77話 襲撃と噂話
何者かが発する複数の足音と近付く腐敗臭。
私達が先に進む前に、薄暗闇から四足歩行の魔獣が現れた。
「ヘルハウンドだッ!!」
誰かがそれを見て叫ぶと、私は内心で舌打ちをする。
そこにいるのはてっきりレッドラットなのだと思い込んでしまっていた。だが、今迫る脅威は黒い犬のような魔獣で初日に戦ったレッドラットより格上になる。
レッドラットがFならヘルハウンドのランクはE。
たった一つしか格が違わないのだが、それには大きな差が生じる。
獲物を見つけ、ヘルハウンドが加速する。
一直線に進み勢い良く飛び掛かると、脅えて無防備になっていた囚人に腕に噛み付く。
それを切っ掛けに悲鳴が幾重にも連なる。
他人事では無い。
鋭い牙を剥いた魔獣は私にも向かって来る。
「おっりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」
魔武器を使うかかなり迷ったが、数秒後選択したのは自身の拳だった。先のレッドラットと違い、ヘルハウンドの頸部から伝わる感触は重く硬い。
手応えは確かだが拳が僅かに痺れた。
見た目は細い犬の癖に中に筋肉でも詰まっているのか。
ヘルハウンドが低く唸る。
「まだまだ元気そうね」
咆哮の後に再び迫る魔獣を迎え撃つ。動きは速いものの直線的で読みやすい、大口を開けて馬鹿正直に突進するのを拳を振り上げ顎に直撃させる。
無理矢理な形で口が閉じると、刃先がはみ出た舌を僅かばかり嚙み切ることとなった。
次の一撃に備えて構えていたが、今ので脳を揺らしたであろうヘルハウンドは口から泡を吹いて痙攣している。
「よし、まずは一体」
と、テンポ良く片付けたところで落ち着きと、エンジンが掛かってきたと次を求めたが、周囲の魔獣は粗方始末されてしまっていた。
今の襲撃は不意を突かれたということもあり、それだけで負傷者が大勢出てしまった。
中には昨日のレッドラットのダメージと合わさってしまい、倒れ込んでしまっている者までいる。
ヘルハウンドは数こそ多くなかったものの、こうも早く戦闘が終わってしまうとは思わなかった。
私の他に立っているのはスルトと、あと数人だ。
「無事みたいだな」
「おかげ様でね。にしても今のは探りを入れて来たって感じね」
霧散した魔獣から魔石を回収し、残った数人で歩き出す。傷を負ってしまった者は、この段階で心が折れたか先行く私達を見送るだけで微塵も足が動こうとしていない。
ヘルハウンドの群れは最初の襲撃以降姿を見せない。
漂う臭気は変わらないが、魔獣の気配自体は乏しい。今予想出来る範囲で軽く様子見であると見解を示したが、どうも合っているようだ。
「差し詰めペットってところだな」
そう言うのは私達に付いてきているアイガーと名乗る男だった。金髪で痩躯でスタイルこそ良いが、話し方や身振り手振りを見ているとどうにも軽薄な印象は拭えない。
「と、いうことはこの先にもっと強力な魔獣がいる可能性が高いってこと?」
「そういうこと!」
アイガーはその通りと指を鳴らす。
「先輩連中はそれを狙って先に行ったようだよ。ヘルハウンドも連中を知っているからか、弱そうな俺達新人を狙っていたようだし」
アイガーは頭の後ろで手を組みながら歩く。その口振りからは僅かな不満が見え隠れしている。
「なるほど。道理でこんな薄気味悪い場所で躊躇い無く歩ける訳だ」
「にしてもここどこなんだろう。転移魔法で連れて来られたから全然分からないわ」
足元や壁にはコンクリートが敷かれている辺り、純粋なダンジョンでは無さそうだが。
なんにしても地図が無い以上、私達は手探りの状態を余儀無くされる。どんな魔獣がいるのかも分からないだけに不安要素はかなり強い。
「色々心配事はあるけどさ。やっぱり一番はあの先輩連中だよね」
その辺り考えていることは同じだった。
昨日が投獄されて初日だというのにあの有様だ。今後も嫌がらせめいたものは続くだろう。
「気になったのは囚人の数だね。幾つかのグルーピングがされているんだろうけど、それにしても少ないと思わない?」
「確かに……」
第零監獄は一度入ってしまえば出ることは殆ど不可能だと言われている場所だ。
入ってくる割合が多いのなら囚人は増える一方となる。
スルトは黙ってアイガーの話に耳を傾けている。
「なにか知っているの?」
アイガーが薄っすらと笑みを浮かべる。
あくまで噂話、と前置いた上で出て来たのは看守達による間引きだった。




