88話 ガランの決意
今日も今日とてGランクの仕事をこなし続ける。
いつもとエリアが異なるのかマッドリザードに加えて一部ヘルハウンドも混ざっていた。
とはいえ、その程度では手をこまねくようなことも無く、今日も魔武器無しで片付けることが出来ている。
「んー、もう居ないか」
担当のトガの指示で歩を奥の方へ進めたのは良いが、最初の群れと遭遇してからは魔獣の姿を見かけることは無かった。
「どうするの?」
「あぁ、もう少し進もうか」
トガは機器で地図を確認し、行き先を指し示すものの今日もどこか集中しきれていない。
ここ数日ずっとそうだ。
頭を時折下げる素振りを見せている辺り、相手は先輩看守なのだろうが一応業務中という状況下でそっちに気を取られているというのは如何なものか。
後方に下げている囚人達がなにやらヒソヒソと話をしているのが聞こえる。
大方の予想は付いている。
どうせガランのことに違い無い。
ガランの意地がそうさせるのか、初日にボロボロに跳ね返されたというのに碌に態勢も整えないまま、危険エリアへ足を踏み入れ続けている。
一日たりとも休まいせいで、日を追うごとにその姿は傷付き、付き従っていた取り巻き達の数が減っていく。
正直見ていて痛々しいのだが、もはや周囲からすれば見世物同然と化してしまっている。
これまでの恨みつらみのせいで、大半が悪意を含んだ興味を持っているだけの状態だ。
なにが面白いのか後方の囚人達がクックッと肩を震わせ笑っている。大したことは無いのだが、それがやけに癇に障り足を止めて睨みを利かせる。
「―――――ッ」
「なんだよ。聞けばアンタが一番ガランのクソ野郎から被害を受けているじゃねえか。CランクからGまで落とされて、未だ燻り続けていているし内心では面白くないと思ってんだろうがよ」
「それがどうした?私は近い内に借りを返すつもりよ。それに引き換えなんだお前達は。一人どころか徒党を組んでもアイツに勝てないだろうよ。あまつさえ影でコソコソしやがって。言いたいことがあるのなら、直接言いなよ」
連中はまだ納得していないようだが、かと言って私すらも相手に出来ない以上、これ以上の反応は現れない。
とりあえず黙ってくれたということで目の前を見て、魔獣が全く見当たらないので次は再度後方に目をやる。
「ねぇ、ずっと誰かと話しているけど、それってガランの関係?」
いきなりトガにそう言うと露骨に動揺する。
根拠なんて無い。
鎌をかけただけだったのだが、おかげで話しの内容が分かった。
「……まぁそんなところだ」
「状況はどうなの?」
「芳しくは無い。直近のガランの状態を見れば分かってはいるだろうがな」
トガは面白がる風も無く、苦悶にも似た表情を浮かべている。
これ以上語られるようなことは無く、その後のことについては食堂でガランに会った時に理解することとなる。
「ボロボロね」
「……あぁ、お前か。悪いかよ」
日に日に摩耗していくガランはもうとうに限界を越えているようだった。力の劣る取り巻き達は、きっと今日も減ってしまったことだろう。
「別に。ただ、悪いことは言わないわ。アンタ、明日から少し休んだ方が良いわ」
「そうはいくかよ。ただでさえなにも出来ちゃいないんだ。休もうものならまたBランクに落とされてしまう」
「それでも良いじゃない。死ぬよりマシでしょ。もう一度やり直して、そして力を付けてから再挑戦でも―――――」
「そんな悠長なことは言ってられねえんだよ」
私の言葉を遮るその声には普段の覇気がこもっているように思えた。
拳を握れば傷が開き、ガランが痛みに悶える。
「なんでそこまでする必要がある?」
はっきり言って不愉快なのだ。
弱い癖に、深手を負いながらも決して諦めずになにかに手を伸ばし続ける。そんな姿を美しいとのたまう部下もいたが、私には到底理解出来ないんだ。
「娑婆に残してきた家族がいるんだよ。だから俺は一刻でも早くここを出ないといけないんだ」
「――――――ッ」
意外な言葉だった。
言うに事欠いて家族、か。
一切の信念も持たず、ただ気持ちの赴くままに動いているだけだと思っていた。
限界を越えながらもAランクの仕事に拘るのも、単に面子やプライドを守る為だと決め付けていた。
「なんだお前……」
ガランが私を見て呆れながら眉を顰める。
私は気付かない内に歯を食い縛ってしまっていた。
今込み上げている感情の正体は怒りだった。
「これは俺の問題だ。お前なんかには関係無えからもう失せろ」
口調こそ荒いものはあったが、表情はほんの少し柔らかくなっていたように見えた。
「俺は……必ずここを出る」
ガランが決意を口にする。
だが、現実というのはそう甘いものではない。
今まで誰も出たことが無い監獄、か。




