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86話 異常事態

 スルトからガランのランクについて話は聞いたものの、私には直接の関係は無く、今日もどこぞの地下空間で魔獣と戦っている。


「前日に結構倒したと思ったけど、もうこんなにうじゃうじゃと湧いて来るとはね。一体どれだけ生息しているんだか」


 地面を敷き詰めているかのような数だ。


 私はともかく、実力不足や負傷して満足に動けなくなっている者はかなり危険かもしれない。


 大なり小なりの差はあるが、新たなダメージを受けた訳でも無いというのに、消耗度合いがギリギリな者がいて、傍目に見ても瀕死状態に陥ろうとしているのが分かる。


 舌打ちの後に担当看守であるトガに目を向ける。


「ねぇ、コイツ等下げた方が―――――――」


 トガの様子がおかしい。


 耳に手を当て、なにやら話しをしていて目の前の状況がまるで見えていないようだ。


 再度状況を伝え指示を仰ぐがまるで聞いちゃいない。


「なにをやってんのよアイツはッ」


 助けてやる義理は無い。


 だが、私の弊害になるのなら排除するしかない。私はフラフラに足を引き摺りながら魔獣に立ち向かおうとうする囚人達の襟首を掴み、無理矢理後方に下げさせる。


 急を要するということで扱い自体は雑であり、半ばぶん投げるような形になってしまったが、そんな余裕が無いので勘弁いただきたい。


「他のも!不安があるなら下がってて!」


 邪魔だから、と言ってやらないだけ有難いと思って欲しい。


 俺も俺も、と釣られるようにそそくさと掃けていく連中を眺めながら、目の前の魔獣に集中していく。


 相手はマッドリザード十数体。


 それらを必死で片付け、終わる頃にはマッドリザードの血を多く浴びてしまい、後方に控えていた囚人達が蒼褪めた顔をしていた。


 一息吐いて、顔に付いた部分を腕で拭いながら踵を返してスタスタと歩く。


 まるで腫物だ。


 囚人達は私が歩を進める度にたじろぎ道を開けてくれる。鼻を鳴らして一直線、向かう先には未だ現状が見えていないであろう新人看守が……。


「痛ッ!」


 考えるよりも先に身体が動いていた。


 立場の違いなんて全く気にせず、振り上げた拳を素直に落とすとトガの脳天を震わすこととなった。


「い、一体なにを―――――ってアレ?」


 トガは一旦我に返ったように私を見て、次にその後方を見て暫し呆然とする。


「す、すいません。こっちが一段落付いたようなので、後程改めて連絡いたします」


 相手が誰であるかは分からないが、目に見えない相手に対してヘコヘコと頭を下げている辺り、それが先輩であることは明らかだった。


「もう、終わったのか?」


「まぁね。ちなみに負傷者は私の方で後方に下げておいたから、今回新たな傷を負うとかは無かった思うわ」


「そうか……ありがとう。分かった」


 素直に礼を述べるのは良いが、トガの態度に違和感を覚えてしまう。なんとも心、ここに在らずという感じだ。


 本来想定していた時間より、結構早く終わったということでもう少し奥の方へ進むかと思っていたが、トガは少し迷う素振りを見せた後に転移魔法を展開させる。


 早く戻れるのならそれに越したことは無い。


 負傷者の囚人にはなんの義理も無いが、それでも目の前で人死にが出るというのは気分がよろしく無い。


 トガもまるで集中していないし、判断を誤る前に切り上げるのは正解だ。


 新人だと言っていたし、不慣れなのは分かるのだが見せている異変は露骨だ。


 だが、その正体を数分後に知ることとなる。


 監獄内に戻ると、そこには野戦病院のような光景が広がっていた。


 目に入る囚人、誰一人として無事である者はいなかった。


「――――――ッ」


 思わず息を呑む。


 一体なにがあればこんなことになるのか。


 展覧会よろしく、私は部屋に収まらず廊下でも倒れて治療を受けている囚人達を眺めながら歩く。


「あ」


 ふと、目の前に見慣れた男の姿があった。


「ガラン、なにがあったの?」


 この男に声を掛けるのは不本意だった。


 根に持っている訳では無いが、今でも出来るだけ関わり合いになりたくないとさえ思っている。


 だが、状況が状況だ。


 この異常事態とも言える状況の、その渦中にコイツがいるのは間違い無い。


「お前には関係無い。消えろ」


 ガランはそれだけ言って、そこから離れて行ってしまった。


「……………」


 そんなガラン自身も顔の半分を覆う程の包帯が巻かれ、一言話す間に見えたのは、白地のそれに血が滲む光景だった。


 ヨロヨロと、小突けば倒れてしまいそうな程に頼りない足取り。


 足元に目線を落とせば血が滴り落ちている。


 Aランクの仕事をする上でなにかあったのは自明の理だった。


「夢瑠、今はどこも一杯だから食堂には向かわず牢に戻るぞ」


「それは良いけど、これ一体なんなのよ?」


「……話すことは無い」


 トガは暗い表情で唾棄するように言った。


 やがて仲間達を憂う、すすり泣くような声が聞こえ始める。


 私に出来ることは無いし、そのつもりもない。


 黙らせるなんてもってのほかだ。


 だが、こういう光景を再び目にすることになるとは思わなかった。


 ここに来てからは過去を思い出してばかりな気がする。


 この光景は、私の心にも暗い影を落としてしまうこととなる。

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