が一人。
「ラングさん!一体どういうつもりですか?」
白衣を来た中年男性が怒りを露わにしてラングに詰め寄る。上級看守であるラングに、荒い言動が出来る辺り立場としては対等ということか。
「…………」
「連日この状況ですよ!もうベッドが足りなくなります。貴方という者が付いていて何故こんなにも負傷者が出るんですか!」
「……………」
ラングはなにも答えないどころか、反応すらかなり鈍い。
なおも白衣の、ガランが言うにイルという男は大声でラングに詰問をしている。
「ちょっと!話しを聞いて――――」
「うるせぇな!要らねえことばかり言ってねえで、さっさと治療しやがれ!」
ラングが突然怒声を上げると周囲の空気が硬直してしまう。野次馬根性丸出しの囚人達は、直接喝を受けたかのように背筋を伸ばしその殆どが顔を引っ込めてしまった。
「……………」
「?」
イルが怯みながらも引き下がらない姿勢でいるところ、ラングはそれを無視して私達の方に視線を投げる。
憎しみの籠った鋭い視線。
憤り、掴み掛って来るかと思ったがそのまま踵を返して歩いていく。イルはそれを追おうと一、二歩と足を動かすものの、すぐに止めて医務室に戻っていく。
「自身の計画と面子に傷を入れられたんだから、そりゃ怒って当然よね。あの様子じゃ、相当苛ついて他に八つ当たりしかねないわ」
トガを半ば脅すようにして、連中の狙いというものを知った。
Aランクで優れた実績を収めれば、それを買われて出獄することが出来る。
これは囚人達に人参をぶら下げて働かせる為の狂言だった。
実際Aにまで上がった囚人には、Bとは比べ物にならない強力な魔獣の前に降格を余儀無くされる。
看守達は囚人達を見下し、同じ生き物として捉えていないだけに、その命をどうなろうと知ったことでは無く、むしろ積極的に追い詰めようとする。
それは最悪の事態が起こったとしても構わないという意思表示だ。
「なんにしても助かった。礼を言わせて貰う」
ガランが落ち着いた口調で言うと、ゆっくりとそれも随分と恭しく頭を下げた。
「まさか、アンタに礼を言われる日が来るとはな」
「そりゃ命を救って貰ったんだ。当然のことだろ。なにかやって欲しいこととかあるか?今までのことでフラストレーション溜まっていただろ?なんなら囚人達の前で土下座だってしてやるぜ」
「土下座、ねぇ」
腕組をして考えてみる。
表向きの、うっすーい部分ではあるもののガランが抱えているものを知ってしまった以上、安易にそれを要求するのは好ましくない。
それに魔獣を前にして仲間を守ろうとする姿勢。
そして傷付いた者が多く、今も治療を受けているという状態で、本人はかなり現状を憂いているであろうに謝辞を口にしている。
「まぁ、いきなり言われても難しいか。だったら後日でも――――」
「あるわ」
「なんだ?」
「書庫に連れて行って。そこで探したい本があるの」
ガランが顎に手を当てる。
少しすると得心がいったように頷く。
「分かった。なら早速今から行こうか」
内心よっしゃ、と拳を突き上げる。
ラング達が私をGランクから上げる気が無いのは薄々察していたし、ここで件の書物を手にすることは半ば諦めていたが、思わぬ形で僥倖が舞い降りた。
人助けか……。
――なぁ夢瑠。こういうのも悪くないだろ?――――。
私を縛る呪いの鎖、そこから発せられる忌々しい金属音と共に聞こえるはかつての配下の言葉だった。
「はいはい」
つい反応をしてしまった。
「?」
「や、なんでもない」
自分の進む道に、他者を干渉させたくないと生きてきたが時にはそれを変えてみるのもありなのかもしれない。




