63話 魔獣達の侵攻
目を覚ますと辺りには私以外の気配は感じられなくなっていた。
一体どれだけの時間気を失ってしまっていたのか。見上げれば無機質な天井があるだけで陽の光が無いのでどうにも判断出来ない。
ゆっくりと立ち上がったものの未だ反動は残り、視界が頻繁に傾いてしまう。
ノーブルレッドはおろかアキナの姿さえない。
「急いだ方が良いかも」
ヨロヨロとダンジョンを歩く。
一直線に伸びる道は、来た時よりも随分と感じるものの私やノーブルレッドの魔力に当てられてか、全ての魔獣がグロッキー状態で横たわっていた。
壁を手すり側にして外に出る。
「やっぱり……」
見上げた空には綺麗な青が広がっているものの、その先にあるアレクの上空にはおどろおどろしい色をした雲が立ち込めていた。
それが何者の仕業であるかはすぐに分かった。
気付けば私は無心で駆け出していた。
街は完全に混乱しきっているのだろう。正門を潜る際の検問所はガラ空きとなってしまっていた。
「…………ッ」
街に足を踏み入れて僅か数秒。
漂う高濃度の魔力に顔を顰める。
道の所々にそれに当てられて衰弱している住民達の姿が見える。なんとかしてやりたいところではあるが、回復系の魔道具も魔術も持ち合わせていない私に出来ることは無い。
割り切って尚も走り続けていると近くで悲鳴が聞こえる。
魔力渦巻く街の中心に一直線に向かいたかったが、気付けば軌道修正していた。
目の前に見えたのはスカルナイトが住民を襲っているところだった。
付き纏う倦怠感。
歯を食い縛って地面を蹴り、そのまま固めた拳をぶつけてやるとたった一撃でスカルナイトの身体がバラバラになった。
「大丈夫?」
息を切らしながら聞くと、呆気に取られた住民がコクコクと忙しなく頷く。
「すぐに逃げて」
また頷いて慌てて走り出す住民の背中を見送るとふと気付く。
「そうか、自称勇者達が……」
溢れている低ランクの魔獣達でも、一般の住民にしてみれば絶望的な戦力差になる。
それでもここまで殆ど死体を見なかったのは彼等のおかげか。
「!」
あちこちで魔力の衝突が生じている。
各々実力に違いはあれど、助力は要らなそうだ。
とんでもないことになった。
あのダンジョンでノーブルレッドを仕留め損なったばかりに大惨事だ。封印の解放率によって魔王化の持続時間に差が生じるとは。
走りながら立ち塞がる魔獣達を一撃で粉砕し、辺りを見回しながらアキナの気配を探る。
「どこにいるのか全然分からないな」
この世界にいる自称勇者達と違って、アキナは現実に生きる存在だ。まずこんな阿鼻叫喚な環境に身を置くことは無い。
雑魚相手に死にはしないだろうが、精神にダメージを負わせることが無いかそれが心配だ。
「なんでこんなことになったかなッ!!」
当たり前なことが脳裏を過る。
そもそもなんで封印が解けたんだ?
「……………ッ」
今はウダウダ考えている暇は無い。
足を止める。
街の中心である広間には綺麗な噴水が設置されているが、今はそれが崩壊し溜まった水には誰かの血液が混じってしまっている。
そしてそこにはボロボロになって座り込んでいるノーブルレッドの姿があった。
「……来たか」
「やってくれたわね」
「これは始まりだ。まずはここを拠点にする。身体が回復次第、人間共の街に侵攻を掛けてやるつもりだ」
身体の回復だけでは無い。
長らく続いた封印で噛み合わない部分がある筈で、それが馴染むようになればコイツは今以上の力を振るうことが出来る。
そうなればもう手が付けられない。
「させると思う?」
「阻止出来ると思っているのか?」
嫌なことを言うものだ。
魔王化は解けているし、ダメージによる消耗も著しい現状でノーブルレッドを相手にするのは無茶が過ぎる。
「やるしか無いでしょ」
残された選択肢は無い。
魔武器を取り出す力が残っていない以上、信じられるのは己の拳のみ。
お互いに強く地面を蹴り、拳を交えると強い衝撃音がしそれが波及することで周囲の建造物が一部崩れる。
「まだ戦えるとは、な」
「そりゃ私の台詞だわ」
自分の思っている以上に力が残っているのは好都合だが、今のやり取りだけで勝機が薄いことはよぉく分かった。
このまま戦ってもジリ貧だ。
さてどうするか、と思わず苦笑いを浮かべていると突如背後に気配がした。
「ア……キナ?」
剣を片手にそれを引き摺りながらゆっくりと歩いてノーブルレッドに近付いていく。
私の制止をまるで聞こえていないようだ。
「これ、お前がやったってことで間違い無いよね?」
分かりやすく怒っているようだ。
今までに無い力を感じるが、ここに来るまでに無傷とはいかなかったようで身体のアチコチから血が滴っている。
「夢瑠、ここは任せて」
そうはいかない。
殴ってでも止めないといけない場面だったが、何故かそう出来ない圧力を感じた。
「………」
なにも変わっていないように見える。
だが、今のアキナからはかつての勇者の片鱗が微かに現れていた。




