82話 執行者スイの懸念
零監獄。
その一室で男達が顔を合わせて談笑している。
一人はこの監獄内で上級看守の地位に就くラングという男、そしてもう一人はスイという優男だった。
囚人達の目が届かない一室にて、二人が挟むテーブルの上には叩けば割れそうなグラスが置かれ、中には高級な酒が注がれている。
「まさか、こんな所にスイさんが来て下さるとは思いもよりませんでしたよ。事前に連絡を下さればもっと良いおもてなしも出来たでしょうに」
囚人達には横柄且つ蔑み人間扱い等しない、傍若無人な振る舞いをしているラングであっても、このスイという男の前では態度を改めざるを得なかった。
だがスイの方はそんなラングに対して恐縮している。
「そんなそんな。僕も突然訪問してしまい申訳無かったです。なるべくお時間取らせないようにいたしますので」
「いやいや、異端狩りの、それも執行者であるスイさんが来てくれるだけでも光栄なことです」
スイはまた苦笑いをして、言われたことを否定しながら手を振る。
「して、今回はどのようなご用件で?」
「僕が捕らえた囚人が元気にしているかなっと思いましてね」
そう言ってスイが薄っすらと笑みを浮かべる。
だが、ラングからしてその言わんとすることが分からず眉を顰めるばかりとなった。
「どうされました?」
いつの間にか緊張の糸が僅かばかり緩んでいたようだ。
ラングは一瞬驚いたように目を見開いた後、一呼吸置いて上役となる男と目を合わせる。
「いえ、よもや囚人のことを気に掛けているとは露とも考えておりませんでしたので。ちなみにそれは誰のことなのでしょうか?」
「夢瑠、という女性だ。知っておりますでしょうか?」
スイからの答えを聞いて、ラングはまた目を見開く。スイ程の男が誰の名を出すのかと、必要以上に構えていただけにラングは拍子抜けしてしまう。
「あぁ、アイツですか。夢瑠なら今は懲罰により最低のGランクとなって数日独房に閉じ込めていますよ」
「Gランク……はて、夢瑠ならもう少し上位にいるのかと思っていましたが、存外ここの囚人達のレベルは高いようですね」
「ほぉ」
スイが嘆息する。
お互いにお互いを驚かせ合うような展開が続く。
「確かに女にしては中々の実力を持っていましたね。ですが、そこは我々の方でお灸を饐えてやりましたがね」
「へぇ、それはどういう?」
和やかだった空気がヒリ付く。
温和な表情で話を聞いていたスイの様子が変わり、ラングはそれに動揺しながらも心の中で押し留める。
「我々看守と繋がっている囚人がいましてね。そいつと共謀して罠に嵌めてやったんですよ」
スイの反応が途端に冷たく鈍いものになる。
なにかがスイの琴線に触れたことは察したが、特定が出来ない以上話をすり替えられない。
スイが笑みを浮かべ、沈黙のまま手を差し出して続きを促す。
それが作り笑いであることは明らかだった。
「最初の洗礼でも優れた実績を収めただけでなく、恒例となっている先輩連中の洗礼にも屈しませんでした。どころか反撃までする始末でして。大体の新人は最初の洗礼で大人しくなるんですが、これでは我々の面子が潰されると懸念して罠を仕掛けたってやつです」
出る杭は打たれる。
それがここ第零監獄での慣例だ。
快適に長生きしたければ従順になるべきなのだ。
「な、なにか?」
第零監獄のルールや慣例というのは、特段秘匿事項ということは無い。囚人が外に出ない以上、害ある情報が漏れることは無い。
あるとしても精々が噂程度のもので信ぴょう性は置いてけぼりだ。
こうして第零監獄を出入りする看守や、異端狩りの存在以外には。
当然スイについてもそれを把握しているものだと思っていた。
「いけませんねぇ」
「は、いや……なにがでしょう?」
スイが静かに被りを振る。
「これは第零監獄内にこれまでもあった―――――――」
「他の囚人のことは良い。ですがあの女、夢瑠に無闇にちょっかいを出すのは止めておくことをお勧めしますよ」
忠告のつもりだったのか。
スイはそれだけを言って立ち上がり部屋を出ようとする。
「ちょちょ、ちょっとお待ち下さい。あの女になにがあるというのです?」
扉を手に掛け、あとは去るだけという状態で動きが止まりラングの方へ振り返る。
「先日勇者が覚醒したことはご存知ですよね?」
「えぇ、そりゃまぁ」
「では魔王については?」
そこまで言われ、ラングは得心がいった。
「あの女がそうだと言うのですか?ですが、先代はもう力を失っていると聞いております」
スイが頷く。
「不幸中の幸いですが、力を失った筈の先代の覚醒は刹那的なものでした。ですが、下手に刺激を加えて藪から蛇が出て来るようなことがあってはなりません。言っていること、分かりますよね?」
ラングは口内にいつの間にか溜まっていた唾液を飲み込み、小刻みに震えながら頷くこと数回。
「これは一部しか知らない極秘事項です。くれぐれも他言されませんように」
最後に釘を刺して客人は部屋を後にする。
本来なら立場上見送りをしなければならないのは分かっている。
「……………」
ラングは黙りこくったまま室内に留まり続ける。
それは湧き上がる感情から浮かぶ表情を見られたくなかったからだ。
「あんな奴が魔王だと?面白れぇ」
話の内容自体は衝撃であり、相対していたスイから感じられる圧力も相当だった。
だが、そんなものは些末なことだった。
ラングは一人笑う。




