87話 因縁の相手の失速
人が集まれば、必ずその中にはお喋りな存在はいる訳で誰に聞くでも無く、起きた異常事態の内容は流れて来る。
束の間の休息と自由時間。
食堂で時間を過ごしていると、まるで風の乗るかのようにそれは耳に届くのだった。
「……………」
内容としては大方の予想通りで、Aランクの仕事の最中に起こったものとなっていた。
Bランクとは全然違うエリアに連れて行かれ、そこで出会った魔獣はこれまでと比べ物にならないくらい強力であったようだ。
ガランだけならともかく、それに満たない取り巻き達では成す術が無く、一時間と経たずに撤退を余儀無くされてしまうこととなった。
被害は甚大であり、ごく少数の軽症者を除けば殆どが重症者となってしまっており、最悪なことに死者まで出してしまったようだ。
「……………」
食堂の隅、いつもなら哄笑しながら図々しくもど真ん中や人を押し退けて席についているような男が、今日ばかりは肩を狭めるようにしてモソモソと食事をしているのが見える。
これについて、事故扱いとし特段の罰則を設けるようなことは無いのだが、今回の結果に少なからずショックを受けている。
取り巻き、どうせガランは彼等を下に見ていたのだろうが、それでも少しは仲間意識なるものがあったのかもしれない。
本来なら私含め、周囲もソッとしておいてやるのが筋や優しさというものだが、ここにそんなものを持ち合わせている者はそう多くない。
「お前のせいで仲間が死んだな」
「ざまぁねえ。調子に乗ってるからだ」
「いつも偉そうにしやがって。全然大したこと無いんじゃねえの?」
数人の囚人がこの機を逃すまいと、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながらガランを取り囲んでいる。
「ほらよ。仲間の墓参りってやつ、ここで今してやるよ」
そう言って食器をひっくり返して中にあった汁物をガランの頭に掛けている。
「………………」
ガランはなにも言わない、言い返さない。
だがその拳は千切れんばかりに握り絞められているのが分かる。
連中にしても、今までのガランの行いに腹を据えかねるものがあったのだろう。
私から見ても目に余るものはあった。
落ち目に報復されることは自業自得とも言えるだけに、一概に連中を責めることは出来ない。
「その辺にしておけ」
だが、気付けば私は立ち上がり連中に声を掛けていた。
「なんだお前?」
「止めとけ」
一人が私を睨むと、他の囚人がその男に耳打ちをしている。
「あぁ、お前がそうなんだな。お前はなにも思わないのかよ?コイツに嵌められて懲罰を受けて、ランクを最下層まで落とされてよ。報復したくねえの?」
「そりゃ腹立たしいとは思っているわ」
ガランの肩がピクリと反応した。
「だけど落ち込んでいる時にそうするのはフェアじゃないわ。コイツには然るべきタイミングで、きっちりお灸を据えて精算してやるつもりよ」
だから止めとけ、と付け加えてやると連中は苦々し気な表情を見せた後に離れてくれた。
素直に退いてくれて良かった。
気分的に落ち込んでいたとしても、実力的に連中が敵う相手では無い。握られた拳が爆発する前で本当に良かった。
「……どういうつもりだ?」
「いや別に。単に気に入らなかっただけよ」
「は、んだよそれ。俺はお前も気に入らねえよ」
ガランは俯きながら力無く笑う。
「そりゃ正直なことで。まぁ、今回のことは残念だけど態勢整えてまた挑戦するしか無いわね。対策も出来るし、次からはもっと上手くいくでしょ」
そんな軽口を叩いて、励ます素振りでも見せておいたのだがガランは息を漏らして口元を緩める。
「態勢を整える、ね」
「なによ?」
突っ掛かって来ないのは良いことだとして、それでも含みを持たせた態度を見せていることに違和感を抱かずにはいられない。
「いや…………」
歯切れが悪い。
「手伝ってやろうか?」
「は?」
ガランが素っ頓狂な声を上げる。
その反応は至極当然のものであり、私自身どうしてそんな一言が出て来たのか分からなかった。
「テメェの力なんざ要らねえよ。まずはGランクから脱してからモノを言いやがれ。まぁ無理だろうがよ」
その一言はガランにとって挑発めいたものへと変換されたのか、萎びていた身体から幾分か覇気が戻ったように見える。
こめかみに血管が浮かんだのを頃合いだとして、特に言い合うことも無くその場を離れてやることにした。
元々理由さえも分からない気まぐれのようなものだ。
乗り気にならなくて良かったとさえ思える。
ただ一つ、言っておきたいのは私がGランクに落ちたのはお前のせいだということだった。




