71話 命がけの催し
「お、おい」
降車させられ、そこからたった二百メートル程先にある監獄に至るまでの間のことだった。
初めに気付いたのは囚人の一人だった。
皆が足を止め、男が言うことへ意識を傾ける。
「おい!モタモタするな!キリキリ歩けッ!!」
ラングが怒声を上げ、数人がヨロヨロと動き出そうとするもやはりそれが気になってすぐに足が止まる。
明らかに地面がグラグラと揺れている。
地震の類かと思ったが、これだけ明確に現象が起こっているというのにラングが全く動じていないことに眉を顰める。
それに足元に建てられている石の橋はいかにも頑強そうで、そう容易く揺れるとも思えない。
突然のことに私達がいくら足を止めようとも、ラングは歯牙にも掛けず後方から魔獣を寄せて圧を与えてくる。
情けや容赦なんて掛けるつもりはサラサラ無いようだ。
依然として揺れは収まらず、私達は一様に狼狽しながらゆっくりと歩かされることとなる。
監獄に近付くにつれて揺れが大きくなっていくのが分かる。
なるほど、と得心がいく。
どうやらこの揺れの元は監獄内からのものとなっているようだ。
「さぁ入れ」
ラングがそう言い、分厚く重たそうな観音扉がゆっくりと開き飛び出してきたのは鼓膜が破けんばかりの大歓声だった。
地面だけでなく、今度は空気が振動している。
「な、なによコレ……」
中央の広い道を挟んで両端には鉄格子と、その中にいるのは大量の囚人達だった。
そのどれもが一癖ある人相をしており、新たな後輩が入ってきたことを喜んでいるようだった。
勿論悪い意味で。
犯罪者の見本市。
そんなことを思い浮かべながらゆっくりと歩く。
発せられる言葉はどれも物騒なものばかりで、この先にまた別の地獄が待っているのは自明の理だった。
「ようこそ第零監獄へ。もう分かっているだろうが、ここにいるのはお前等の先輩に当たる連中だ。精々可愛がって貰えよ」
それがなにを意味するかは一同分かった筈だ。
ラングはここ一番の笑みを見せて手を広げる。
「幸せ過ぎて死んでしまう奴もいるかもなぁ」
先輩達は手が届かないことを理解しつつ、今も必死に手を伸ばしている。
私達の中でも、同じ囚人であって性格の差は色濃く出始めている。私を含め驚かされながらも平然としている者、今にも失禁しそうな程に脅えている者と分かれてしまっている。
罪人という括りでは同類であるだけにその辺り面白く感じる。
「アンタは、平然としているんだな」
話しかけて来たのは、囚人の中でも一際身体の大きい男だった。
ぼろい麻布越しでも分かる体躯に息を飲む。
単純な体格だけならいつか出会った殺人鬼オーガと同等かもしれない。
「どうだろうね。案外ビビッてたりして、ね」
あまり余裕を見せて、痛くもない腹を探られるのも気に入らない。ここはワザとらしくでも嘯いておくとしよう。
「女がここに来るのは珍しいそうだぜ。辺りを見てもいるのは小汚い男ばかりだ。そんな獣の巣窟に放り込まれればどうなるか……アンタが一番危険かもなぁ」
「ある意味そうかもね」
下卑た言動ではあるが、男が試すような意味を持って言ったのはなんとなく伝わる。
「俺の名はスルトだ。ここには長居するつもりはねぇが、よろしく頼むぜ」
「夢瑠よ。奇遇ね、私もそのつもりだわ」
そうやって呑気に自己紹介なんてしていると、ラングが手を叩く。
「さて貴様等!先輩方同様、俺もお前等のことを歓迎したいんだけどよ。見ての通り、ここは荒くれ者共が溢れ過ぎちまっているんだ。悪いが、全員入れてやることは出来ない。そこで、だ。早速だがここで振るいに掛けさせて貰うぜ」
ラングがまた手を叩くと、頭上から大きな物体が落ちて来た。
「な、なんだよコイツはぁッ!!」
囚人の誰かが叫ぶ。
それは鼠のような外見をした大きな魔獣だった。
充血し、裂けんばかりに開かれた目と赤く染まった口周りと鋭く尖った歯が飛び出している。
「三分だ。今から三分後にこの人食い鼠レッドラットを放つ。お前等は食われないよう必死に逃げろ。それを監獄内の案内も兼ねてやるぜ」
先輩囚人達は一層沸き立ち、そんな様子を満足そうに眺めるラング。
囚人達は一目散に走り出し、残されたのは
「狂ってるわね」
「なんにも狂ってはいねぇよ。あくまで遊びだよ、遊び。さ、まだ死にたくないのならさっさと逃げることだな」
ラングは薄ら笑みを浮かべながら行け、と手をヒラヒラと振っている。
あくまで余裕ということか。
反撃に遭うだなんて微塵も考えていないという様子だ。
「さて……」
レッドラットは獲物を前に、設けられた制限時間を待たずに襲い掛かって来そうだ。
一体では大した力は無さそうだが、他にどれだけいるか分からない以上下手に動かない方が良い。
ゆっくり息を吐いて、熱くなっていた感情を幾分か冷ましてから私も遅れて走り出す。




