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70話 洗礼

 どれだけ車両の中で揺られただろうか。


 狭い空間の中では殆ど会話は交わされず、重苦しい空気ばかり漂っていたことがあって外に出るとまた別の意味で解放感を味わうこととなった。


「あれが第零監獄……」


 車内で聞いていた恐怖のイメージと打って変わって、目の前に鎮座する建物は綺麗で、三百六十度を包囲するかのような照明により華々しく見えてしまう。


 なにも知らずに来れば、どこかの大きな遊園地なんじゃないかと勘違いしてしまう程だ。


「聞け屑共!あれがお前等のホームだ!本来なら生きる価値無しと見做され、その場で斬り捨てられる運命にあるお前等をわざわざ生かそうって言うんだ!精々有難く思うことだな」


 ラングと名乗る第零監獄の職員が心底見下した視線と、口調で意識を自分に向けさせる。


 粗暴な言葉遣い、そして嫌悪感を隠そうとしない態度と表情。


 それに反比例して身なりはかなり小綺麗な物を纏っている。


 数ある監獄でも際立って凶悪な囚人が集められるこの場所に勤務しているのだから、全職員中で優秀でエリートなる存在がいる筈だ。


 つまりこのラングという男も例に漏れずエリートと呼ばれるであろう存在であり、それ故に私達のような囚人を侮蔑するのは無理もない。


「あ……あ…あぁ」


「?」


 すぐ横にいる男が虚ろな目で全身を震わせている。


 一際大きな異変を見せる男の様子に、私だけでなく他の囚人達も眉を顰める。


「貴様ッ!!なにをしている!」


 ラングが怒声を上げると私は内心舌打ちをする。


 男の様子は単なる恐怖心だけで片付けられない程に異常だった。そんな相手に対して更なる負荷を強いればどうなってしまうか。


「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」


 男は奇声を上げながら踵を返して走り出す。


 周囲が一層騒めく。


 一人が逃げ出そうとしたところで、他の囚人達も知らない者同士顔を見合わせて牽制している。


「おいおい」


 私達はずっと外界からの情報を遮断された状態でここに連れられたのだ。どことも分からない場所で身を投げ出すようなことをすれば、このまま収監されるより危険な目に遭うかもしれない。


 周囲に動揺の色が広まっていく中で一人、それを歯牙にも掛けずに佇んでいるのはラングだった。


 囚人が逃げようとしているのに不自然なくらい落ち着いている。


 下手をすれば罰則を受けるような事態が生じているのに、一体なんなんだ。


 そう訝しんでいると、ラングは焦るどころかニヤリと笑う。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」


 直後、断末魔の叫び声がした。


 再び視線を男の方向へ向けると、もうそこには人らしき姿は見えなくなっていた。


 代わりにあるのは人だった肉の塊と、体内の血液が爆ぜたような跡。


「馬鹿が」


 ラングが手を叩くと姿を見せたのは大きな魔獣だった。


 四足歩行の、感情が見えないまるで機械のような存在。


 その足元には踏み潰したであろう男の血液がべっとりとこびりついていた。


「ま、そういうことだ。こうして毎度逃げ出そうとしては殺される馬鹿がいるんだ。もはやこれは恒例だな。良いか、お前等に自由はもう訪れない。逃げたければ逃げれば良い。だが、ここ第零監獄の周囲には飼い慣らしている魔獣がウヨウヨしているから、その男のようになりたくなければ大人しくしていることを勧めるぜ」


「テメェ、こうなることが分かっていたってことかよ?」


 短髪で中年の男が目と歯を剥いて前屈みになっている。


 分かりやすく怒っているようだが、対してラングは依然として無風状態となっている。


「だったらなんだ?」


「気に入らねえってんだよ」


 今の惨状を目の当たりにしながら、なおラングに突っ掛かろうとするのは流石だが、


「繰り返すが、だったらなんだと言うんだ?」


 ラングの背後からヌゥッと新たな魔獣が姿を現す。


 先のそれと同様に機械じみたところはあるが、やはり強力な魔獣であることは間違い無い。


 男の怒りは収まらないながらも勢いが衰えていくのが分かる。


「ここでは外の世界での常識は存在しないと思え。お前等に人権なんて与えない。まぁ、外で罪を犯したお前等ならその辺りよーく分かるだろ?」


 ラングはそう言って囚人達に先を促す。


 この先に待つのは地獄となるのか。


 ただ、何故だかこの先にある監獄の入り口からは歓迎めいた雰囲気が漂っている。


 まさか歓迎会でも催されるのか。


 そんな訳無いと自嘲気味に思って、おとなしく従うことにする。

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