8話 闇市〜都市伝説を辿る〜
「これ、どこを歩いているんだ?」
「そんなの、私が聞きたいくらいだわ」
冷たく、乾いた空気が流れている大通り。
今私達はそれとは真逆の道を歩いている。
漂う臭気と異様なまでに高い湿度。仄暗い道はまるで洞窟のようでなんとも気味が悪い。
何気無く歩いているだけで汗が滴る。
建物から流れている排水が影響しているのか、時折強い熱気のようなものを感じる。それがこの道全体の温度を上げてしまっているせいで不快感は高まるばかりだった。
「––––––ッ!!今、なんか頭がジュッていったんだけど!」
上層から滴る液体。
それにはなにかしらの薬品が混ざっているのか、地面に落ちた際に物質を溶かすような音がする。
「あまり見上げない方が良いわね。うっかり口に入れてしまったり、目に入ろうものならどうなるやら」
カケルは苛立ちながらも着ているパーカーのフードを被って、肌の露出を抑えることにしたようだ。
暑さは数割増ししそうだが。
「本当にこんなところを歩かないといけないのかよ?」
「んなもん、私だって避けたいわ!元とは言え、なんでこの世界の王だった私がこんッな薄暗くて汚い道を歩かないとならないのか!でもそこにカケルがここから抜け出す為の鍵があるかもしれない。だったら確かめない訳にはいかないでしょ」
「そう……だな。悪い、俺のせいなのにな」
「そんなことは言ってないわ」
カエデが教えてくれた闇市という場所。
そこは違法合法問わず沢山の品物が集まる場所らしい。夢、この裏世界と現実世界を出入り可能とする鍵であるならば、もしや闇市に出回っているかもしれない。
尤も、見た目は単なる鍵であり効果まで分かる者はいないだろうが。
ただ、カエデも言っていたが実態は見えておらず存在自体が都市伝説めいているそうだった。
「よぉ、そこの二人。ちょっと止まれや」
依然として薄暗い道の先で二人の男が立ち塞がる。もしやこの先への案内をしてくれる、ということではなさそうだ。
僅かに差し込む陽光。
それにより男が持っている得物が光る。
「なんの用?悪いけど、私達は先を急ぐの。邪魔しないで貰えるかな」
「威勢が良いねぇ。大方噂の闇市とやらに行こうとでもしているってところかぁ?」
「あるの?」
「あ〜?知らねえよそんなもん。ただよ、こうして定期的に噂に惑わされて裏通りを行こうとする連中がいてな。おい、無事にこの先を歩きたければ金を置いていけや」
「なッ!テメェ等……」
なまじ得物を持っているからか、それか私が女であることが原因なのか男達はカケルを前にしてもニヤニヤと余裕の姿勢を崩さない。
カケルが前に出ようとするのを手で制す。
「払える金は無いわ。でもこの先に行きたい。出来れば穏便に済ませたいんだけど」
「それは無理だな。金は無くても金目の物はあるだろ?」
男達は互いに会話を交わすことは無く、目配せや動作で連携しているようだ。今も所持品を探ろうと私達の身体に手を伸ばそうとしている。
なんの躊躇いも無く、異様とも言える程に手慣れているように感じた。
「グアァァァァァァァァァァァァァァッ」
だからその手を取って、それから折ってやった。
男は断末魔のような悲鳴を上げて両膝を付く。
残ったもう片方が引き攣った声を上げて逃げようとしたところを、なにも詰まっていないであろう空っぽの頭を掴んで、ただ建物の壁に叩き付ける。
あとは激痛に苛まれているもう一人の脳天に拳骨を落として勝負アリだ。
「えぇ……秒殺じゃねえか。今更ながら俺、とんでもない奴に喧嘩売ろうとしていたんだな」
「言い方が悪いわね。別に殺してはいないわ。慈悲深いから失神ノックアウトで許してやったのよ」
汚い汚水が垂れ流されている地面に倒れる不届き者を放って先に進む。
噂に釣られてやって来た者を餌食にするとは非道な連中だ。これくらいの罰は受けて然るべきだろう。
「ちなみにだけどよ、今のでどれだけの力を出したんだ?男二人を相手に全く本気を出している感じがしなかったし」
「……精々一割以下ってところかな。ちなみにオーガ戦の時もそれくらいになるわ」
「一割……マジかよ。だったら本気を出せばあの時もオーガを倒せたってことになるのか?」
「そうなるわね。まぁ、それが出来たらって話だけどね。今の私はある事情があって全盛期の一割も力が出せないのよ」
「事情、か。それは夢瑠が魔王じゃなくなったことに繋がっているのか?」
「ま、そんな感じかな」
事情、だなんて言い方をしたからか、カケルはこれ以上踏み込むようなことはなかった。
かつての配下が掛けた呪い。
これを解かないことには力が戻ることはない。
––––貴女は強過ぎるのです。故に他者の気持ちを理解することが出来ない。こうして皆が離れていっても尚––––––………。
かつて犯した過ち。
いつだったか言われた言葉が今も胸に刺さり続けている。