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75話 初日が終わる

 いつから目を付けられていたのか。


 私と相対している髭面の男は余裕そうにニヤニヤしながら指の骨を鳴らしている。


 チラチラと周囲を伺えば、私と同じく新人達が先輩方に立たされて逃げられないように囲まれている。


 スルトや他数人は平然としているが、多くはいきなりの剣呑な雰囲気に狼狽している。


「……こうして考えると、これだけ男がいるのにまず私を狙う辺りなにか思うことは無いの?」


「んなもんねえよ。教育をしてやるのに性別もクソもあるか。運が良くて高ランクに位置付けられて調子に乗られるとムカつくからな。ま、心配するな。お前の次はそこの男にしてやるよ」


 そう言って男が目を向けた先にはスルトがいる。


 だが、依然としてスルトは平然としている。どころか、望むところだと言わんばかりに睨み付ける。


 それが気に入らない男はスルトに対し怒りの表情を向ける。


「……………」


 気付いたことがある。


 コイツ、隙だらけであると。


「あ?」


「あ……」


 考えるよりも先に身体が動いていた。


 男の隙を完全に突く形で繰り出した拳は、がら空きの頬に直撃することとなった。


 罪悪感がセーブを掛けてくれたことで、頭蓋が砕けるような事態にはならなかったが、それでも男は間抜けな声を上げて倒れてしまった。


 その際にテーブルや椅子を、まるでボーリングのピンの如く巻き込んでしまったことで、辺りにはけたたましい音が鳴る。


「て、テメェ、よくも…よくもぉ……」


 倒れたテーブルを杖代わりにしながら、男はヨロヨロと立ち上がる。口調こそ依然乱暴なままだが、身体はまるで言うことを聞かないようで今にも転げそうだ。


 このままでは私をどうこうするのは不可能だ。


 これ幸いと内心喜んではいたが、いかんせん過程に不意打ちが含まれているせいで、周囲の先輩方の怒りが一層沸き立つ。


 それぞれの怒号が響き、薄い窓ガラスが小刻みに揺れている。


 さぁどうしたものか、と息を吐いていると、


「貴様等ァッ!!なに騒いでんだ!静かにしねえか!懲罰房に閉じ込めるぞ!」


 勢い良く扉を開けて飛び込むように入ってきたのは看守だった。


 ラングでは無いが、やはり役人特有の横柄な感じはこの看守についても同様だった。


 だが、実際の実力はともかくとしてここでの力関係は完全に看守側に優位性が保たれている。


 私達以上にそれが分かっている先輩方は、看守を見てはすぐさま煮えたぎっていた頭を冷やすこととなる。


 看守が露骨に不機嫌そうに舌打ちをする。


「偶々気付いたから良かったものの、早速騒ぎを起こしやがって」


 そう言って私を睨む。


「私は被害者に近いんだけど?」


「黙れ。貴様に抗議の権利なんて無い。俺達が黒だと言えば、それが例え白だろうが黒に変わる。今回は見逃してやる、が次に騒ぎを起こしたらどうなるか覚悟しておけ」


 看守はそれだけ言って踵を返す。


 傍らにいる怪我人には歯牙にも掛けない。


「……………」


 偶々、ねぇ。


 よく言ったものだ。


 ここに来て丸一日と経過はしていないが、看守達の人間性というものはよぉく分かった。


 そんな連中が囚人達を監視していない筈が無い。


 好きに泳がせて、結果怪我人が出ようとも、最悪死者が出ようとも構わないとでも考えているのかもしれない。


 あくまで事故にしなければならない。


 そこに看守達への非が存在してはならない。


「おい」


 いけない、考え事をしてしまっていた。


 溺れかけていた思考の海から顔を出すと、発端者である男が目を真っ赤に充血させながら、まるで獣のように息を荒げている。


「今日はこの辺にしておいてやる。だが、お前は必ず殺してやるからな」


「囚人同士の争いはご法度のようにも感じているんだけど?」


「表向きはな。だが、俺達は近い内に行動を共にすることになるだろう。その時に事故にでも見せかけて殺す」


「は?なんでアンタと行動を共にすることになるのよ?」


「バァカ。誰が教えてやるかよ。ここにいる新人も少しずつ減っていくかもなぁ」


 男は舌を出して愉快そうに笑う。


 第零監獄での濃い一日が終わりを迎えていく。


 看守の態度や、先輩方の洗礼、ランク付けによる扱いの差と娑婆のそれと比較して環境は悪い。


 そして男が最後に言ったこと。


 これからなにが待ち受けることになっているのか。


 今考えても詮無きことだ。


 一旦それらを棚上げし、以降のことは明日の私に任せることにした。

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