64話 少女の覚醒
勇者の素質なんてさして珍しいものでも無い。
アレクにいる自称勇者達の中でもそれは何度も感じた。
だが、それが芽吹くとなると話し全く別物となる。多くが有象無象に過ぎず、アキナについても例外では無いと思っていたし、むしろそう願っていた。
「…………ッ!!」
アキナが懸命に剣を振るうがノーブルレッドに当たらない。
小さな風切り音と共に、地面にアキナの血液が滴る。
ここに来るまでそう強力な魔獣はいなかった筈だ。私クラスであっても傷を負うことは無かったが、アキナではそうはいかなかったということだ。
「どう見ても才無き側に回る筈……なんだけどな」
今、私はそんな取るに足らない存在に脅威を抱いている。
ノーブルレッドの表情には不自然な程余裕が感じられない。消耗しているのもあるが、つい先程私と戦った時はそうでは無かった。
現に回避するどころか躊躇いも見せずに応戦して来た。
だと言うのに、今ノーブルレッドは必死の形相で回避し続けている。
上手く言語化出来ないが、奴も私と同様に異様な感覚を覚えているに違い無い。
「調子に乗るなよッ!!」
ノーブルレッドの一撃がアキナに直撃し、鈍い衝撃音と共に数メートル先に吹っ飛ばされる。
「まだまだぁ!」
アキナは血反吐を吐きながらも尚立ち続ける。
バケツをひっくり返したような血液量を流しながらも、その眼差しには強い力が宿ったまま標的を睨み付ける。
なにが可笑しいのか笑みを浮かべ、勢い良く飛び出していくと再び剣を振るうと刃先がノーブルレッドの頬を掠めて小さな傷を付けた。
「?」
力が増している?
転げ回りそうな程の痛みがありながらも狂ったように笑みを浮かべる辺り、単純に意識がどこかにトリップした状態になっているのかと思ったが、それだけで無く少しずつ魔力が強化され始めている。
それに伴い剣速が鋭くなっていく。
もはや目に見える変化であり、今も動きが洗練され続けている。
「どこまで伸びるか」
未だ実力差は歴然だが、確実にその差は埋まってきている。私が戦力外状態になっている以上、アキナへの期待感は膨らむばかりなのだが不安感もある。
「ガアァッ!!」
ノーブルレッドは形振り構っていられないと言わんばかりに反撃する。いつの間にか、目は赤く充血し髪は逆立っている。
強靭な衣服は裂け、中の胴体にも浅く無い傷が刻まれているのが見える。
アキナの方も致命傷とも言えるダメージを幾度と無く受けているにも関わらず、何故か倒れる気配が無い。
「よくも……よくもオォォォォォッ!!」
「滅茶苦茶キレてんじゃん。私は楽しくなってきたけどねッ!!」
ノーブルレッドが怒りを露わに、アキナはケタケタと笑い対極的な状態となりながらも戦闘は一気に加速していく。
いつしか拮抗し、お互いの攻撃が激しくぶつかり合う。
飛び交う魔力は当人達だけで無く、辺りの建物にも波及し段々と崩壊していく。近くにいた住民達も興味はあるようだが、衝撃が強力で近付けないでいる。
「まだ伸びていくの……」
絶句だった。
まさに戦いの中で急激な成長を遂げている最中であり、この時点でつい数時間前までのアキナとは別次元の存在と化している。
息を飲んで戦況を見詰める。
最低ランクに位置していたアキナが今やB、いやAに相当する力を発揮している。
だが腐ってもノーブルレッドは超が付く程のSランクであり、ここからどこまで近付けるか。
「よくも!よくもこの街を滅茶苦茶にしてくれたわねッ!」
「だったらなんだと言うのだ!人間如き脆弱なる存在は所詮私のような強者に食われるだけだ!」
ノーブルレッドの鋭い五爪がアキナの身体に突き刺さる。
「……………ッ」
絶命に至るダメージだった。
ただでさえ致命傷を受けていた状態で駄目押しとなった筈だった。
現にアキナは大量の血を吐き、力無くダラりと倒れ込みそうになった。倒れればそこで全てが終わる。
きっともう立てない。
それは私だけで無く、ノーブルレッドにしても同様だったことだろう。
だからこそ生まれた油断だった。
「なッ!!貴様ァッ!!」
「誰が食い物だって?」
アキナは踏み止まり、突き刺さる爪を掴んでへし折った。
「食われるのはお前だろ?」
アキナが静かに言うと、全身が凍り付いたかのような感覚に陥った。流れる汗は一瞬にして止まり、呼吸は浅くなっていく。
冷たく乾いた空気は、ドロリと睨め付けるようなものへと変わる。漂う鉄の臭気はどこからやって来たものか、不快感が凄まじい。
それはまさしく勇者誕生の瞬間だった。
だが、そこにいるのは街の住民が思い描いていた勇者像では無い。
全てを飲み込む闇。
それがアキナに備わる禍々しい魔力だった。




