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74話 監獄での礼儀というもの

 鼓膜が破けんばかりのラングの怒号が聞こえない静かな室内では、食器同士がぶつかる乾いた音ばかりが鳴っている。


 ここは食堂。


 どんな扱いを受けるのかと早々に身構えていたが、どうも食事は普通にさせてくれるようだ。


「む」


 油で揚げられた肉を食すが結構味も良い。


 野菜類も並び栄養面についても考慮されているのが分かる。


「よぉ夢瑠」


「あぁ、スルトか」


 隣の空席にお盆を持ったスルトがドカッと座ると、その衝撃で汁物が揺れて零れ落ちそうになる。


「スルトの食事は結構豪華ね」


 品質については読めないが、単純に品数と、一つ一つの量が多い。米なんて山盛り過ぎて崩れるのではないかと不安になる。


 スルトは嘆息する私を見てやや嬉しそうに短く息を漏らす。


「そりゃ俺はBランクだったからな。優遇されるってもんだ。そういう夢瑠もCランクなだけあって、中々恵まれているじゃねえか」


「確かに、ね」


 ラングから告げられたランク。


 私は何故かCランクが付与された。


 新しく入った囚人の中ではスルトに次ぐ上位ランクとなった。ラングから扱いに差が出るとは聞いていたが、この食事からして納得だった。


「あれ、見てみろよ」


 スルトが食事に手を付けつつ顎で示すのは、顔の一部を包帯で覆った男だった。


 同じ車両に乗せられていた男であり、見覚え自体はあるがあの催しの後に集められた中にはいなかった。


 傷が痛むか、食べ物を口にする度に苦悶の表情が浮かぶ。


 そこからもう少し視線を落とすと、並ぶ食器の数が私達のそれと比べてかなり少ないのが分かる。


「これがランクの差ってやつね」


「そういうこと。下位に落ちるようなことがあれば、俺達にもあれが待っているということだ」


 食器に申し訳程度に盛られた水っぽい米に、色が悪くなった野菜。魚の煮干しがほんの少し入れられただけで、殆ど具の無い汁物。


 あれでは量もそうだが栄養価も全く足りないだろう。


「言っておくが同情なんてするんじゃねえぞ。俺達が奴等を助けたとして、次に立場が逆になった時に助けて貰えるとは限らねえ。所詮俺達は大罪人だ。性根がまともじゃねえのさ」


 なにも返すことが出来ない。


 レッドラットに襲われているところを助けた男は、未だに礼の一つも無くなに食わぬ顔で細々とした食事を取っている。


 どころかそのことを忘れ、結果自身が怪我を負ってしまったことについて不満そうにさえしているようだ。


 要するにここでは全てが自己責任ということか。


「まぁ、俺達も現状は優遇されてはいるが手放しでは喜べねえな」


「は?どういう――――――」


 スルトがそう言ったのがスイッチになった訳では無いのだろうが、これまで黙々と食事をしていた男達が一斉に立ち上がる。


 そして示し合わせたかのように私達の周囲を囲む。


「よぅ新人。随分と良い待遇を受けているじゃねえか」


「そりゃどうも」


 明らかに良い感じはしない。


 会話を楽しむような気はしないので素っ気無く返して、軽く会釈だけしておいてやる。


 誰だ、とスルトを見るが首を傾げるだけだ。


「俺達はここの先輩だ。お前等、なんか悠長に飯を食っているが俺達に挨拶しなくても良いのかよ?」


 名も知らない先輩とやらが、私のすぐ傍で大声を上げる。


 広い食堂の中、私と同様の新人達の動きが止まり発信源に意識が傾く。


「…………」


 一体なんなんだ。


 張り詰めながらも落ち着いていた雰囲気が、急激にヒリ付き始めて居心地が悪くなる。


 男の一人が私の肩に手を置くと爪を立てながら指先に力を込める。


「良い思いを出来るのは今だけだ。あんまり調子に乗るなよ。これから俺達がお前等にここでのルールって奴を教えてやるからなぁ」


「面倒臭ッ。ていうか触んないでよ」


 こんなところに来てまで上下関係とは。初日から先輩風を吹かせて下の者を従わせようとか下らな過ぎる。


 溜息交じりに置かれた手を振り払うと、男のこめかみに血管が浮かぶのが見えた。


「ほぉ。女の癖に良い度胸しているじゃねえか」


「度胸は知らないわ。ただ、お前如きに恐怖心を抱くことは無いってだけ」


「馬鹿が。大人しく従っていれば可愛がって貰えたものを……」


「頼んでないって」


 男達からすれば、私が怯えながらも目一杯強がっている小動物にでも見えていたのか、揃って気持ちの悪い笑みを浮かべている。


「良いぜ。だったらこれから馬鹿な女に色々教えてやる」


 男がそう言って舌なめずりをする。


 連中になにか感じることは無いが、今の仕草については恐怖に似た怖気が走ることとなった。

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